第2話
土曜日の朝。昨夜の内に、アラトンで必要になるだろう防寒具やら一色を無理矢理に纏め上げ、鞄に詰め込み、蒸気機関車の切符を購入して乗り込んだ。駅の改札には最新式のぜんまい式ロボットが立ち、乗客たちを捌いていく。この旅において、流石に一等車両を買う程の余裕はなく、二等車両での移動を選ばざるを得なかった。それはある意味で正解だった。
機関車が出発したのは午前十時だ。
ジャックたちが座った席は、一等車と二等車の連結部分の扉に近い場所で、見る物といえば壁か車窓か互いの顔かという具合だ。扉には小さは小窓があり、一等車両にも同じような扉があるのが見える。
途中までは、一等車両にも二等車両にもそれなりに人が座っていたが、二、三時間を過ぎたあたりで、人の数は圧倒的に減って行った。一方、ナンバーフォールズに向かう反対側のホームには、より多くの人が溢れ、賑やかになっていく様子が駅に着く旅に見てとれた。
「帰りは一等車両のチケットを取った方が良さそうだ。」
窓の様子を見て、公平はポツリと呟いた。
「向こうで節約出来ればね。」
「流石に銀行はあるんじゃいないか?」
「二十人程度の村だよ? あると思うかい?」
ジャックの質問に公平は嫌な答えしか浮かばず、嘆息しながら「どうやって生活してるんだろうね。物々交換だったら僕らやって行けないよ?」と吐き出した。
車窓は徐々に人が住む家が減り、草原や林、山々を映し出していく。さらに景色が進んでいくと名残雪がちらほらと増え始め、途中、機関車が積雪のために止まるなどをして、他の乗客と共に除雪作業を行い、機関車は進んだ。
トラブルがあったため、予定していた到着を大幅に遅れ、午後八時にアラトンに到着する。眠そうな顔をしていた駅員は、降車したのはジャックと公平だけだったのにも関わらず、酷く驚いた様子でチケットを回収した。彼は何度も、降りる駅を間違えていないかを確認した。どうやらつい最近も、間違えて降りた上、暫く街で住んでから町から出た住民がいたらしく、それらを懸念して親切心で聞いているようだった。ジャックが駅員を落ち着かせながらゆっくりと否定し、祖父のレンツの名を出すと納得した様子で、山の入り口にある家の場所を教えてくれた。
二人は街灯も殆どない暗く寒い道を、念のために持って来たオイルランタンに火をつけて進んだ。まばらにある家の少し外れた場所に管理用の家はあった。家から一番近い場所に食事処の看板が立ち、木造の建物の隣に馬小屋が置かれている。馬小屋の隣にキャビンを置くスペースがあり、どちらも空になっている。しかし、人は住んでいるようで、二階は灯りが灯っていた。
管理用の家は二階建ての煉瓦造りの家に歯車と管が壁沿いを張っている。それらは薄暗いながらも管や歯車の反射からはっきりと見えた。窓から漏れ出たオレンジ色の光を見るに、誰かが住んでいるのは想像に難くない。
家に近づきジャックが扉をノックすると、中から鈍色の義手をしたやや小柄な老人が現れた。彼はジャックを暫く訝しむように見てから「もしかして、ローガンさんのお孫さんかい?」と尋ねた。
「ええ。ジャック・ローガンです。」
「どうも。君のお爺さんからここの出入り管理を任されているスコット・ノートンだ。よろしく。」
スコットとジャックは握手を交わす。
「そちらは、お子さん?」
「いえ。彼は異国から来た、俺の友人です。ハリソンさんと連絡が付かなくなったという話で、手伝いに来てもらったんです。」
「公平です。」
「そうなんですね。よろしく。」
公平とも握手を交わした後、スコットはジャックと公平を家に上げた。
「パトリック。ローガンさんのお孫さんが来た。」
スコットは二階へ続く階段に向かって声をかけると「ああ、今行く。」と野太い声が返ってきた。
