第3話 性欲克服訓練
性欲、と戻坂は即物的に言い捨てたが、それを『恋愛』と言い換えた場合、俺には経験もなければ意見もない。
ただ、怖さだけがある。
いつか俺に恋人というものができた時、俺はその誰かに対してどこまで責任を果たせるだろうか。
たった1人の『特別』であるその誰かに、俺は特別たる扱いをできるのか。
特別たる感情を向けられるのか。
こんなことを考えるのは、きっと恋人ができてからでいいんだろう。取らぬ狸の皮算用もいいところだ。
童貞のうちだけ悩まされる、未知なるものへの恐怖。
だったら、そう、確かに――未経験でなくなってしまえばいい というのは、一つの答えなのだ。
そしてその相手として、戻坂美遠という女子はこれ以上ないくらいに都合がいい。
友達がおらず、俺たちの間の出来事が他に漏れることもなく。
もともと赤の他人で、壊れるのを惜しむような関係性もなく。
互いに目的を理解し、事が済めば後腐れなく離れることができる。
俺の何倍ものスピードで、戻坂はそれに気がついたということか。
これだから、天才の考えることはわからない――
「……彼氏さん、よく見てください……」
日を改めて、2日後。
放課後の埃臭い元天文部の部室で、戻坂は熱っぽい吐息を漏らしながら、自らのスカートをたくし上げた。
裾から顔を覗かせたのは薄いピンク色のパンツだった。
ショーツというのが正しいのか? わからない。
わかるのは、その薄い布切れが戻坂の股間にぴったりと張り付いていて、男とはまったく異なるその輪郭を露わにしているということだ。
花柄のレースがあしらわれた、可愛らしいパンツである。
多分、普段使いのそれとは違う――子供の小遣いで何枚でも買えるような、常備用のパンツではないと思う。
俺に見せるために、戻坂はそれを穿いてきたのだ。
「……ふぅー……」
戻坂はたくし上げたスカートの裾を制服のお腹辺りに押し付け、自分を冷却するように細く長く息を吐いていた。
マスクのないその顔は、普段より明らかに紅潮していて、本当にこの天才少女にも性欲なんてものがあるのか、とどこかで抱いていた疑念を吹き飛ばした。
興奮していた。
当然、俺も。
脳が痺れて、思考が鈍っていく。
今まさに、俺たちは猿以下になっていた。
どういうわけだか始めることになった、性欲を無価値にするための訓練。
きっと本来、それは何の段階も踏まずに最後まで行ってしまうべきだったんだろうが、臆病な俺は二の足を踏み、まず下着姿で慣れるところから、ということにした。
しかしそれでも、見通しが甘かったと言わざるを得ない。
たかがパンツ1枚で、俺の中の欲望はコントロールできないくらいに膨れ上がっていた。
「か……彼氏さん……」
教室では一切の感情を覗かせない戻坂が、懇願するような震え声で言う。
「……上も……」
「お……俺が?」
「手が……離せないので……」
こんなことなら先に上を脱いでおけばよかったのに、そんなこともわからないくらい、この天才もバカになっている。
確かに、克服すべきだ。
知性を最大の武器とする人間にこんなことがあってはならないと、俺も自然と思った。
俺は戻坂がまとっているセーラー服に手をかけて、隠れているファスナーをゆっくり下ろしていく。
開かれた襟の奥から、パンツと同じ薄いピンク色のブラジャーが現れた。
普段はふわふわしたカーディガンを羽織っているからわかりにくいが、戻坂の胸は華奢な体格からすると不自然なくらいに大きかった。
それを支えるブラジャーにも華やかなレースの刺繍が入っていて、彼女の完璧と言えるくらいに綺麗な身体を花のように飾っていた。
ガラス細工みたいに繊細な身体だ、と思った。
こんなものが、俺と同じ体温を持ってるって言うのか? 信じられなかった。
「……はあぁ……はっ……♡」
戻坂はブラジャーに覆われた胸を大きく上下させて、熱っぽい吐息を漏らす。
その密やかな吐息に合わせるように、俺は小さな声で囁いた。
