第4話 努力の対価

 同じ部活に入っていたりしない限り、学年が違う人の事なんて分からないものだ。 ウチの中学にこんな素敵な男子がいたなんて・・・・・・。

 三年生のイッサさんの事が日増しに気になっていき、頭の中を埋め尽くしていた。 見た目は良いし、優しいし、勉強は出来るし、サッカー超上手いし……。 つくづくあの台風の時、何かクサビを打っとけばよかったと悔やむ。 今更あの時の合羽のお礼ですって言って、一か月以上過ぎてんのにクッキーでも作って持ってくか? いや遅すぎだろ。 それにそんなの三年女子に知れたら、袋叩きだよ私。

 しょうがなく、放課後玄関口で待ち伏せし、何気ない素振りでイッサさんを眺めて喜んだりした。 しかし私は基本的に毎日部活が有るから、しょっちゅう待ち伏せ作戦をやっていると、部活の先輩から “来るのが遅い” って怒られちゃう。 それではと再びイッサさんの自主練を狙おうと思っても、学校で練習するのは稀みたい。 台風の日はホントに偶然だった。 きっかけをつかめず、一歩も踏み出すことが出来ないまま、イッサさんは中学を卒業していってしまった。


 桜の季節が近づいてくる。 イッサさんと出会ってから、およそ一年半が経過し、今はちょうど公立高校の受験結果が発表される時期。 私の高校受験結果がもう直ぐ出る。

 私は県内でも上位の進学校である桜高校を受験した。 この高校を受験した理由はいくつかあるが、第一にイッサさんが通っているという事。 やっぱり一番最初にイッサさんが理由に挙がります。 じゃあもしイッサさんが底辺校に通っていたら、お前もその学校に行くのかと問われれば “イッサさんは賢いからそんな学校に行ってるわけ無いでしょ” と答えます。

 そして第二にチャリ通が出来る事。 家から自転車で十五分。 中学と同じくらいだ。 通学にバス代も電車代もいらないなんて素敵。 こんな親孝行は無い。 その他、制服のチェックのスカートが好みだったり、学校へと上る坂の桜並木が綺麗だったり色々。 学校のカリキュラムの良い所は、私には良く分からない。

 でも……でもやっぱり私にしてみれば、イッサさんが通っている学校だったからなのだ。 イッサさんと同じ学校に行って何すんの? と聞かれても、告白も出来ず、もじもじしているだけで、はい卒業、さようならかもしれない。 しかし私はイッサさんがいる同じ学校に通い、同じ空気を吸い、同じ景色を見たかったのだ。 それだけでも……いや、あぁー……、あわよくば、お近づきになりたい。


 三月中旬。

「有った! やったー!」

 掲示された合格者欄の中に自分の受験番号を見つけた。

 今日は合格発表の日。 結果を見るために桜高校にやって来ている。 念願の桜高校に合格だ。 頑張って本当によかった。 三週間後から、この桜並木の坂を上って通学するんだ。 うーん、嬉し過ぎるー。

「どうだったの?」

 ん? この声は。 後ろを振り返ると見慣れたおかっぱ頭。 恵だ!

「有ったよー。 やったよー」

「ああ、そう。 良かったじゃん。 また一緒に通えるね」

 めっちゃ冷静な反応だ。

「何? 恵は当然の合格って感じ?」

「まあ、自信はあったけど、良かったって感じかな」

 恵はウチの中学で、学年トップクラスの学力の持ち主だった。 県内トップ校である泉高校も合格圏内だったのだが、家から自転車で通学したいという事で桜高校を選んだそうだ。 私はイッサさん目的、恵はチャリ通目的。 目的は違えどそれは良いのだ。 賢い親友が同じ高校に進学してくれて、心強いし嬉しい。 恵と喜びを分かち合って別れた。