家の中は生活空間はシンプルで、整理整頓された快適な空間になっていた。山道と並行に作られた受付カウンターのような窓口があり、その周辺は複雑に組み合わさったピストンクランク構造で何かがどこかに送られて動き続けている。そのテーブルにはノートとペンが転がっている。ノートには番号が振られており、数字の低いものは近くの棚に円形のケースと一緒に並んでいた。
山道に向かう道には鉄製の大きな門と塀が張られており、人の立ち入りを拒んでいるようだった。
ジャックと公平は動き続ける歯車をまじまじと見ていた。
「気になるかい?」
「ええ、まあ。」
「あれは山に出入りする人がいたら、動画カメラに収めるための機構なんだ。」
「え? 動画カメラって常に映してる物なんじゃないの?」
「カメラ自体はそうだが、ローガンさんが知り合いの技術者に言って、力技で作らせた物らしい。この家、電話はないけど妙なところで凝っていてな。あの扉もこっちの機械を動かして開いたり閉じたりできるんだ。」
スコットは言いながら、窓口に置いてある椅子の隣のレバーを指差した。
「あのノートと丸いケースは?」と公平がスコットに尋ねる。
「ノートは入山者の記録だ。この山に入る人全員に書いてもらっている。丸いのは古い映像記録だ。あの動画カメラが去年の十月に設置されてから十二月ぐらいまでのデータになってるな。」
「動画カメラの記録はあの大きさで五時間ぐらいだと聞いてますが、三ヶ月も持つんですか?」
「なにぶん人は滅多に入らないし。十二月からは雪でさらに減った。大抵はあの門の前を清掃している俺たち兄弟しか映ってない。天気の悪い日は清掃も出来ないしな。」
「雨や雪とかカメラが動きそうですけど。」
「それは俺も思ってた。でも不思議なことに、よほどの大きな物でもなければ反応してなかったな。」
スコットが言い終わると、機械音とゆっくりとした足音が階段を降りてきた。スコットよりは背が高いものの猫背気味で、足は機械の義足がついていた。顔つきはスコットに似ている同じぐらい歳をとった男だ。
「パトリック。彼がローガンさんのお孫さんだ。」
スコットがジャックスの肩を揺さぶりながら、階段を降り切ったパトリックに紹介する。
「パトリック・ノートンだ。そこのスコットとは兄弟でな。お爺さんには世話になっている。」
パトリックのしわがれた手が握手を求めるように差し出された。ジャックスはその手を取りながら「ジャックスです。」と声をかける。
「こっちは彼の友人でコーヘーと言うらしい。異国からの旅人だ。」
スコットは公平の肩もジャックスにしたように揺らした。
「随分と若い旅人さんだ。ご両親も一緒にこの国に来てるのかい?」
パトリックの問いにジャックスは思わず吹き出した。
「あの…………ジャックスとは同じ年齢です。」
「えっ!?」
パトリックとスコットが同時に声を発した。
「ティーンエイジャーじゃないのかい?」
「流石に未成年だろう。」
二人が困惑したように声をかける中、ジャックスは「いえ。彼は異国から正式に来ているので、少なくとも成人はしているようです。」と笑いを含んだ声音で二人に伝えた。
「炭鉱で働いていた時に異国の人間も見たことがあったが、コーヘーのような人間は見たことがないな。」
「異国と言っても地域が違うのかもしれない。俺たちが見てたのはノーザンズとエルエドの人たちだ。」
「それで言うと、僕の国は
公平が告げるとパトリックがスコットの顔を見る。スコットは首を横に振った。
「すまない。我々は君の国を知らない。」
「最近になって国交ができた国なんで、お二人が知らないのも仕方ない話ですね。」
ジャックがやんわりと国に関わる話題を終わらせたあたりで、玄関からノック音が聞こえた。スコットが玄関に向かうのを見て、パトリックが窓口から離れて生活空間の方へ移動するようにジャックと公平を促した。
パトリックは、天井から吊り下がったオイルランタンの弱くなっていた火を壁にある歯車を回して強める。暖炉だけではない灯りにより、部屋は格段に明るくなった。暖炉の隣には似たような小型の暖房器具があった。それは古いストーブだった。周辺には吊り下げられて今まさに乾かしている食器類があった。
