第8話


夜、シュラは眠れず、身体を起こした。

他の3人はぐっすりと眠っている。

シュラは音を立てずに部屋を出た。


真夜中の館はかなり静かだ。

しかし全員が寝ているわけではない。

館の中は一部のメイドが起きているし、外では傭兵が警備をしている。


つまり真夜中に使用人が勝手に館を歩いては大問題なのだが、その日のシュラは導かれるように厨房に入っていった。


真っ暗な空間に目が慣れてきた頃、一つの声が聞こえてきた。


「シュラシェフ〜オムライス作って〜」


のんびりとした声、声のする方は向かずシュラは答える。


「材料がないから無理」

「材料は持ってきたから〜」


ふと横を見ると、材料が置かれていた。


「あ、明かりも必要か〜」


ランタンに火がつく。

その横には白い髪の女性がニヤニヤしながら立っていた。


「はぁ…やっぱりあれはルミーネか」

「この3ヶ月ずっと変身術の勉強してたんだ。初めてだよ攻撃魔法以外でまともに使えるようになったの〜」


ルミーネはランタンを持ち、シュラの横へ向かう。


「これもシュラに会いたい一心だったおかげかな〜」


ルミーネの囁く声にドキッとしながらもシュラは誤魔化すように料理を始める。


「作ってやるからそこの椅子に座ってろ」

「は〜い」


料理をしている間、ルミーネはシュラに尋ね始めた。


「…シュラはここに来て良かった?」

「ああ、料理人達の調理を間近で見れるからな。カルアさんも凄かったけど得意不得意はあるからな。色々見るに越したことはない」

「確かに前より動きがテキパキしてるね〜」


あっという間にライス部分は出来、残るは卵だ。


「…じゃあさ、私が居なくてどうだった?清々した?」


シュラが動きを止めたのは卵が固まるのを待っているからなのか、言葉に詰まっているのか。

卵を動かすと同時に喋り始めた。


「この3ヶ月は今までと比べて平和すぎたな。問題が起きても料理長やメイド長みたいな大人が解決してくれるし」

「うっ…」


大人という部分を強調してルミーネの方を向くと、ルミーネは苦そうな表情をする。


「でもルミーネが居ない生活はちょっと寂しかった」


その台詞を聞いてルミーネはニヤニヤしながら歩み寄る。


「おやおや〜本当かい〜シュラ〜」

「だ、抱きつくな、ほら出来たぞ」


ルミーネを座らせて、テーブルにオムライスを置く。


「ん〜良い匂い〜3ヶ月ぶりだ〜」


スプーンで掬って口へ運ぶ。もぐもぐとしながらルミーネは徐々にシュラの方を向く。


「な、何だよ。美味しくなかったか?」


ルミーネは大きく首を振り、次々と食べ始める。

オムライスはあっという間に無くなる。


「──ふぅ〜、最高だった〜」

「急いで食べすぎだ」

「だって〜美味しすぎて〜」


シュラは食器を下げ、洗い始める。

勝手に食器を使ったのがバレたら何日皿洗いだけになるか分からないのでしっかりと洗う。


「シュラは後どれくらい下積みなの?」

「一年以上じゃないかな、まぁカルアさんは半年で終わったみたいだけど」

「じゃあシュラもそれくらいだな〜」


ルミーネは急に勢いよく立ち上がる。


「決めた!」

「あんまり大きな声出すなって」

「私、この街の家を買う!そしたら休みの日はシュラが来てくれるだろ〜?」


洗い物を終えたシュラの濡れた手をがっしりと掴む。

ルミーネの顔が近くて思わず顔を背ける。


「シュラに来てほしいんだ〜」

「な、何で」

「今の私の家の中を見たら分かると思うぞ〜」


シュラは冷めたような目をして、ルミーネの方を向き直る。

先ほどまで少し赤かった顔も戻っている。


「それは俺に掃除しに来いと?」


ルミーネは大きく何度も頷く。

シュラは手を振り払い腰に手を当てる。


「俺はお前の親じゃないぞ。何で休みの日に住んでない家の掃除しなきゃならないんだよ」

「じゃあ下積み終わったら住んで良いから〜というか一緒に住んで〜」

「そんな世話しに住むの嫌だ。だいたい──」


シュラが文句を言っているとヒールの音が聞こえた。

おそらくメイドの誰かが見回りに来ているのだろう。

急いでランタンの火を消し、ルミーネと共に身を屈める。

ヒールの音は厨房で止まる。しばらくすると、ヒールの音は遠ざかっていった。


「危なかったね〜とりあえず今日は帰るか〜」

「そうしてくれ」


ルミーネは杖を拾い、立ち上がる。

ルミーネはシュラと向き合うと優しい笑みを浮かべた。


「家に来てほしいのはね、私も寂しかったから」

「えっ?」

「やっぱり私の家にはシュラがいないとね」


ルミーネはゆっくりとシュラに抱きつく。

いつもされてたふざけた抱きつきではなく、優しい抱擁だ。


「…っ⁉︎」

「待ってるね」


杖を振り、変身魔法を使う。

ルミーネの姿は黒髪の女性に変わる。

そして手を振りながら、窓から出ていった。


その後、シュラはルミーネの新居にやってくる。

1週間ほどしか住んでいないのに物の散らかりっぷりにため息を吐きながら一緒に掃除していく。


まだまだシュラはルミーネの元から逃げ出すことは出来なさそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る