第2話 廃国での戦い 1
その国は、世界的に見れば小さな規模だった。
しかし街並みは色鮮やかで美しく、中央には権威の象徴として城も建てられていた。
王家と平民、全員が力を合わせて築き上げた立派な国。
だが、程なくして領土争いに巻き込まれ、終いには魔物に襲われて滅亡に至る。
今では雑草や蔓が街を埋め尽くし、城を含めた建造物は見る影もなく倒壊寸前。
そんな街中を横断するかのように。
アインスカーラは吹き飛ばされていた
「ッッッ………!!!?」
視界に映る情景は天地がごちゃ混ぜになった世界。
それほどまでに、とてつもない威力の衝撃で空を滑空する。
建物を突き抜け、地面を転がり、もはや自分で止まる方法はない。
だが急にドンッ!と "何か"にぶつかった。
「が、はっ………ぐっ…!」
転がっている内にだいぶ速度が弱まっていたが、それでもかなりの衝撃が走り、アインスカーラは強く咳込んだ。
しかし、落ち着く暇もなくぶつかった"何か"を見るや否や、すぐに目付きが変わり、鞭のようにしなやかな右足を振り回す。
ズパァン!! という破裂音が響き渡った。縦にも横にも大きい魔物の頭部が弾けた音だ。
うめき声すら出さずに崩れ落ちる巨体。その隣で彼女は口の中に溜まった血液を吐き出していた。
「あー……、痛」
体中に痛みが走る。戦闘に支障をきたすほどでもないが放置は出来ない。
彼女はポケットから小さな瓶を取り出して "緑色の粘液"を負傷箇所に塗りたぐる。
(まさかイネルイオスの攻撃があれほど強烈だとは……。 それに加えて魔物の群勢。もしかしてこれはかなり危険な状況か…?)
上級者クエスト。イネルイオスの討伐。
この廃国の地にてようやく討伐対象のヤツ見つけたは良いが、途方もなく長い間探し回った代償が訪れた。
壊れた城の頂上にイネルイオスを見つけた瞬間、溜まりに溜まった鬱憤を晴らすべく、パーティー全員がなにも警戒せず一目散に飛びかかった。
そして、呆気なく返り討ちをくらってしまった。
(ヤツがいた城から随分と離されたな。ツキノヨ達は………大丈夫だろ、多分)
確証はないが、今もそこら中から戦闘音が響いている。
散り散りになった仲間達が戦っているのだろう。
とりあえずイネルイオスがいた城まで戻ろうと足を一歩踏み出して………止まった。
「……まぁ、知ってたよ。孤立してる私は絶好の殺し時だもんな」
かつては壮麗な国だったとしても今では魔物の住処。
この場合、お邪魔しているのは彼女達の方だ。
腹を満たすためか、巣窟に入って来た獲物を食い潰さんと言わんばかりに、牙を剥いた魔物が四方から湧いて出て来た。
複数いるが呑気に数えている暇はない。
少なくとも二体の魔物が突撃して来るのを感じ、アインスは大きく跳躍した。
ドンッッッ、と硬い肉と肉がぶつかり合った音が鈍く響く。
魔物同士が衝突しただけだ。とうてい致命傷には至らないため、確実に命を奪うように、アインスは拳を作る。
「ゲェアアアアアアアア!!!」
「……!?」
自由落下が始まる直前、アインスは下ではなく横を見た。
嫌でも目を引いたのは人間の体よりも遥かに大きな嘴。八メートルは軽く超える程の翼を羽ばたかせるのは、この廃国の空を支配する魔鳥。
あの大きな嘴に激突すれば、胴体が破裂し、四肢を容易に千切り飛ばすだろう。
ぞわっとした寒気が襲うのと同時、アインスは真下と横を交互に見た。
(いけるか…!)
嘴が当たる寸前アインスは体を強引に捻り、嘴を上から殴り付けた。
一撃では終わらない。魔力によってさらに強化した力で魔鳥の頭部を掴みながら急降下を始めた。
狙い定めた所は真下にいる二頭の魔物。
ぎり、と奥歯を噛み締め、魔鳥を掴んだ右手をぶん回して魔物もろとも地面に叩き付けた。
ゴッッッッ!! という衝撃が襲う中、アインスは周辺に目を向けて、魔物の数が多い所へ魔鳥を蹴り飛ばす。
「よしっ、次!」
この戦いの主軸となるのは討伐対象であるイネルイオスだ。魔物の包囲網を壊せた今。無駄な体力を使わないように、アインスはヤツの所に一秒でも早く向かわなければいけない。
もちろん彼女はそうしようとした。だが出来なかった。
誤算があった。
「ゲ、エェ…!」
「まだ息があったのか!?」
仕留めたと思っていた魔鳥が立っていた。
およそ二〇メートルくらい離れた位置。特段遠い訳ではない。普段なら警戒心を置く範囲内だが、あれだけやって生きてるとは思わなかった。
ゆえに、反応が遅れた。
魔鳥はぎこちない動きで翼を振るう。
巨大な翼から発生したのは普通の風ではなく竜巻だった。
(しぶというえに能力持ちとは面倒な!)
魔物は大きく分けて二種類いる。
魔力によって身体能力だけが向上しているもの。 魔力を用いて魔法を使うもの。
この魔鳥は後者だ。
ゴォオオオオ!!! と暴風が吹き荒れる。
周囲の魔物や瓦礫を巻き添えにした竜巻がアインスに迫る。
ほんの少しでも力を抜けば足が宙に浮いてしまう程だ。だから彼女は地面が壊れるくらい力強く踏み抜いて、射程範囲外にある家の屋根まで飛び去った。
途端にぴたりと風がやんだ。
「……………、」
厄介な魔法が消えたにも関わらず、アインスの表情はより深刻なものに変わった。
魔鳥の首から上がなくなったのだ。
周りにいた魔物達の動きは止まり、視線が一点に絞られる。
「戯れの最中に失礼、お嬢さん」
首の無い魔鳥の前で佇む人間。
右手に持っていた頭部を、紙くずの如く適当に放り捨てながら呑気に口を開いた。
「なんだ、お前」
「ん? 何か言ったようだが遠くて聞こえないな。 悪いけどもう少しこちらに来てもらえるかい?」
「……………、」
特に悩むことはなくアインスは屋根から飛び降りた。
近づく彼女の足取りは軽い。 しかし胸中は穏やかではなく妙な緊張がある。
"アレ"の風貌が問題だった。
着丈の長い黒いスーツに目元まで深く被ったハット。そこから顎の下くらいまで伸びた灰色の髪。のぞいて見える赤い目。
妖しい色香を纏わせ、顔や首元から色白で艶のある肌が見える。
けれども恐らくは自分の倍以上の年月を生きた男のヒト。
「人間………じゃあ、ないな」
「ご明察」
感性が狂う原因がそこだ。
どこからどう見ても人間なのだが、脳か肌か心か、どこかの部位がそれを否定している。
ましてやこんな所に自分のパーティー以外の人がいるはずもない。
「吸血鬼だよ。見るのは初めてかい? お嬢さん」
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※
評価よろしくお願いします。
戦闘シーンは強さを示す描写が難しいですね。
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