第3話


その日からシュラは朝ごはんと洗濯だけ済まし、麓の街まで降りていくようになった。

ルミーネが起きる頃には、すでにシュラはいなく、置かれている朝ごはんを食べ、その後はふらふらと麓の街へ降り、シュラの監視と昼飯の確保を両立するためにカルア食堂に居座った。


「今日シュラシェフは何を作るんだ〜?」

「オムライスだけど」

「わ〜いオムライス大好き〜じゃあそれで〜」

「…へいへい」


シュラは紙に注文を書き、厨房に戻っていく。

カルアは食材を炒めながら苦笑する。


「相変わらずシュラが作ったのを頼んでくねルミーネは」

「なんか普段と変わらないんだよなぁ」

「それだけ大事に思ってくれてるんじゃないの?」

「どうせ召使いが居なくならないか見張ってるんですよ。まぁここでしっかりと腕を上げたら次は王国の方に出向く予定です」

「そんなにルミーネから逃げたいのかい?」


カルアの言葉にシュラの動きが思わず止まる。

しかしそれはほんの少しで、すぐに料理に集中する。


「まぁ…ほぼ毎日迷惑かけられてるから…ちょっとした反撃さ」


炒めてる音でカルアに聞こえたかどうかは分からないが、それ以降は客の多さも相まってその話題は出なかった。


仕事が終わり、片付けを終えた頃にはすでにルミーネが席に座っていた。

どこかで買って来たのか木の人形を眺めている。


「ふー今日も多かったねぇ。やっぱりあの話は本当みたいだね」

「あの話?」

「おや聞いてなかったかい?この辺りに魔物たちが群れをなして暴れているらしいんだよ」


それを聞いたルミーネが木の人形から目を離す。


「カルア、その魔物ってどんなやつ?」

「いやうちには分からんよ。知りたいなら…どこ行けば良いんやろね?隣街のギルドとか?」

「そっか〜…」


その時のルミーネの少し暗くなった表情が気になったシュラは、帰り道で何気なく尋ねてみた。


「なぁさっき言ってた魔物が気になるのか?」

「ん〜?ちょっとね〜…」


その後も珍しく沈黙の多かったルミーネだったが、シュラが湯船にゆったりと浸かってる時、ドタドタと音を立てながらやってきた。


「シュラ!明日ギルド行ってくる!」

「…それ今言わないといけないか?」

「あ、ごめん…あはは…」


ルミーネは恥ずかしそうに頭を掻きながら戻っていった。

湯船から上がるとルミーネはリビングに布団を引きはじめていた。横には巨大なリュックが置いてある。


「何してんの?」

「え?ああ…明日は朝一出ようと思うから、シュラに起こしてもらおうと…」


そう言いつつ、ルミーネはもう一つ布団を引き始める。


「俺はそこで寝ないぞ」

「たまには良いじゃん〜。来た時は一緒に寝てたでしょ〜」

「子供の時だろ…」

「今でも子供だって〜…ねぇいいでしょ?お願い」


ルミーネの表情がまた暗くなった。

それに気づいたシュラはため息を吐く。


「分かったよ」

「やった〜!」


夜も更け、普段と違い明らかに様子がおかしいルミーネを怪しく思いつつもシュラは大人しく布団に入った。




◆◇◇◇




怪鳥の羽ばたく音でシュラは目を覚ます。


「うーん…おいルミーネ…」


シュラはルミーネの寝顔を見て思わず息を呑む。

普段のふざけた格好にふざけた行動。それらがないルミーネはこんなに美人に見えるのかと。


「黙っていれば美人とはこのことか…起きろルミーネ!朝だぞ!」


ルミーネの前で手をパンパンと叩き起こす。


「んー…もう朝…はっ!」


ルミーネはがばっと起き上がり、寝巻きの上からローブを羽織り始める。

外では怪鳥が窓をごんごんと叩く。


「おい、朝ごはんは?」

「大丈夫。あの子に乗せてもらわないと〜」


いそいそとリュックを背負い、杖を持つルミーネに、シュラは作り置きのサンドイッチを渡す。


「じゃあ飛んでる途中に食べとけよ」

「あっ…ありがと〜さすがシュラシェフ〜」

「1人で大丈夫か?俺もついて─」

「それはダメ!」


きっぱりと真剣な表情で言うルミーネに驚くシュラ。


「本当は今日は家でゆっくりしてて欲しいけど…夜までカルア食堂から出たらダメだからね」

「わ、分かった…」


シュラの了承に満足げに頷いたルミーネは急いでドアへ向かう。


「じゃあいってきます〜!」


外に出たルミーネは怪鳥と何やら言葉を交わし、背中に乗って飛び立って行った。


「そういえばこうやって見送るの初めてだな…」


ぼうっとしていたシュラはもうすぐカルア食堂の開店時間になると気づき、急いで朝食をとって、麓の街へ出発した。




◆◇◇◇




隣街の近くでルミーネは鳥に降ろしてもらう。


「お前は巨大すぎるからここまでだね。また帰り道も頼むよ〜」


ルミーネの言葉に鳴き声で返事をした怪鳥は一つの羽ばたきで天高く上がって行った。

隣街の状況をルミーネは悲惨になっているのではないかと考えていた。

しかしルミーネの考えと違い隣街は沢山の冒険者で活気に溢れていた。


「おい、隣の麓の街に美味しい食堂があるらしいぜ!」

「行ってみるか、それにしてもまだまだこの戦いは長引きそうだ」


ルミーネとすれ違う冒険者たちがそんな会話をしながら隣街の門から出ていく。


「私の思い過ごしだったかな〜」


そんな風に思いながらルミーネはギルドの依頼内容を覗きに向かった。


「──今回の魔物の群れで確認されている魔物はこんな所ですね」

「…どうもありがとう」

「いつでもどうぞー!次の方ー!」


受付嬢にお礼を言い、カウンターから少し離れる。


「どれも下級魔物ばかり…やっぱり思い過ごしかな〜」


そんな言葉も喧騒に消えゆく中、その喧騒を全て掻き消すかのようにギルドの扉が開いた。


「ド、ドラゴンが出た!空飛ぶドラゴンが出たんだ!が、骸骨が乗っていて…」


その冒険者はボロボロになりながらも精一杯の声量でそう叫んだ。

『ドラゴン』その言葉だけでギルドの冒険者はパニックになる。

それもそのはずでここにいる殆どの冒険者のレベルは低く、ドラゴンといった上級の魔物とは戦ったことがない。


「み、皆さん落ち着いて!」


受付嬢や何名かの冒険者はパニックを収めようとする中、ルミーネはすでにギルドから出て走り出していた。

途中で邪魔になり、大きなリュックを投げ出し、杖を持つ。


「鳥ちゃん!」


大きくはないその声に上空にいた怪鳥は反応して、ルミーネの前に降り立つ。

街からそんなに離れていないので見られているかもしれないが、ルミーネはそんな場合ではないと急いで背に乗り、急かす。


「飛んで!」


その一言で怪鳥は再び飛び上がった。

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