少し離れた場所にあるテーブルには鍋やパンの残りが置いてあった。ノートン兄弟の夕食だったのだろう。
ジャックと公平はその光景を見て、機関車の中で車内販売していた物を購入して、遅めの昼の食事だけだったことを思い出し、つられるようにお腹がなった。
「二人とも夕飯はまだだったのかい?」
パトリックが目を丸くして二人に問いかけた。
「お恥ずかしい話ですが、ここまでずっと機関車の中にいたので。」
「ああ。長旅だったんだね。今、鍋を温めるから席に座っててくれ。あ。コートはあっちの壁にかけられるから自由に使っていいよ。」
二人は鍋を持ち上げて、ストーブの台に置こうとしているパトリックに口々に礼を伝えた。
コートを壁に掛け終わる前にスコットが一度顔を見せた。
「メアリーがジャックたちが家に入るのを見て、不審者だと勘違いしたらしい。訂正はしておいたよ。」
スコットが笑い混じりに話すと、パトリックが「メアリーなら俺が出ればよかったね。」と返した。スコットは窓口の方に姿を消した。
「メアリーさんは、ご近所の方ですか?」とジャックがパトリックに尋ねる。
「確かに近所には住んでるね。この家から一番近い家があったろ? あの家に住んでいる、僕の妻だ。」
ジャックは「なるほど。」と納得した。
「ここに来る前に看板を見ました。食事処なんですか?」
「ああ。息子たちと一緒に地元の食事処をしててね。」
「でも、馬車がありませんでしたけど?」
「息子たちが買い出しに出て、まだ帰ってきてないんだ。隣町まで丸一日かかるから。」
「蒸気機関車なら一時間で着きますけど、なぜ馬車を利用してるんですか?」
「荷物が多くなるからね。アラトンに住む住人たちにも野菜とかを販売してるんだ。若者が少ないから。」
「え? 町の住民全員分の食材を買い出しに行ってるんですか?」
公平は驚きながらパトリックに問いかける。
「そうだよ。と言っても、息子たちだけじゃない。他の家で動ける人は自分たちの馬車で買い出しに行ってるね。」
「最近は蒸気車とか普及し始めてますけど。」
「そんなものはこの町にないよ。この義足とかと同じで、冬場は動きが鈍かったり、異常に冷えることもあるだろうしね。」
パトリックは言いながら自身の義足を軽く叩く。
「失礼ですが、その足は炭鉱で?」とジャックが問いかける。
「ああ。炭鉱を広げる時に、兄弟揃って潰れてしまった。ジャックのお爺さんに拾ってもらえなかったら今頃野垂れ死んでただろう。」
パトリックは懐かしそうに遠くを見た。
****
鍋の煮込みが終わり、食事が終わった後、ジャックと公平はその部屋で一晩過ごすことになった。
二階には空き部屋があったものの、軽い倉庫のようになっていたことと、掃除が行き届いていないことから、毛布を借りて暖炉の前のソファーを利用して眠ることした。少しでも長い移動の疲労が癒えることを祈って。
翌日の夜明けは、暖炉の薪が燃え尽きて部屋が冷え始めるのと、そしておかしな体勢で寝入ったことによる全身の痛みと共にやってきた。ジャックと公平は不自然な体制で寝てしまったため、日が昇る少し早い時間に起きてしまっていた。しかし二度寝が出来るほどソファの居心地は良くなく、二人はバラバラにストレッチをしてから、ジャックが暖炉の奥の扉を通ってバスルームに向かった。
公平がバスルームが開くのを待っていた時、パトリックが階段から降りてきた。
「おはようございます。」
公平の声にパトリックが顔を向けた。
「やあ。おはよう。コーヘー。その顔は、あまり眠れなかったみたいだね。」
公平の顔を見てパトリックが苦笑する。公平は曖昧に声を発した。
「パトリックさんはまだ寝てなくて大丈夫ですか?」
「俺はいつも早起きなだけだ。悪いけど、暖炉に薪と火を入れてくれるかい。寒すぎてね。スコットももうすぐ起きるよ。」
