冒険は万全な状態で!

@stars18

第1話 彼女の物語

扉を開けるとすぐ、多くの人の声が見えない塊となって体を叩いた。

冒険者ギルドのくせにまるで酒場のような喧騒。

実際に武器やら防具やらを装備した人達が酒盛りをしているため、ギルドのような酒場と呼んでも過言ではない。

つまりは日常的な光景。

その中を、腰に剣を携えた男が慣れた様子で歩いていく。



(前回ので四回連続成功。 この流れを止める訳にはいかない…!)



並々ならぬ覚悟を持ち、眼球だけを動かして目的の人物を探す。

対象となる者は一人。仲間がいない事が前提とされる。

彼は怪しまれないよう飲み物を片手に二階へ上がる。 手すりに肘を置いて、あたかも休憩中を装い、見下ろした。



(あれは…………違う。あっちも、ちょっと違うか)



二階からはギルド内が良く見える。

特定の一人を熱心に見つめてもバレやしない。

と、その時。



(………………あ、見つけたッ!!)



酒場と化したギルドにふさわしく、壁には冒険者に向けた依頼書が乱雑に貼られている。

そこに彼女がいた。

身長は一七〇センチくらい。肩甲骨辺りまで伸びた透明感のある薄い紫色の髪。真ん中辺りには黄色いリボンを結び付けているが、なんとも不釣り合いな色合い。

不釣り合いと言えば、可愛らしいリボンを付けている割に、ガラの悪い冒険者達が騒ぎ散らす所で、両手をポケットに入れて佇んでいる姿も中々不調和である。



(もうちょっとこう、肉付きの良い方が好みなんだけど……、美人だからなんでもオーケィ!)



彼女は今も依頼書を眺めている。

武器は持っていない。防具らしきは布。

上は、身体のラインに沿った作りで、膝下まで垂れた長めの丈に、両端には深めのスリットが入っている。

下はゆったりした動きやすそうなズボン。

そんな防御力の低そうな装備ならば、恐らく最近登録したばかりの駆け出し冒険者かも知れない。



(よっし五連続目確実! 手取り足取り教えてあげるとか言えば楽勝だな!)



はやる気持ち抑えて、彼は階段を降りてゆっくりと彼女に近づく。

何度か人混みに飲まれて視界から外れる時もあったが、彼女は依然として、ズボンのポケットに手を入れながら姿勢良く立っていた。



「こほん」



男は咳払いを一つ。



「どんなクエストにするか悩み中なの?」



壁に貼り付けられた依頼書には様々な種類がある。

薬草や鉱石などを採取する納品クエスト。 魔物の皮や肉、爪や牙などを獲る狩猟クエスト。 人や品を離れた国へ送り届ける護衛・配達クエスト。

そして、冒険者の腕が一番試される討伐クエスト。

難易度によって報酬は異なり、どのクエストを受けるかによっては冒険者ランクや自身の得意不得意との相談になるのだが、



「…………、」



彼女からの返答はない。

背後から話しかけたせいか無反応だった。

そこで彼は彼女の隣へ行き、藤色の瞳と交わった事を確認してから改めて口を開く。



「やあ、こんにちは」


「?……ああ、こんにちは」



首を傾げた彼女だったが、意外とすんなり応えた。



「いやー、突然失礼。見た事ない子だなぁって思って、つい話しかけちゃった」



間延びするような砕けた口調。これが良い。

男がこれまでの経験で培った知識だ。



「見た事ない、か………。確かにギルドには来たばかりだけど、こんなに人がいる中で良く分かるな」


「全員分かる訳じゃないよ」



ずいっ、と彼は顔を寄せた。

気心の知れた友人でも近いと感じる距離感。

表情を変えない彼女と目を合わせたまま呟く。



「この世のものとは思えないほど綺麗で美しいものを見たら忘れられない。それが君だっただけさ」


「………いきなり何だ?」


「口説いてるって言ったらどう思う?」


「微妙だと思う」


「……………………ぁ、は、い」



笑い飛ばせないくらいの真面目な返答。彼は赤く染まる顔を隠すように俯いた。



「と、ところで君は何をやってるのかな? 見たところ冒険者になったばかりだよね?」



ひっそりと腿裏をつねって恥を紛らわせ、彼は再起を図る。



「私は、」


「あっ、その前に名前が知りたいんだけど教えてもらって良い?」


「………アインスカーラ」


「アインスカーラさん、かぁ……」


 

