番外編 一年後


「おはよ〜シュラ〜」


ルミーネはめんどそうに階段を降りる。

シュラが貴族の元での料理人修行から1年が経った。

カルアと同じくシュラも半年ほどで見習いを終えて今は前菜の料理を担当しているらしい。


色々ぐちぐちと言いながらもルミーネの新居にシュラは住んでいる。

文句を言いつつも自分の元を離れられていないシュラに対して少し愉悦感を覚えていた。

下に降りると食卓には朝食が置かれていた。シュラの姿はない。


「も〜今日も居ない〜」


離れられてないのはどちらだと言わんばかりにいじけてソファに寝転がる。

シュラの朝は早い。料理の腕を上げたいらしく夜も遅くまで練習しているらしい。

酷い時は同じ家に住んでいるのに何日も会えてない日もある。ルミーネにもいじけるに相応しい理由があった。

徐々に朝食の良い匂いに誘われて、食卓に着く。


以前からシュラの料理は美味しかったが、ここに来て、料理を担当するようになってからさらに腕を上げたように思える。

こんなにも美味しい朝食に毎日ありつけていることに感謝すべきだろう。

そんな感想を抱きながらもルミーネは別のことを考えていた。


「まだ温かい。つまり出ていったのはついさっきということ。もうちょっと早く起きれたら〜」


綺麗に食べ終えたルミーネは再びソファに寝転ぶ。

そうしていると本棚にある一つの本が目に入る。

それは以前使った洗濯の魔法含む、生活に役立つ魔法が書かれている本だ。

それ自体は何十年も前に買った本だが、いまだに一つも覚えられていない。


「確か目覚ましの魔法があったような〜」


芋虫のように身体を動かしながら、本を取る。

パラパラとめくっていると、目覚ましの魔法を見つける。


「変身魔法を覚えた時の気持ちを思い出すんだ〜。もう私は攻撃魔法以外でも覚えられるんだ〜」


杖を構え、目を閉じる。

変身魔法を覚えた時の感覚を思い出す。


「そう、この感覚。今なら成功する気がする!」


この家の横を通った人は眩しい光が見えたという。




◆◇◇◇




真っ暗な道をランタンで照らしながら歩いていく。

今日得た料理の学びを頭で反芻しながら、次は何を作ろうか考える。


冷たい風が吹き、シュラは顔を上げた。

この街に来て一年。ウィーゲルの館からは半年で卒業し、今はルミーネの新居に住まわしてもらっている。

住みたいわけではなかったが、ルミーネがどうしてもというので仕方なく住んでいる。

あの部屋よりも大きいし、自分の部屋も持てるので仕方なく住んでいる。


「にしても、今日はさすがに遅すぎたな。お詫びに明日の朝食は豪華にしとくか」


石畳の道をのんびりと歩きながら家に着く。明かりが付いている。


「珍しいこんな時間まで起きてるなんて」


夜も遅いのでドアを軽くノックする。しかし反応はない


「起きてるわけではないのか。鍵はっと…」


カバンを漁りガチャガチャと鍵を探していると、扉がゆっくりと開く。

ルミーネが顔を覗かせたかと思うと、そそくさとソファの方に走っていった。


シュラは不思議に思いながらも扉を閉める。

その時、何か違和感を覚えた。

何かは分かりそうで分からない。いつもあるはずのものがない気がする。


静かにソファに座り続けているルミーネのそばによる。


「もしかして怒ってるのか?悪かったよ遅くなったのは」


ルミーネは首を振り、何か書いていた紙を見せてくる。

しかし、最近になって文字の勉強をし始めたシュラには一部しか読めず、それだけでは文章を解読することは出来ない。


「悪い読めない」


ルミーネは地団駄を踏みながら、今度は怪しい動きを始める。

鳥のモノマネだろうか?


