第6話


シュラは手紙を眺めながら、帰り道の森を歩いていた。

その顔には素直な喜びの顔はない。


「うーん…」


ルミーネのあの怪我を見てから、自分は本当に居なくなっていいのかと考え始めていた。

シュラ自身、自分が居たからといって何か出来るわけではない。だが…


そんな考え事をしてるシュラの横で草むらが揺れた。

シュラは手紙をしまい、素早く戦闘態勢を取る。


この森の魔物は基本的に脅威度は高くない。

そしてシュラの腕はルミーネのやらかしの後始末をしていくうちに自分でも気づいていないほど高くなっている。


草むらから出てきたのは小さな木の人形だった。

顔は無く、どこか歪な骨格をした人形は手足を自在に動かし、シュラの横を走り抜けていく。


「なんだあれ…いやなんだあれじゃないよな…あの人形は…」


あの人形は以前ルミーネが食堂で触っていたやつだ。

どう見てもルミーネの仕業だとシュラは確信し、急いで家へと走り出そうとした。

すると、前に木の人形が手を繋いで歩いているではないか

シュラは両手で頭を抱える。


「あの人形は一体だけだったはずだろ!なんで増えてるんだ!」


素早く走り出し、2体の人形を後ろから鷲掴みにする。

暴れ始めるのを脇で挟み込み、押さえつけながら家へと戻っていった。



「ルミーネ!なんだよこれ!」

「あっ、シュラありがと〜。捕まえてくれたんだ〜」


いつもののんびりした口調でルミーネだったが、手では一体の木の人形をしっかりと押さえつけていた。


「ちょっと元気になったし〜、木の人形動かして遊ぼうと思ったら動いたのは良いけど増えちゃって〜」

「大人しくしててくれよ…」

「魔法の腕は1日でもサボると落ちるものだよ〜シュラくん〜」


シュラは脇に挟んでいる人形を床に押さえつける。


「ルミーネ、とりあえずこの人形に洗濯魔法をかけてくれ」

「え?なんで?」

「お前の洗濯魔法はスライムにする魔法だろ。それで大人しくさせる」

「なるほど〜」


ルミーネは指を木の人形に向け、洗濯魔法をかける。

見事に魔法はスライムにする魔法になり、木の人形の姿をスライムに変える。

ついでのようにシュラの服も巻き込まれてスライムになる。


「お〜見ないうちに鍛えられてるね〜」


シュラは無言で立ち上がり、風呂場へ向かっていった。




◆◇◇◇




「それで外に逃げた木の人形はどんだけいるんだ?」


風呂から上がったシュラは服を着てタオルで髪を拭きながらルミーネに訊ねる。


「ん〜しっかりとは分からないけど30体ぐらいかな〜」

「じゃあすぐに集めに行くぞ」

「…は〜い」


めんどくさいという言葉はシュラの有無を言わさぬ表情で押し戻されルミーネは大人しく従った。


木の人形はその大きさからか森から離れてはおらず、割とあっさりと30体を見つけることができた。

それでも終わる頃には辺りは真っ暗になっていた。


「本当いい加減にしてくれよ」

「ごめんなさ〜い」


反省してるのかしてないのか分からないのんびりした謝罪を聞きながら家へ入る。


「ま、その面倒事もそろそろ終わりだな」

「え?」

「実はな、貴族から自分の元で下積みをしないかって誘いがあったんだよ」


シュラはズボンに入れていた手紙を取り出そうとする。

しかしない。

どこに置いたか思い出そうとして思考を巡らせる。


「そうか着替えたんだった」


着替え前の服はどこにやったか。そうかスライムになったんだ。

じゃあ手紙は?


「あっ…」

「シュラ?」


シュラの視界は徐々に暗くなり倒れていった。



目が覚めるとシュラはルミーネの膝の上で寝ていた。


「シュラ大丈夫か?」

「……大丈夫じゃない。あー手紙がスライムに…」


その言葉でルミーネもようやく理解したようで表情に焦りが見え始める。


「えっ…あっ…シュラ…ごめん」

「…今日はもう寝る…」


シュラはゆっくりと起き上がり、階段を上がっていく。

その様子をルミーネはただ見ていることしか出来なかった。


シュラは部屋に入り、ベッドに倒れ込む。

手紙を失ってしまい機会を逃してしまったという後悔。ルミーネへの怒り。それでもこの生活が変わらないという安心感。感情がぐちゃぐちゃになったシュラはそのまま眠りについた。




◆◇◇◇




ルミーネは朝早くからカルア食堂にやってきていた。


「手紙がスライムになって消えた?」

「そう…です。カ、カルアなんとかならない?私、あの子のチャンスを潰しちゃった」


涙目になって縋ってくるルミーネの肩に手を置きながら落ち着かせる。


「なんだいそんなことかい。ならうちが書いてやるさ。それを持っていけば問題ないはずだよ」

「ほ、本当?」


カルアが頷くとルミーネの表情は少し明るくなった。


「よ、良かった。本当に良かった」

「あっはっはっ!明日にはシュラに渡すよ…おっと話をしてたら来たよ」


カルア食堂の入り口ではシュラが立っており、膝をついているルミーネを不思議そうな表情で眺めていた。


「朝起きたら居なかったからさ。何してんの?」

「シュラ〜ごめん〜!」


ルミーネは四つん這いでシュラの方へ這い寄り脚に抱きつく。

その様子を見ながらカルアは事情を話す。


「昨日の手紙をスライムに変えたことに罪悪感感じたみたいで私にどうならないか頼んできたんだよ」

「カルアが手紙を書いてくれるって〜!ごめんシュラ〜!」

「わ、分かったから。ありがとうカルアさん」

「明日には渡せると思うから。今日は働いていくかい?」

「うん。ほらルミーネ足離せって」

「ごめんシュラ〜」

「分かったから。もう許した。だから足離せって」


その日ルミーネは語尾に『ごめんシュラ〜』の謝罪をつけながら過ごしていたという。

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