彼女の名前を噛み締めるように呟き、『俺はーー』と自身の名を告げようとしたところで、



「そういや知ってるか? イネルイオスの話」



背後から気になる会話が聞こえて来た。

イネルイオス。

今もっとも冒険者達の間で騒がれている魔物の名前だ。

彼が背後の会話に耳を傾けると、アインスカーラも依頼書ではなく、テーブルを囲う三人に目を向けた。



「討伐クエストが張り出されてから三年くらいかな。やっと名前と風貌以外に新たな情報が更新されたね」


「正体は吸血鬼だけど元々は違う種族ってやつだろ? 冒険者が言ったらしいが誰だか分かんねーし、いまいち嘘くせーんだよなあ」



男二人と女一人のパーティー。

話題をふった大柄の男は頷いて、



「けど、ちゃんと証拠が残ってたらしいぞ」


「証拠?」


「城勤めの知り合いが言ってたんだけどな。南の方にある廃国で交戦して逃げられたって話だから、小部隊連れて確認しに行ったんだと」



そしたら、と大柄の男は続けて言った。



「城や建物は崩れて、地面はめちゃくちゃ。そこら中に魔物の死体。確かに戦闘の痕跡があったって言っていた」


「まじか……」


「南の廃国って言えば、近づいたら死ぬって噂がある呪いの場所よね」


「だと思う」


「じゃあ、その話が本当ならイネルイオスが殺していたという事かしら?」


「可能性は高いだろうな」



言いながら、大柄の男は自身の手のひらに拳を打ち付けた。



「クソ! 誰だか知らねーけど追い詰めたんなら逃してんじゃねーよな! 見つけたのが俺ならそんなヘマはしねーのによぉっ!!」


「無理だろ」


「ええ、無理ね」



間髪入れずに淡々と否定した二人。



「なっ……!?」


「初級クエストをうろちょろしてる俺達じゃあ絶対に無理だって」


「イネルイオスの情報なんて一切変わらなかったんだから、よほど強いパーティーなんでしょうね。一度で良いから会いたいわ」


「おめーらなんでそんなに冷静なんだよ! 悔しくないのか!」



尚もギャーギャーと喚き続ける大柄な男の勢いに、宥める二人。

だがそんな騒がしい様子も、このギルドの中で気にする人はいない。

近くで会話を聞いていた二人を除いて。



「……耳がいてー」



突然、男は耳を抑えて言った。



「?」


「はは。こんなの突然言っても困惑するよね」



自嘲気味に笑いながら壁に貼ってある依頼書に手を伸ばした。

イネルイオスの討伐クエストだ。挑戦出来る冒険者ランクは上級者のみと記されており、それより下の中級、初級、駆け出しの冒険者は挑む事すら許されない。

無意味に命を捨てる事と同義だからだ。

そんな危険度の高い依頼書に、男は意味あり気に指を伝わせる。



「コイツを逃したの………俺なんだ」



アインスカーラはほんの僅かに目を見開いたが、それだけで終わった。

騒ぎ立てる様子も驚いて復唱もしない。

むしろ驚いたのは男の方だった。

もしかしてと思い、冗談だと思ってる?と聞けば『ああ』という完結した答えが返って来た。



「イネルイオスとの戦いで仲間が全員死んだと言っても、冗談だと思う?」


「冗談というより、気のせいじゃないのか?」


「ははっ、初対面だというのに中々キツい事言うね………。急に話しかけてごめんよ」



声をかけたのは失敗。ぽろっと口溢したのは失態。

本日の"口説き"は散々だと、男は踵を返す。



「逃したんじゃなくて、こっちが逃げたんだよ」



遠のく背中にぶつかる声。

アインスカーラは二枚の紙を交互に見ながら言った。

報酬の良い納品クエスト。けれども距離が遠く時間がかかる。

比べて、報酬は下がるが特定の魔物を狩れば終わる討伐クエスト。

どちらも上級クエストである。



「え…?」


「イネルイオスの討伐クエストを受けたは良いけど全然見つからなくて、暇つぶしに近づくと死ぬっていう噂の廃国に行った」


「……?」


「不思議だったのは近づくにつれて明らかに魔物の数が増えていった事。 変だと思いつつ廃国につくと、壊れた城の屋根にイネルイオスがいた」


「…………………?」


「標的を見つけて興奮した私達は一直線に城へ向かった。 そしたら至る所から魔物が現れて、次の瞬間にはイネルイオスの魔法で吹き飛ばされて仲間と孤立。 私の前にはイネルイオスを吸血鬼にした張本人(?)が現れたから逃げた。………我ながらアホ、かな」



アインスカーラは一枚の紙を戻した。

手に残っているのは即解決出来る予定の討伐クエストである。



「で、どうだ?」


「え…っ?」



呆然と立ったままの男に向けて言うと、素っ頓狂な声が返ってきた。



「お前がイネルイオスを逃したのも、仲間が全員死んだのも、気のせいだっただろう?」



小さな笑みを作るアインスカーラに対し、男は何も言えなかった。

今の話が真実である証拠はないが、嘘の話がどれなのかは彼自身が一番良く分かっている。

次第に、はは……という渇いた笑いがこぼれ出た。



「き、気のせいかなー……、うん、気のせい、気のせいでしたです、はいっ、ではさようならー!」



それだけ言うと男は、足がもつれながらも必死な様子で走り去って行く。



(………次から話のネタにしそうだな)



それで声掛けに成功したかどうか今度聞いてみよう、とアインスカーラは依頼書の紙を持って受付にいる女性の所に行こうとしたのだが、ふと思い出す。



「っ、はぁぁぁ………」



重く深めなため息を吐く。

今こうしてクエストを受けようとしているが、根本たる目的がある。

受付嬢になるためだ。

それも、新しくギルドを立ち上げるという大きな役割も担っている。

今はいないが、共に行動している者が一人。

その者がハッキリとこう言った。



『お前さん。話し方に面白みないし表情変わらんな。接客には向いとらんから店開く前には直しとくんじゃぞ。 あと五〇〇万ルドもよろしくな』



一言一句、頭の中で繰り返すと、げんなりしながら壁にある他の依頼書を見た。

上級クエストで二〇万前後。最も高いもので三〇万ルドほどになるが、それだと無駄に日数が掛かってしまう。



(五〇〇万ルドなんて大金、上級クエストに何回行けば………いや、それは死なない限りいけるな。それより話し方の面白さって何? 表情とか言われても……ずっとニヤニヤしてろって事か?)



解決する兆しが見えない悩み事に、とりあえず行動に移そうとクエストに向かう。

最近これの繰り返しだ。




アインスカーラ、一九歳。


彼女がこうなったのは、イネルイオスとの戦いがあった二ヶ月くらい後の事だった。









ーーーーーー




カクヨムコンテストに応募しますので評価の程をよろしくお願いします!


ちなみにアインスカーラの衣装は【アオザイ】を想像していてください。

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