煙の街 名残雪の殺人事件

佳芳 春花

第1話

 自らを強く主張するように汽笛が鳴る。蒸気船の音だ。

 港から巨大な船が華やかに、そしてゆったりとこの地を離れていく。出発の見送りに集まっていた人々がまばらに街中へと散っていくのを尻目に、ジャック・ローガンは足早に開けた港から街中へ。細い道を通りながらケーブレーン四十五番へと向かった。

 周囲の建物からひっきりなしに立ち上る黒い煙のせいか、霧がかって視界が悪い。ふと、見上げた空を覆うのは、灰色よりも濃く暗い雲だった。


****


 家の玄関を開くと「おかえり。」という異国の決まり文句らしい言葉が聞こえてくる。約半年ほど前から居候している清家公平せいけ こうへいと言う名の異国の青年だ。

 公平は、ジャックの両親からの紹介で、バリー商会が仲介する蒸気船の購入のため滞在している。造船所の社長によると、蒸気船の名前はユーザラー号と既に名前は決まっているらしいが、完成までには後二、三ヶ月かかると言う話だ。公平の国でも蒸気船が作られているものの、基本的には海を航海するための大型船が主流であり、湖で使う遊覧船のような小型船となると国外に依頼するしかない状況のようだ。


 鉄のパイプが建物の側面を這い、冬などの寒い時期には熱を室内に送る技術やその逆の手法が編み出され、義手や義足などの技術も発展し、活版印刷から極めて早くタイプライターが作られ、光量を必要とした銀版写真からモノクロではあるがロールフィルムが出来たことで手軽に写真が撮れるようになった。

 さらには、画像は粗いが写真を連続して保存できるようになると、画像は荒いが動画を撮ったり、保存する技術も出来上がった。このことで、駅や交番、銀行などに実験的に動画カメラが設置されるようになっている。動画は映写機を用いて再生できるため、一部資産家たちは、個人でも動画カメラを所有し、同時に映写機も購入していると言う。

 通信という点において、石炭火力発電という新技術により、電気を利用した製品が各工房で競うように作られ、中には電話という商品は、各駅構内や病院・警察署など積極的に置かれ、白熱電球がガス灯の代わりに街中に建てられ始め、動力源を採掘する炭鉱にも電灯として普及し始めた。

 電話に至っては、家庭内にも普及できるようにと国からの補助金の元、ジャックも購入していた。

 蒸気船などの機械の発展が進み、国中の空気は澱んだが、蒸気機関の原動力が石炭によって向上し、様々な産業に影響を与え国内は活気で満ちていた。石炭が発掘できる炭鉱が近くにあれば、採掘に従事する炭鉱夫なども金回りがよくなって金持ちが増えたと聞く。蒸気機関車が出来てからは数日かかっていた移動も十時間未満で目的地に着くようになった。

 その利便性の中で、ジャックは確かに失った昔の景色を時折思い出す。

 不便ではあったが、空気は綺麗で、街中は今より霧が少なかったように思う。木々も自分たちの身近にあった。しかし、それは思い出補正なのかもしれないとジャックは考える。


 ジャックが帽子と外套をダークブラウンのコートハンガーにかけてから、暖炉の傍で新聞を広げる公平に視線を向けた。公平は不可解なものを見るように新聞の変わらない文字列に首を傾げている。

「どうした? 何か面白い記事でもあったか?」

「面白くはない。が……困ったことがある。」

 苦々しく公平は口を曲げながら新聞から顔を上げた。

「と、いうと?」

 ジャックは言いながら、公平の対面にある個人用ソファに腰を下ろす。

「ファーストフォーズで一年前に殺人事件が起きたらしい。」

「ファーストフォーズっていうと、確か、君が注文していた蒸気船の造船場がある地域だったっけ? 殺された人がその関係者だったのか?」

 ジャックは一年前の事件という言葉への疑問は持ちつつも、一旦、公平がどのあたりに困惑しているのかを聞き出すことを優先した。

「被害者が出資者の一人で、亡くなったのはエイミー・トンプソンという元貴族の女性。造船場の近くで遺体が見つかってたらしい。それなりの資産があったが、それらが奪われていたことから、強盗目的なのではないかと地元警察が調べて、その中でもっとも有力な犯人に目星がついていた。んだけども、半年前にその人物に逃げられていたのが最近になって判明した。という話で、この新聞でその人物、ラルフ・レンを全国的に指名手配している。」