「次は……どうする……?」
「……さ、」
そこで一度、戻坂は唾を飲む。
「触って……もらえますか?」
命令が出た。
それを口実にして、俺は自ら露わにされた戻坂の太ももに指を沿わせた。
「はっ……ぁ……っ!」
戻坂がピクリと震える。
俺はぷにぷにしている戻坂の太ももをつついたり、そっと撫で回したりを繰り返した。
股間に直接触ってみたい衝動をどうにかこらえる。
それをしてしまうと、もう戻れないような気がする。
手を滑らせて、折れそうなほど細い腰に手のひらを添える。
白いお腹の真ん中に開いたへそに親指を添えて、軽く開いてみたりした。俺の指に合わせて形を変えるその小さな穴が、どういうわけだか淫靡なものに見える。
そしてメインディッシュといえる、胸の膨らみに移行した。
硬いブラジャーのカップを指先でなぞり、はみ出している上半分の白い肌に、そっと食い込ませる。
この世のものとは思えないくらい柔らかい。
それでいて弾力があり、こちらが力を込めれば込めるだけ押し返してくる。
たったそれだけなのに、子供の頃に遊んだどんなおもちゃよりも面白くて、俺を虜にした。
ブラジャーが邪魔だ、と思った。
この邪魔な布切れを取り払い、彼女の胸のすべてを露わにしてそれに吸い付いたらどんなに幸せだろう、と思った。
それと同時に――獣のようなその欲望を、恐ろしくも思った。
戻坂の腕が、するりと俺の首に巻きつく。
「……んっ……」
まるで呼吸を求めるように、戻坂が俺の唇に吸いついた。
その前のめりの移動が、添えていた手に戻坂の胸を押し付ける形になった。硬いブラジャーの感触が返る手のひら。しかし肌に直接触れた指先だけが、ズブズブと彼女の中に沈んでいく……。
俺は気付けば、彼女の胸を揉みしだきながら、そのキスに応えていた。
「はっ……はっ……ふっ、……ぁ……っ」
唇と唇の間から漏れる吐息に、時折痺れが走ったような喘ぎ声が漏れる。
それは、愛情ではなく、情欲を交換するキスだった。
俺の制服の内側に戻坂の冷たい手が滑り込んでくる。
プチプチといくつかのボタンを外しながら、何かを求めるように俺の胸板を撫で回す。
目的のものは見つからなかったのか、それは今度は下側に向かった。
指先がズボンにたどり着くと、「ぁっ」と嬉しそうな声を漏らす。
俺も同じ気持ちでいることに気付いたんだろう。
だがその時、俺の脳内には危険信号が走った。
「――それは」
唇を離し、身体も少しだけ離し、俺は戻坂の瞳に言う。
「やめて……おかないか」
瞳に欲望の光を灯らせたまま、戻坂は言った。
「……どうして……?」
まるでおやつをお預けされた子供だった。
俺は引き千切れそうな理性をどうにかつなぎとめて言葉を紡ぐ。
「欲望を発散……するところまで行くと、多分……逆に、クセになる」
克服するどころか、依存してしまう。
この関係が、この行為がなければ、どうにもならなくなってしまう。
そんな予感があった……。
戻坂は逡巡するように目を彷徨わせると、こくりと頷いた。
「そう……ですね」
名残惜しそうに身を離すと、戻坂は古いテーブルに置いていたスマホを手に取った。
「ではその代わりに……写真を撮らせていただいても?」
「……一応聞くけど、なんで?」
「今夜……使いますので」
俺は無意識に、ゴクリと唾を飲んだ。
服をはだけ、下着を露わにしたあられもない格好で、戻坂はスマホを両手で捧げ持ちながら、上目遣いで言う。
「彼氏さんも……言っていただければ、必要なものを、好きなだけお送りします」
「好きなだけ、って……」
「好きなだけ――好きなように、です」
それはあまりにも魅力的な提案で、いくつもの願望が頭の中を駆け抜けたが、俺は結局、
「……考えとく」
臆病だった。
俺はどうやら、エロ漫画や官能小説の主人公にはなれないらしい。
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