第3話 彼のあだ名はイッサ

「ああ、その人イッサさんだよ」

「え? イッサ? 外国人?」

「いやいや違うって、日本人。 名前は勝又勲(カツマタイサオ)さん」

 台風の日から一週間経過していた。

 あの日、第二体育館で出会った三年サッカー部員とおぼしき男子の事を、同じクラスのサッカー部員である野島健太(ノジマケンタ)に聞いてみた。 野島は声が大きく、何かあるとすぐ大騒ぎするので、正直苦手なタイプ。 でもウチのクラスにサッカー部員は野島一人だからしょうがない。 特徴を伝えようと、野島に “三年生” “身長165センチくらい” “やせ型” “長めのストレートヘア” そして “美形” と言った瞬間ヒットした。 やっぱり “美形” が決め手だよ。 あれだけの男子はなかなか居ないって。

「勝又さん? イッサさんって何?」

「名前が勲だから、イッサってあだ名。 みんなあだ名のイッサで呼んでんだよ。 名前で呼ぶ奴は誰も居ない。 先生までイッサって呼んでるくらいだから」

「へー。 変わってんね。 で、やっぱりサッカー部だったんだ」

「イッサさんサッカー部じゃないよ」

「えっ⁉ 違うの⁉ そんなわけ無いでしょ」

 どんなに記憶を辿っても、サッカーボールをドリブルしてたけど。

 野島によると、金沢市のJクラブチーム “シュターク金沢” のジュニアユースに所属しているらしい。 全員部活に入りましょう、という学校の規則に反するが、イッサさんだけ特例で何部にも所属していないとの事だった。 そして、クラブチームの練習が無い日は、たまに学校で自主練をやったりしているらしい。 私は偶然その自主練を目撃してしまったのか……。

「イッサさん、サッカーめっちゃ上手いよ」

「そりゃあそうでしょ。 Jクラブのジュニアユースだから、プロの卵って事でしょ」

「お前何にも知らねーな。 ジュニアユースに居たって、ほとんどの奴はプロになれねーんだぞ。 でも、そんな中でもイッサさんは、高卒でプロ確実だって言われてる。 今年のU-15クラブユース選手権で、シュタークが初めて決勝まで進んで、イッサさんその立役者だったんだぜ。 大会で五得点して得点ランク二位。 優秀選手にも選ばれたんだよ。 テレビで決勝やってたの見たけど、半端なかった」

 へー凄い。 そんな人がこの学校に居たんだ。 っていうか、あの人はそんな凄い人だったんだ……。 でもそれを自分のことの様にえらそうに喋る野島、あんたは何なの?

「何で? お前イッサさん狙ってんの?」

「えっ! ……あっ……ちっ、違うよ。 ……んなわけ無いじゃん」

 駄目だ、言葉が詰まりまくり。

「めっちゃ動揺してるし」

「ど、動揺して無いし。 堂々としてるし」

 何言ってんだか、私。

「ふーん。 まあそう言う事にしておいてもいいけど」

 何がそう言う事だよ。 くやしー! マウント取ったみたいな態度取りやがって。 だからこいつは嫌だったんだよ。

「体育館で練習しているのを目撃したから、ちょっと気になって聞いてみただけだよ」

「へー」

 駄目だ。 何を言っても野島の目がニヤついている。

「まあイッサさんて、サッカー上手いだけじゃなくてカッコいいし、頭も良いし、狙ってる三年女子も多いみたいだよ。 大変だね」

 何で私がイッサさんを狙っている体で話を進める。 その通りだから余計にムカつく。 でも頭も良いのか。 まあ見た目からして、頭良さそうではあったけどね。 尚更惹かれるじゃん。

「学力テストでも、常に学年で十番以内だって」

 ふへぇー! 私そんな順位取った事無いよ。

「あんた何でそんな事まで知ってんのよ」

「え。 俺、姉貴が三年に居るから」

 何だとー! 軽い衝撃でよろめく私。 口には出せないが、 “まさかお前の姉貴もイッサさんを狙ってんじゃないだろうな!” 心の中で叫んで、野島を睨む。 しかしこいつは侮れない奴かも知れない。 イッサさんのいろんな情報を引き出せそうだ。

「ちなみにイッサさんの連絡先とかって知ってる?」

「知るわけ無いだろ。 それってはっきりとイッサさん狙ってます、って公表したようなもんだぞ」

 あ……、しまった。


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