 話が一区切りついた公平にジャックは「うん。」と軽く話を促すように相槌を打つ。

「この新聞には、彼が指名手配されたことで、造船場の関係者が共犯となっているのではないかと疑われ、再捜査で捜査範囲が広がり、現在作られている蒸気船の施工作業に遅れが出るだろうと書かれている。」

「あーなるほど? 君が帰国する日程がさらに遅れるってことか。確かに、君にとっては困る話だ。」

「それに、暫定とはいえ人を殺した凶悪犯がどこへ行ったかわからないっていうのも、人としてあまりいい気はしないだろ?」

「怖い話ではあるね。写真とかはそこにないのかい?」

 ジャックがそう聞くと、公平は新聞を手渡した。開いてみると、造船場の引の写真と恐らく引き伸ばしたのであろう該当犯人の荒い写真は載っている。しかし、犯人画像は荒すぎて、多少の年齢は重ねた髪の短い男性だということ以外、これといった特徴がわかりずらい。もっと言えば、その辺を歩く高齢の男性だと言われたらそうかもしれないと言えてしまうほど。

「偽名でも使われたら探し用がないだろ?」

「ああ。当面見つかりそうにないな。」

 公平の淡々とした言葉に苦笑気味にジャックは返した。


ーーリリッリリッリリッ


 甲高いベルの音が不意に部屋中に響き渡る。ジャックの家にある電話の音だ。

 ジャックはパッとソファから立ち上がり、窓際に設置してある木製の電話機から受話器を取る。

「やあ。こんにちは。レンツだ。電話に出てるのはジャックかい?」

「ああ、そうだよ。じいちゃん。今日は何の用?」

「久々に孫の声を聞きたくなったーーというのは冗談だが。何というか、ちょっと頼みたいことがあってな。」

 はに物が挟まったようにレンツは尻窄みに口にする。

「その口ぶりだと、面倒ごとだね?」

「そうだな。アラトンに俺の私有地があるのは知っているな?」

「じいちゃんの所収地なんて色々あるだろ。アラトン……ねえ。覚えてない。ヒントはないの?」

「そうだな。俺が持っているもので資産価値は割と低いと言える。」

「えっと……山?」

「ああ。そうだ。その山に山小屋があってな、冬の間に知人に貸していたんだが。そろそろ雪解けだろうに、一向に連絡が付かない。山に入る前に管理用の家もあるし、そこに在中して山の出入りを確認してもらっているが、電話も流通していない状態でな。数週間前に手紙を出したところ昨日返信がきて、約四ヶ月は姿を見ていないと。どうにも胸騒ぎがしてな。悪いがちょっと見に行ってもらえないか?」

「まだ雪が残ってるんじゃないか?」

「かもしれん。しかし、この年齢(とし)のせいか膝も悪くなってな。流石に遠出もできん。頼まれてくれんか?」

「あー……その前にいくつか質問したい。」

「なんだ?」

「じいちゃんの知人ってどんな人なんだ?」

 ジャックが問いかけるとレンツは少し何かを思い出そうとするように間を置いた。

 その間に、家のチャイムが鳴る。その音に公平へとジャックが視線を向けると、公平は軽く頷いて立ち上がり玄関の方へと出ていった。

「そうだな。彼は猟師だ。獲った動物の毛皮を加工する職人でもあった。名前はハリソン・シェリ。俺よりもほんの少し若い男だ。嫁とは離婚して、子供も出稼ぎに別の町に行ってると聞いたな。自分で加工した冬用の衣服を身につけていると思う。冬場の森に向かうときはいつもそうだった。あと、確かソリも。赤系統のソリだったか。獲った動物や狩りの道具を入れていた。それから……ああ、サモエド犬も飼っていたと記憶している。」

「外見に何か特徴はある?」

「そうだな。目の色は深いブラウンで、顔周りの毛は殆ど白髪だった。若い頃はアッシュブラウンの髪色だったから、恐らく地毛がその色だ。髪は頭の形がわかるほど短い。よく藍色のニット帽を被っていた。髭は顎のラインに揃えて居たな。最後に会った時には、口周りから、もみあげまで髭はあった。頭部の毛が最近薄くなったと話していたが。ああ。腹回りも最近出てきたともいってたな。とはいえ、恰幅はいいだけで太っているという訳ではない感じだ。」

