凛カーネーション

よこゆき

第1話 なんか転生だかタイムリープだかしたっぽい



 令和4年(2022年)4月4日。

 4(死)が並んだ日。


 強い潮風が吹き上げている。

 自慢の盛り金髪は、湿気を含んで荒れ果てている。

 足がすくむ。

 三浦半島のとある岬。

 断崖絶壁。


(崖っぷち……あーしの人生の、今の立ち位置そのものだわ)


 女。17歳。

 職業・JK(令和ギャル)。

 現住所・都内。

 匿名希望。

 自殺の理由…取り返しのつかない失敗。


(ワンオペ[女手ひとつ]で、あーしを育ててくれたママちん。ごめんね)


 先立つナントカをどうとか、遺書っぽいものはSNSに上げた。

 それ、遺書って言うか?

 そこ掘り下げんなし。

 じゃ、死ぬわ。


(あ。ちょい待ち。なんかやっぱし……)


 ためらい。

 そもそも足がすくんできてる。

 こりゃ、ムリだ。


(今日は風強いし。海冷たそーだし。仏滅だし…そー!明日は大安だし。明日でも……)


 回れ右して出直そう、と決意した瞬間。

 何かのチカラが背中を押した。


(え?あぁ、違う。違うって!)


 身体が宙を舞う。

 

 頭から海に刺さった。


 眼前いっぱいに広がる蒼黒い水面。

 全身に響き渡る衝撃。

 骨を砕くような痛み。

 オワタ。


 ………


 暗闇。

 苦しい。

 地獄に落ちた。

 当然か。

 あーしはそれだけのことをした。


「しっかりしろ!」


 エンマ様の声だ。

 これからお仕置きが始まるのだろうか?

 股裂きとか超ムリなんですけど。

 胸に圧を感じる。

 何者かに押されている。


「息を吹き返せ!」


 ウップ!

 なんか、肺のあたりから空気が漏れそう。

 おケツから出すわけにはいくまい。

 んぐ、んぐ。

 ぷっは~!


「うおお。奇跡だ。蘇生したぞ!」


 うっすら目を開く。

 エンマ様じゃなくて、お医者様みたいだ。

 ただ、ヘンな白衣…。

 胸の痛みからすると、心臓マッサージというのをされていたのだろうか?


「凛音!母様ですよ。わかりますか?」


 母様?ママちんのこと?

 あと、リンネは誰?


 目を見開く。

 シニヨンと呼ぶにはゴージャス過ぎる、盛り髪のおばちゃん。

 「ベルサイユのばら」に出てくるような、気合い入ったドレスを着ている。

 溢れだす気品が、ママちんとは似ても似つかん。 


「お嬢!すげえ。すげえぜ。さすが、若が見込んだお嬢だぜ」


 ベルばらの隣には、角刈りの強面がいた。

 お祭りの日みたいに浴衣を着ている。  

  

(は!ネイル)


 指先を見る。

 すっぴんの爪。

 恥ず!

 表参道で仕上げたピクシーネイルは影も形もない。


(2万円もしたんよ。鬼ぴえんだわ)


 カラコンは岸壁に立ってた時、風に飛ばされたからとっくに諦めてる。


 次は自分の衣服。


(あり?さっきまで着てた、甘め清楚系のワンピはどうした?)


 なんか知らんが、良さげな白い着物。

 あ、これ。

 白無垢ってやつじゃね?

 ただ、あちこちに赤い沁み。


 さっきからチラチラ、視界に毛先が映る。

 金髪ではない。

 さらさらの長い黒髪。


「鏡!鏡、見せて!」


 蘇生した人間の第一声に、母様と名乗る女性が反応した。


「お待ちなさい。確か、手鏡が…」


 巾着の中からセルロイド製の手鏡を取り出す。

 奪い取るようにして、顔を確認する。


(だれ?)


 透き通るような白い肌、小顔、太めの眉、黒目、小さな鼻、紅を引いただけの唇…ほぼ、ノーメイク。

 間違いなく、自分ではない。

 

(すっぴんなんて、ありえん。だ、だけど…かわよ!)


 考察。


「ああ。ああ。あれだ。転生ってやつだ。そっかそっか。あーしもしたか、転生」


 心の呟きが表に出ていた。

 居合わせた人たちが、ポカンとしている。


「え?あーし、なんか言った?」

「あっし?」


 母様が身を乗り出してくる。


「凛音。あなた、まるで下々の殿方みたいなことを」

「いや。それだけ、嫁入りの覚悟ができてるってことだ。なあ、お嬢」


 角刈りのおっさんも身を乗り出してくる。


「嫁入り?」


 白衣の男が口を出す。


「まあ、待ちなさい。強い衝撃を受けてるんだ。正気じゃないかもしれん。きみ、今日は大正何年何月何日かね?」

「大正?令和じゃないの?」

「今日は、大正11年(1922年)4月4日だ。覚えておきなさい。年齢と性別は?」

「17。女子…」

「そこは正解。名前は?」

「匿名きぼ…わから、ない」


「ふむ。わしの見立てでは、この者はどうやら記憶喪失といって、何も覚えていない病気なのだろう」

「あ、それ知ってる。韓流ドラマで必ず出てくる不幸ファクターだ。それに大正時代ってことは、転生じゃなくてタイムリープ?」


 周りがキョトンとしている。

 言葉が通じてない?


「間違いない。記憶喪失だ」


 あたりに失望の空気が流れる。

 母様が、気を取り直したように口を開く。


「一から教えるわ。あなたの名前は、清流院凛音。伯爵・清流院時貞の一人娘。私は亡き夫の正妻・麗華よ」


 一気に流れ込む大量の情報を整理する。


(伯爵?あ、乙ゲーで出てくるやつだ。確か公侯伯子男だから、真ん中かぁ……ん?てことは、あーしの転生先は大正時代の華族令嬢?でもって、美少女?ヤバ!)


 Congratulations!


 頭の中で、くす玉が割れた。

 転生ガチャ、SSR級の大当たり~!

 泣きそうだ。


(うるうる。人間、生きてりゃいいこともあるんだね…いや、死んだから、なのか?ま、どっちでもいっか)


 凛音(以下の呼称)が歓喜にむせんでいると、角刈りがしゃしゃり出てきた。


「いや、奥様。そいつは昨日までの話でさあね。お嬢はもう、華族の姫様じゃあござんせんぜ」


 麗華の顔が曇る。


「ほんの一刻前、お嬢はウチの若と祝言をお挙げなすった。つまり、若の奥方でやんす」


(ほう。さっき祝言をね。祝言って結婚式だよね。ふむふむ)


「こちらのお嬢は、博徒一家天童組二代目・天童星児の奥方、すなわち姐御ということになりやす!」


(ほう。なるほど、なるほど……いや、わからん)


 質問。


「えっと。バクトというのは?」

「ヤクザ、ですよ」


 麗華が吐き捨てるように言う。


(ああ、なるほどなるほど…)


 呑み込めたところで、叫んだ。


「えええ!?」


 悟った。

 どうやら自分は転生、もしくはタイムリープしたようだ。

 今の自分は大正時代の華族令嬢、もしくは極道の妻なのだ、と。




つづく

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