 家に帰り着いても喜びでふわふわしている。 今夜はお祝いだ。 でも私の合格だけではなく、お母さんのお祝いでもある。 そろそろ術後五年が近づいているのだ。

 他の色々なガンと違って、乳がんは進行が遅いらしく、五年以上経過した後でも再発する可能性があるみたいで油断は出来ないのだが、それでもガンの治療後の五年経過というのは一つの目安。 もう直ぐその目安を乗り切るという事は嬉しい。 お父さんもいつになく早く帰ってきて、家族みんなで祝った。

 この五年間を振り返ってみると、最初の一年くらいはお母さんの病気の不安に加えて、新しい学校でのストレスでいつも心が疲れ果てていた気がする。 転校先でいじめにあった訳では無いのだが、こっちの街の子と、田舎者の自分の感覚が違っていて、話しが噛み合わずに会話が盛り上がらない事が多かった。 転校直後は、私への物珍しさで話しかけてくる子は何人もいたが、話しが上手く噛み合わない事が続くと白けてしまい、徐々にクラスでの会話も減っていった。 志賀町の小学校に居た頃は、子どもの数が少なかったから、保育園から一緒だった子ばかりで、気心も知れて全員の子と何の気兼ねも無しに遊んでいたのに……。

 その頃の私は、明らかに引っ込み思案だったと思う。 自己肯定感が低く、常に自分は田舎者だと意識してしまい、周りの子たちから劣っている様に感じていた。 家ではそんな学校の様子をお母さんに知られるわけにはいかないから、常に気を張っていて、ますます心が疲弊した。 学校どう? と尋ねられれば、実際の様子を話すわけにもいかず、出来てもいない友達が出来た様なフリをしたり、友達でもないクラス女子の聞きかじりの話をしてみたりした。 でもそんな事をすればするほど心が擦り減り、自分の駄目さ加減に自分が嫌になっていった。

 そんな自分が少しづつ以前の自分を取り戻すことが出来たのは、間違いなく中学に入って、恵と出会ったからだ。

 たとえ先生であろうが誰であろうが、正しいものは正しい、間違っているものは間違っていると、はっきり言う彼女は、小学生の時に周りから少し煙たがられた様だが、その性格が私とぴったりはまった気がする。 恵の筋の通った言葉で背中を押される度に強くなり、今の私は周りから多少軽口をたたかれるくらいでは動揺しない程度に復活できた。 恵には本当に感謝している。

 そして今回の桜高校合格だ。 こんな自分でも県内上位の進学校に合格できたというのは本当に嬉しい。 私だってやれば出来るんだよ。 この学校を目指すきっかけを与えてくれたイッサさんに感謝だ。 ありがとうございます。 そして恵と共に高校生生活を楽しむんだ。


 入学式は桜が満開だった。 桜高校の名の通り、リアルに桜の花びらが舞い落ちてくる坂を上って、軽い感動を覚えた。 これから始まる高校生生活はきっと素敵になる。 そうとしか感じられない。

 正面玄関の前に張り出されていた名簿を見ると、私は一組、恵も一組だった。 やった。 靴を履き替え教室に向かった。 教室の中に入ると見慣れたおかっぱ頭が見える。

「恵ー!」

「おぉー、弥生ー!」

 嬉しい。 少し緊張していたが、この頭を見ると落ち着く。 思わず恵の頭をなでなで。

「おはよ」

 ん? 聞き覚えのある声。 声の方を見ると、似合わないブレザーに身を包んだ野島健太が居る。

「えぇ! あんたも桜だったの?」

「駄目なのかよ」

 ちょっとショック。 バカだと思っていたから。

「まさか一組ってことは無いよね?」

「一組に決まってるだろ。 何で違う組の教室に入って来るよ」

 ガーン。 まあしょうがない。 同じ組になったからと言って、多少騒がしいだけで特に何も問題は無いだろう。 同じ中学から入学した者を、なるべく同じ組に入れようという学校側の方針かもしれない。 健太は情報を集めるのが上手いから、せいぜいイッサさん情報を集めてもらうことにしよう。

 中学時代の友人やその他に囲まれて、私の高校生生活は特に問題なく開始された。

でも慣れてきたら欲しくなるんだよね、刺激が、恋が、イッサさんが。

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