「そう。」

「こんなところで説明はいいかい?」

「そうだね。ああ、あと。ハリソンさんはアラトンに自宅があるってことで良いんだよね?」

「そうだな。自宅兼作業場だ。解体業は別の人物に頼んでいたらしいな。いや。一緒にやってるんだったか。そのあたりは忘れてしまったが。」

「了解。とりあえず現地で話を聞いてみるよ。仕事で休暇申請をしてからになるけど。」

「ありがとう。やはり刑事の孫を持つと話がスムーズだ。」

「そうでもない。昨日だって……いや、なんでもない。忘れてくれ。」

「そうか。では、頼んだ。愛してるよ。ジャック。」

「俺もだよ。確認した後、また連絡する。じゃあね。」

 受話器を置いた後、座っていたソファに戻ると玄関から公平が荷物を持って戻ってきた。

「誰だった?」

「隣のマーカム夫人から。いつも通りのお裾分けだ。ついでに、おしゃべりに少し付き合ってた。」

「ご苦労様。おしゃべりは兎も角、夫人の料理には助けられている。なんせ、僕らの料理は雑すぎる。」

「だな。ちなみにミートパイだそうだ。」

「いいね。お昼に食べよう。」

 公平はドアを開け放した状態で隣の部屋に行き、テーブルに荷物を置いた。

「で?」と公平はジャックに向き直り尋ねる。

「で? とは?」

「休暇申請がどうのって話が聞こえてきたんだよ。出かけるの?」

「そうだな。祖父から頼まれごとを受けた。人探しだ。慣れない町に行くから、君にも来てもらうかも。」

「なるほど? 何か準備が必要なら先に聞いておきたい。」

「あーなら、防寒具を頼む。雪が残る山らしいから。都会よりも山用の服を新調したい。」

「だとしたら……靴は一緒に見た方がいいな。」

「昼が終わったら見に行こうか? 君、暇だろう。」

「失礼な。これで輸出入品の管理やバリー商会との交渉とか……まあ、確かに。今の時期は殆ど休暇状態ではある。」

 ジャックの生暖かい笑みに耐えかねて並べ立てた言い訳を絶った。


****


 ジャックは、翌日の出勤で早々に祖父から連絡を受けて向かう予定のアラトンについて軽く下調べを行った。朝早くに出勤したため、自身の散らかったデスクに荷物を置き、資料室へと足を運んだ。

 アラトンの情報は割と簡単に手に入った。というのも、資料室の理路整然とした並びでは、国内の町で大きな署を建てられない小さな町はいくつもあり、そうなった場合、管轄を問わず警察は動くことになる。そのために用意された資料はしっかりと保管されていた。

 アラトンは、人口はわずか二十名ほどの小さな町ーーというより集落だろうーーで、その多くは高齢の住民ばかり。時折、観光客が訪れるが、大抵は六月から八月までの夏場付近だ。移住者もいるようだが、若者は長くは定住せず、年寄りばかりがひっそりと暮らしている。

 ジャックたちが住む首都近郊の周辺より約五百キロメートルは離れた郊外にあり、今時珍しく自然が豊富な土地だということが記録に残っていた。近隣に海はなく、移動は蒸気機関車のみとなり、ジャックの住む地域の駅からだと基本的に約八時間でアラトンに到着するようだ。

 ジャックはそこまで調べ終えると、まばらに出勤してくる同僚たちに軽く挨拶しながら席についた。

 それからジャックの休暇申請が認められたのは、申請を出してすぐだった。早めに休暇が取れた方がいいと考え近日中の日程で、アラトンからの往復と町での人探しの時間などの計算して書類を作成し、上司に確認をとり、セカンドフォールズ署のいつも無愛想な事務員に提出するとすぐに受理された。一度は棄却される予定で休暇申請を出したが、思いの外スムーズに休暇は取れた。上司は「日頃の行いのおかげだろう。」と笑いながらジャックの背中を叩いた。

 ジャックは土日を挟んで六日の休みが確保出来た。

 そのことをジャックは自分の家に電話をかけて報告しておいた。


 ジャックの仕事が終わる頃に、公平が迎えに来ていた。ジャックの姿を見つけると挨拶するように手を上げて近づいてくる。

「明日から休みだって? よく取れたなっていうか、行動が早すぎる。」

「苦情を言いに来たのか?」

 軽口を言いながら、二人は話しながら並んで歩き、署のドアを開けて暗い通りを進む。

「それもある。何より、明日から動くなら服と靴は今から買いに行くしかない。」

「確かに。あっちの通りの雑貨屋に服と靴が置いてある。あそこに行こう。」

「了解。それと、駅のチケットは当日でいいのか?」

「ああ。それで問題ない。アラトンに行く蒸気機関車はそこまで人気もないしな。」

「そんな場所に行くのか。」

 公平はうんざりとした顔つきになった。

 ジャックは少し早歩きになって店に向かう。公平はその後ろに早足になって続いた。

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