第2話 ドトーの祝言
大事をとって、その日は一晩入院することになった。
血染めの白無垢は寝間着に着替えた。
外出用の着物も、誰かが持ってきたようだ。
考えなければならないことがたくさんあった。
だが転生する前の凛音の体力的な疲労と、今の凛音の精神的疲労が相まって何も考えることなく眠り続けた。
翌朝。
あの角刈りの男が迎えに来て、診療所のすぐそばにある天童家の私邸に通された。
応接間で改めて話を聞く。
「話せば長い話になりやす」
角刈りの名は江田島甚八。
天童組の若頭なのだという。
若頭は組のナンバー2にあたる立場だ。
先代である天童組組長・天童健人は、二年前にヤクザ同士の抗争により他界。
壮絶な最期だったようだ。
大黒柱を失い、周りの者は「この際組を解散すべきだ」と諭した。
「だけどあっしは、先代が遺したこの組を諦めきれなくてね」
江田島は若頭として、残った組員やその家族たちと天童組の看板を守り続けた。
「この二年間の苦労ときたら、そりゃあもう聞くも涙、語るも涙…」
「すみません。で、あーしの話はどこで出てくるんっすかね?」
待ちきれず、凛音が訊いた。
「幸いにも先代には、星児さんという息子がいた。そこであっしは、この若に二代目を襲名するよう説得をしたんでさあ」
「いや、だからァ」
「若の歳はまだ25。この渡世じゃひよっこもいいとこだ。せめて、嫁でも取って貫禄をつけさせなきゃ……そこでお嬢の出番だ」
「お。やっと、あーし登場」
「あんたは、ウチの二代目と見合いをしたんですよ」
(見合い?ああ、確かマッチングアプリの実写版だ)
江田島の説明が続く。
「でもまあ、見合いはただの形式。あんたは先代の親友の娘でね。子供の頃から一緒にさせようって約束してたんでさあ」
つまり、生まれた時から結婚する運命だった。
天童組に嫁ぐ宿命だった?
「うっそ~ん」
素っ頓狂な声が出た。
(ちょ待てよ。じゃ本人たちの意思は?恋愛感情は?コンプラは?結婚ハラスメントじゃね?)
思っていることが表情に出ていた。
「覚えてねえようですが、見合いの席でお嬢はこう言ってやしたぜ。『こんな素敵な殿方でしたら、今すぐにでもお嫁に参りたいです』って」
思い直す。
「あのう。その星児さんの写真なんてのは、あるんすかね?」
見合いをするくらいだから、この時代でも写真くらいはあるだろう。
「写真?そんなもんはありやせんよ」
「はい?」
「写真なんてめったに撮るもんじゃねえっすよ。それこそ華族の方が、一生の記念とかでしか」
それがこの時代だ。
ガーン。
(じゃあ今のあーしは、顔も知らない人の妻ってこと?)
「あ、いや。先代のお写真なら、ほれ、あすこに」
この時代は、代々当主の遺影を客間の壁に飾る風習だ。
示された先代・健人の写真を見る。
(わ。なんかハーフみたいなイケオジじゃね?)
聞いてみる。
「その星児さんは、この人に似てるんすか?」
「ですね。若の方がもう少し優男ですが」
このハーフ顔を優しくしたのなら、顔面に問題はなさそうだ。
「星児さんの身長と体重は?」
もしかしたら、この顔が乗っかったチビデブかも。
「6尺ちょっと、18貫目ってとこかね」
「いや。メートル!キログラム!」
障子戸が開いて、入って来た麗華が口を挟む。
「6尺は180センチ。18貫目は68キロぐらいですよ」
(おお!モデル体型じゃん)
どうやら見た目だけはSRのようだ。
「それと……きのう、祝言がどうとか言ってたけど?」
「ああ。記憶がないんでしたね」
大正時代の結婚式は質素だ。
来賓客を集めてホテルで披露宴、などというのは昭和の高度経済成長期以降の話。
この時代は、新郎側の広間に身内を集めて三々九度の盃を交わす程度だ。
天童星児と清流院凛音の婚礼もそうだった。
白無垢の凛音と紋付き袴の星児が、媒酌人の前で盃を交わした。
その時だった。
「おう、天童の。大吉一家だ。邪魔するぜ!」
天童組の抗争相手である大吉一家が、婚礼の最中にカチコミ(殴り込み)をかけてきたのだ。
「天童。てめえのクビ、俺らがもらい受けるぜ!」
日本刀を構えたヤクザたちが、障子を蹴破って乗り込んできた。
「くそ。無粋な真似しやがって」
星児も予期していたのかもしれない。
参列した身内の中に、懐にドスをしのばせた精鋭の子分たちを揃えていた。
丁々発止の斬り合い。
「凛音。おめえは、俺の後ろに隠れていろ」
星児は新妻に命じた。
婚礼用の白無垢では身動きがとれず、逃げるに逃げられなかったからだ。
不意を突いたはずの相手は、抵抗されることを想定していなかったのだろう。
斬り合いでは決着がつかず、ついに拳銃を持ち出した。
日本軍が使用している南部式拳銃だ。
「天童!かわいい嫁に傷を付けたくなけりゃ、組の看板を差し出しやがれ!」
こともあろうに、銃口は凛音に向けられた。
「このくそが!」
脅しだけのつもりだったのかもしれない。
だが、拳銃を構える男に他のヤクザの身体がぶつかった。
「凛音!」
引き金が引かれた。
星児が身を挺して、凛音の前に立ちはだかった。
銃弾は、星児の胸に命中した。
「だ、旦那さま!」
凛音は無傷だった。
だが、星児の返り血が白無垢を赤く染め上げた。
「いやあああああ!」
つづく
次の更新予定
2025年12月14日 17:00
凛カーネーション よこゆき @yokoyuki
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