「もしかしてあの怪鳥が来たのか?」


ルミーネは再び頭を大きく振り、もう一度鳥のモノマネを始める。


「だから怪鳥─」


そこまで言って鳥のモノマネを維持したまま睨まれる。まだ続きがあるようだ。

ルミーネはそこから両腕を胸の前でクロスさせる。

ますます不思議な行動にシュラは頭を悩ませる。


「鳥に変身…鳥を呼ぶ攻撃魔法…」


ルミーネは足を踏みながら回り始める。意図が伝わらないのが悔しいのだろう。


「もう答えを喋ってくれよ」


その瞬間、ルミーネの細く綺麗な人差し指がシュラを指した。

ずんずんと近づき、人差し指を見せてくる。


「もう一回?」


ルミーネが今までにないくらい頷く。


「もう答えを喋ってくれよ」


頷きながら指を指す。


「答え…喋る…あっ!」


ようやくシュラは分かったようだ。この家に入ってから感じている違和感にも気づく。


「ルミーネ、もう一回足踏みして」


ルミーネは意図が伝わって嬉しいのか、喜んで足踏みをする。

音がしない。


「喋れない、声が出ない、音が消えてるんだ!」


すっきりしたようにシュラが声を上げるとルミーネは喜びハイタッチを要求してくる。そのハイタッチも音はしない。


「あースッキリした」


シュラとルミーネは揃って満足そうにソファに座り込む。

しばらくのんびりとしてシュラは横を向く。


「で、何の魔法を使ったんだ?」


ルミーネは机の上に置いてある本を指す。

そこには目覚ましの魔法のページが開かれていた。


「目覚ましの魔法…それで音が消えるって真逆の効果だな…。これってどれくらいで戻るんだ?」


ルミーネは両手の掌を上に向け、肩をすくめた。分からないということだろう。なんとなく表情もムカつく。


「喋らなくても人をイラつかせるのが上手いな」


そんなこと言わないでということか涙目でシュラの膝に縋り付く。


「まぁ音が出ないくらいだから、気をつけて生活してれば大丈夫か」


ルミーネはお腹を抑える。お腹が空いているようだ。

仕方なくシュラは立ち上がる。


「晩ごはん作ってやるから待ってろ」


何度も頷きながら嬉しそうに泣き始める。

どうやらずっとお腹の音は鳴っているらしい。


火の音や食材が焼ける音、色々な音が聞こえないが、感覚を研ぎ澄ませながら調理をしていく。

そして食卓の上には普段と変わりない豪華な食事が並んだ。


「意外と練習になるなこれ、普段以上に時間に気をつけれる」


そんな感想を述べているシュラの横でルミーネはすでに食事を始めている。

何か喋っているが何も聞こえない。おそらく感謝だろう。


食事を終えて2階に上がる。

2階の扉も音がしない。


「この家だけで済んでるのか本当に」


そう呟くと、肩に手が置かれる。


「っ⁉︎ルミーネか。…おい笑うな」


普段から気配を消して近づいてくることはあるが、今は無音だ。

びっくりするなという方が無理がある。


「それでこの魔法は本当に家の中だけで済んでいるのか?」


先ほど呟いたことを確認すると、ルミーネは親指を立てる。


「確認済みってことか。ちゃんと出来るようになったんだな」


腕を組み自慢げに頷くルミーネにシュラは呆れ、ため息を吐いた。




◆◇◇◇




それから3日後の朝、ルミーネはゆっくりと階段を降りる


「おはよ〜シュラ〜」


ここ3日聞こえはしないが言ってきた言葉が耳に入ってきた。


「おはようルミーネ」

「も、戻った〜!」

「さ、じゃあ朝ごはん食べるか」

「なんか驚きが少ないな〜」

「そりゃまあ朝起きた時には布団の捲る音が聞こえたしな」


食卓に座り、さっそくカリカリに焼けたパンを齧る。

ルミーネは噛む音が加わるだけでこんなに美味しく感じるのかと感動する。


「音も戻った、シュラがいる間に起きれた、文句なしの朝だ〜」

「そういや起きれたな。ま、朝ぐらい魔法なしで起きな」

「え〜今日はたまたまじゃん。明日は無理かも〜」

「そこは頑張れよ」

「じゃあシュラ一緒に寝よう!そしたら起きれるかも〜」

「嫌です。それに一年前ぐらいも起こさないと結局起きなかっただろう」

「そこはもっと密着して寝るんだよ〜そうすれば必ず目が覚める!」

「……いやそれでも起きなかっただろ!」


3日ぶりに騒がしくなった家は2人の話し声が響き始める。

まだまだ2人は離れられそうにない

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ポンコツ魔女から逃げ出したい 渡ノ箱 @watari_no_hako

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