第7話


朝日が僅かに昇る中、シュラは目を覚ました。

さすがに3ヶ月も経てば天井も見慣れたものになってくる。


ゆっくりと身体を起こし、服を着替える。

この部屋には自分以外に3人の男女が眠っていた。

彼らを起こさないようにゆっくりと立ち上がる。

吊るしてあるエプロンをつけ、ゆっくりと扉を開く。


ウィーゲルという貴族の館に来て早くも3ヶ月が経った。

カルアからの手紙を持って訪れた時はこの大きな館に圧巻されたが、今では廊下の幅を自分何人分か実際に確認できるほどになっている。


「我ながら神経が図太いな…」


これもルミーネ以上の厄介ごと理不尽さにこの3ヶ月出会ってないというのが大きいだろう。

ルミーネはこの館へ行くことを決断した時、かなり寂しそうな表情をした。

しかし、すぐにシュラの夢を応援するということで、その決断を祝福してくれた。


『ま、離れ離れもあっという間だしな〜』


この館で働き始めれば、当分会えないと思うのだがルミーネはそんな事を言っていた。


「魔女の時間感覚だとそんなものなのかなぁ」


魔女の家から逃げる。少し前からずっと考えていたことがあっさりと叶ってしまい拍子抜けというか、どこか寂しさを感じていた。


「いやいやそんなことない!」


頭をブンブンと振りその考えを取り払う。

厨房に向かうと、すでに何人かの料理人が作業を始めていた。

料理長がシュラに指示を出す。


「遅いぞシュラ。早く外で野菜の泥落としてこい」

「はい!」


シュラは小走りで厨房を抜け、外へ向かう。

そこには今日使う分の野菜が大量に置いてあった。


「毎日どこでこんなに使ってるんだか」


そうぼやきながら野菜を必死に洗っていく。

しばらくしているとあくびを抑えられないといった様子の男女2人がやってきた。

シュラと同室の2人で赤髪のおさげのラニと黒髪のツンツン頭のペラーミだ。もう1人のシュラより2つ下の女の子はアイズはメイド見習いなのでここには来ない。


「あー2回分の怒鳴り声聞いて朝から頭がぐらぐらするー」

「シュラ起きてるなら起こせよー!」

「前起こしたけど来なかっただろ」


3人で言い合いながらも野菜を洗っていく。

2人はすでにここで2年働いているらしく、野菜を素早く洗っていく。

ぼーっとしてたら追いつかれそうになると思ったシュラもペースを上げる。

結局シュラは野菜5本分まで追いつかれていた。


「この前よりは追いついてきたな!もっとハンデが必要か?」

「勝ってから言えよ」


ペラーミのニヤつき顔にシュラが軽口を叩いていると、後ろから怒鳴り声が響いた。


「お前ら!喋ってないで野菜持ってこい!」

「「「はい!」」」


3人は急いで野菜カゴを持ち上げて、厨房へ向かう。

運んで終わり、というわけではない。

次はスープや前菜に使う野菜を切りはじめる。


下積みは魔法を使ってはいけないらしく、次々と来る野菜を切っていく。

ラニは魔法が得意らしく、野菜を一発で切れると豪語したが使おうとして怒られた過去がある。


「はーあ、魔法使いたいよー」

「ちょっと!私の言いたいこと真似しないでよ!」

「こちとら何遍聞いてると思ってんだ!」


ラニとペラーミの言い合いを横で聞きつつ、シュラは素早く野菜を切っていく。

普段から魔法を使わないシュラにとっては魔法が使えないは関係なく、量自体も正直カルア食堂で働いてた時の方が多いなといった感じだ。


言い争いをしていた2人もシュラの早さに焦ったのか黙々と切り始める。

料理長はここ最近怒鳴ることが格段に減ってシュラに少し感謝をしていた。


野菜が切り終わる頃には次は使用人たちの料理を作り始める。

この3人の料理は使用人の間でも評判が良い。

3人も厨房を使えるとだけあり毎日楽しそうに作っていた。


作った後は、大鍋を厨房横の食堂へ運び、配っていく。

3人もそこでやっと朝食にありつける。


今日も3人の料理を食べている食堂に1人の使用人が息を切らしてやってきた。

その使用人は興奮気味でこう話した。


「聞いてくれ、今日のウィーゲル様の会食相手魔女だって噂だぞ」


大きい声では無かったが、『魔女』という単語が広がり徐々に使用人達がざわめき始める。

伝説上の存在で目撃情報も過去何百年で数例しかない。


「ありえるのか魔女って」

「ウィーゲル様は魔女と知り合いなのか?」

「でも最近魔女として活動してる冒険者が出たって聞いたような」


ざわめきの内容は当然シュラの元にも届いた。

横に座っていたラニとペラーミも興奮した様子だ。


「魔女だってよ魔女。どんな奴かな?やっぱり化け物みたいな顔なのかな?」

「一目でいいから見てみたいー!魔法見てみたい!」


シュラはというと器に顔を向けたままスプーンも動かさず固まっていた。

シュラにとっては魔女といえばルミーネしか居ない。


ウィーゲルが他の魔女と知り合いの可能性はある。しかしタイミングが良すぎてルミーネの顔しか思い浮かばなかった。


「どうしたのシュラ?器をじっと見て」

「…えっ?あ、いや何でも」


動揺をするシュラを不思議に思ったがその疑問はやってきた料理長とメイド長の怒鳴り声でかき消される。


「今何時か分かっているのか!」

「あなたたちもすぐに移動する!」


使用人たちは慌ただしく食べ終えると食堂を後にした。

しかし、使用人たちの頭には魔女という単語が頭から離れなかった。




◆◇◇◇




そして夕刻、一つの馬車が館の門を通った。

使用人の一部はその姿を見るために草陰に隠れていた。

その中にはラニとペラーミに連れられてシュラも来ていた。


馬車が止まり、1人の女性が出てきた。

大きな魔女帽子に杖を持っている綺麗な黒髪の女性だ。

その顔はルミーネでは無かった。

その黒髪の魔女はメイド長に案内されゆっくりと館に入っていった。


「あれが魔女かぁ…」

「めちゃくちゃ美人だったよな」


口々に言ってる中、1番の興奮を見せたのはラニであった。


「ねぇ見たシュラ⁉︎やばいよあれが本物の魔女なんだ!あー話しかけたい!」

「やめとけってお前じゃ無理だって」

「なんだとー!」


2人の言い合いには参加せずシュラは館へと戻っていた。

顔も髪もルミーネではなかった。しかし、あの帽子も杖もルミーネの家で見たものだった。

その事に少し不安を覚えつつも、夜の作業に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る