第5話
ルミーネはご飯の匂いで目を覚ます。
ふらふらと立ち上がり、食卓へ座る。
「うお〜飯だ〜」
「2日前から食べてないだろ?しっかり食べろよ」
「あれ?シュラ、仕事は?」
「あんな状況で行けるわけないだろ。後でしばらく休むって言いにはいくけど」
「え〜大丈夫なのに〜」
次々とサンドイッチを口に入れていき、果実酒を飲む。
「元気〜元気〜」
「今いつもみたいなポンコツやらかしたらただじゃ済まないだろ」
一通り料理を作ったシュラも食卓に座り食べ始める。
「料理も美味しいし、作るスピードも上がってるしどんどん成長するねシュラは」
「魔法と違って料理の師匠は教えてくれるからな」
「もう〜せっかく褒めたのに〜」
「…で、なんであんな傷を負ったんだ?」
シュラの質問にルミーネはサンドイッチを咥えたままシュラの方を向く。
そのまま咀嚼を3度だけして飲み込む。
「ちょっと仲悪い魔女にあってね会ってね喧嘩しただけだよ」
ルミーネは他の魔女に会ったことを正直に話す。
魔女と言われてしまえば、シュラもこれ以上深くは突っ込めない。
残り一口のサンドイッチを口に放り込み席を立つ。
「そっか、じゃあもう喧嘩するなよ」
「それは大丈夫〜向こうはもう諦めたからね〜」
食器を洗い終わり、片付けていると、ルミーネがずるずると足を滑らせながら近寄ってくる音が背後から聞こえた。
「シュラ〜寝かしつけてくれ〜」
「…赤ん坊とは真逆の年齢のくせに─」
そこまで言って背後からまるで巨人がいるのかというぐらいの圧を感じ、閉口する。ルミーネは何事も無かったかのように言葉を続ける。
「麓の街へ行くんだろ〜その間寝ときたいんだ〜」
「1人で寝たらいいだろ」
「冷たい〜あんな大怪我した経験したら当分1人じゃ寝れない〜」
とうとうルミーネの腕はシュラの肩に乗る。
シュラもあんな怪我を見た後では「肩までしっかり腕が上がってるじゃないか」などは言えない。
「分かったよ、もう少し待っとけ」
「わーい、ありがとうお母さん」
「誰がお母さんだ」
魔女の親は居るのか、そもそも何百年前だなど余計な事を考えつつ、片付けを終えてルミーネの居る布団へ向かった。
ルミーネはすでに布団を被っており、手で横へ案内している。
シュラはめんどそうに横に座る。
「前みたいに手を握ればいいか?」
「それよりも〜」
ルミーネはシュラの手を思い切り引っ張る。
思わず抵抗するが、魔女の力はその辺の一般人と比べれば、桁違いに強いわけでシュラはあっという間に力負けをし、そのまま抱き寄せられる。
「っな⁉︎お前…」
「は〜やっぱりこうすると落ち着くな〜」
胸の中でシュラがふがふがと何かを訴えているが、そんなものは耳に入らず。
暖かい体温に包まれていく感覚を覚えながらルミーネは微睡の中へ潜っていった。
シュラはもがいていた。抱擁とは似ても似つかぬ、まるで抱き枕をきつく抱いたかのような力の強さ。
気心の知れた者からの抱擁だというのに全く嬉しくない。それどころか目の前には死神さえ見える。
最初は怪我人であり、寝ているからなるべく優しく腕を剥がそうなどと考えていた自分が甘かったと反省しながら、ルミーネの腕をフルパワーで引き剥がす。
結局1時間ほど格闘し、汗だくになりながらもなんとか脱出に成功する。
「はぁはぁ、骨折れてないよな?」
背中をさすりながら、立ち上がりる。
ルミーネを見ると自分自身に抱きついて、眠っていた。
シュラはそれを見て、呆れたようなため息を吐き、カルア食堂に向かうため、外へ向かった。
◆◇◇◇
「ルミーネが大怪我⁉︎大丈夫なの?」
昼も過ぎた頃にやってきたシュラに聞かされたのは驚くべきことだった。
カルアは冒険者はやったことはないし、魔法も剣術も得意ではない。
しかし、この食堂で様々な冒険者を見ていくうちに、なんとなく強い冒険者、弱い冒険者が分かるようになっていた。
そんな見る目を鍛えた意味などあっただろうかと思うくらいルミーネの魔術師としての実力は見るだけで分かった。
彼女がかの伝説の魔女だと突然明かされてもカルアは驚かない自信があった。
そのルミーネが大怪我をした。一体どんな状況なのだと聞くと、シュラは言い淀みつつも傷自体は塞がっていると聞き、少し落ち着く。
「お見舞いにでも行こうか?」
「え?いやいや大丈夫。しばらくしたらまた連れてくるよ」
「そうなの…?」
流石にカルアのあの家に連れていき、ルミーネが魔女だとバレるわけにはいかないと考えたシュラは慌ててその申し出を断る。
少し不服そうなカルアだったが、何かを思い出したように手を叩く。
「そうだ!こんな時にだけどシュラに渡したい物があるんだった!」
「渡したい物?」
今日の朝届いた物なんだけどねと言いカウンターに座ったままシュラに1通の手紙を渡す。
裏を見るとなんと封蝋がされてある。
しかし受取人のにはシュラと書かれている。
少し息が深くなりつつもカルアが「開けてみな」と急かすので、丁寧にに剥がして開く。
差出人はウィーゲルという貴族だった。
内容は、カルアから非凡な才能を持つシュラという若手の料理人が居るというのを聞いたこと。
もしそれが本当ならば、今仕えている料理長の元で修行を受ける機会を与えようと考えていること。
そんなことが書いてあった。
シュラが一言目に発したのは、
「非凡な才能って?」
という疑問だった。
カルアは軽く笑いながら、シュラの腕を指差す。
「そりゃもちろんあんたの料理の腕のことさ。一度教えた事は完璧にこなし料理も美味しい。こんな田舎で燻ってる人材じゃないよ」
悪い笑みを浮かべるカルアにシュラは苦笑を返す。
「まぁそんな急ぐ必要はないみたいだし、ルミーネの怪我が治るまで考えておくといいさ」
そろそろ店を再開する時間だ。カルアは腕を伸ばし、席から立つ
「一つ聞きたいんだけど、なんでこんな貴族とやりとり出来るの?」
この麓の街は郊外であり田舎だ。そんな街にある食堂の店主と地位も権力も金もある貴族。
こんな2人が連絡など取り合うことなど難しいだろう。
だが、その疑問をカルアが一言で返す。
「昔、その人の所で料理長やってたから」
それだけを言って再び悪い笑みを浮かべ厨房に入っていった。
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