そう言われて、公平はすぐに暖炉の脇に置かれていた薪をいくつか暖炉に入れ、着火剤に火を灯して投げ入れた。薪がよく乾いていたのだろう。暖炉の火は当たり前のように燃え始めた。
パトリックが階段を降りきり、テーブルの近くの椅子に腰掛けた。それはジャックと公平が使っていたソファから少し離れた位置にある。
「そう言えば、あそこの窓口、昨日僕らが来る時もやってたんですか?」
「まさか。大体十八時か十九時ぐらいには閉めてるよ。昨日はメアリーが早めに夕飯を持って来てくれてね、それで片付けるのが遅くなったんだ。」
「普段は何時から窓口にいるんですか?」
「あまり決まりはないよ。十時とか昼過ぎとか。日によるね。人がほとんど来ないから随分と暇だよ。その代わりゲームは充実してるよ。お喋りは、君たちが来てくれたから捗ってる。」
話している内にバスルームが開き、公平は軽くパトリックに声をかけて、ジャックと交代するようにバスルームに消えていった。
「おはよう。ジャック。」
「おはようございます。パトリック。寒いですね。」
「おや? お湯が出なかったかい?」
「いえ、お湯は出たんですけど、温度差が。」
「ああ。暖炉をつけてもらったから温まるといい。」
「パトリックはその位置で寒くありませんか?」
ジャックは暖炉に近づきつつ、あまり火にあたろうとしないパトリックに問いかけた。
「寒いは寒いんだけどね。あまり火に近づき過ぎても、長くいるとこの足が熱を持って火傷しそうになるんだ。この場所で温度が上がるのを待つよ。」
「そう聞くと、義足や義手なんかも不便ですね。」
「そうだね。特に冬場は外出もしづらい。動きも悪くなるし、体温もこの足からさらに冷えていく。スコットもだけど、俺たちは十分も外にはいられない。」
「ああ。だから、じいちゃんは俺にハリソンを探しに行って欲しいって言ってたんですね。」
「そうだろうね。」
「昨日、確認しそびれてたんですけど、ハリソンが山に入った時期って具体的にいつ頃なんですか?」
「それなら窓口のノートに書いてあったはず。ノートもそんなに使われてないからね。今使ってるノートに書いてあると思うよ。大体、毎年雪が降ってから山に入り始めて、雪解けの頃に戻ってくるって感じだね。」
話をしていると公平がバスルームから、スコットが階段から降りてきた。
「や。おはよう。みんな早起きだな。」
「スコット、彼らはソファで寝てたんだ。ゆっくり寝てられなかったんだよ。」
「それもそうか。話を遮って悪かった。続けてくれ。」
スコットとパトリックが話している間、公平は自分が使っていたソファに座り直し、ジャックに「何の話をしてたんだ?」と問いかける。
「ハリソンが入山していた記録があるって話をしてたかな。毎年雪がある間に山に篭ってたらしい。」
「そんなに食料が持つのかな?」
「それで言うと、今年は缶詰を多く持って行ってたよ。」
スコットが二人の会話に自然と混ざる。
「缶詰か……。どこで購入したとかわかります?」
「ライアンさんところかな。愛犬のジャッキー用にドックフードも購入してたと思う。」
「ライアンさん?」
「夫婦で精肉店兼雑貨を売ってるんだ。確か、ハリソンからジビエ肉を卸してる。旦那さんの方は、ハリソンと一緒に解体とかしてたんじゃなかったかな。」
「そうですか。どれぐらい買ったのかわかればと思ったんですけど。」
「なあ、ジャック。先に山小屋を見に行く方がいいんじゃないか?」
公平がジャックに問いかける。
「そうだね。山小屋がある場所の地図とかあります?」
「勿論。でも、その前に、コーヒーでも飲もう。」
「パンとベーコンも残ってたな。少し早いが朝食にしよう。」
スコットとパトリックは交互に言ってから、椅子から立ち上がって、火を入れたストーブの上にフライパンをおいた。
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