第15話 ハンバーグという名の燃料費

 現代の探索者にとって、ダンジョン攻略と同じくらい重要なのが「栄養補給」だ。

 特に、金欠の俺たちにとって、安くて美味い日本の外食チェーンは命綱と言っていい。


「……あの、本当にいいんですか? こんなに……」


 駅前のファミレス『ガストリア』。

 ボックス席の向かい側で、ノエルが恐縮しながらメニュー表を握りしめている。

 その視線は「チーズINハンバーグセット」と「山盛りポテト」に釘付けだ。


「いいよ、好きなだけ頼んでくれ。今日は歓迎会も兼ねてるからさ」


 俺はドリンクバーのコーヒーを置きながら、笑顔で促した。


「い、いただきます……!」


 注文が届くと、ノエルは目を輝かせてハンバーグにナイフを入れた。

 一口食べた瞬間、彼女の表情がとろけるように緩む。


「んぅ……っ! おいしい……!」


 ほっぺたを膨らませて咀嚼する姿は、小動物(リス)そのものだ。

 普段はフードで隠れているが、こうして見ると年相応の少女にしか見えない。

 というか、食べるペースが早い。あっという間にライスが消えていく。


「……すごいな、見てて気持ちいいくらいの食べっぷりだ」

「あ、すみません……! その、私、お腹が空きやすくて……。前のパーティでは『食費がかさむ』って怒られてて……」


 ノエルが慌ててフォークを置こうとする。

 俺は苦笑して、タッチパネルを操作し「ライス大盛り」を追加注文した。


「謝ることないって。タンクは大柄な人が多いけど、君はその小さな体で大きな盾を持つんだ。それだけエネルギーを使うのは当たり前だろ?」


 俺は届いた大盛りライスを彼女の前に置いた。


「俺は魔法使いだから後ろに立つけど、前衛がスタミナ切れになったら一番怖いんだ。だから、遠慮せず満タンにしておいてくれると、俺も安心できる」

「……っ、はい! ありがとうございます……!」


 ノエルはパァッと顔を輝かせ、嬉しそうに再びハンバーグに向き合った。

 その様子を横で見ていた雫が、少し驚いたようにコーヒーを啜る。


「カナタにしては気前がいいじゃない」

「そうか? これから命を預ける相棒だぞ。これくらい当然だろ」


 俺は素直に答えた。

 打算がないわけじゃないが、それ以上に、不遇な扱いを受けてきた彼女には、まず「ここは安心できる場所だ」と思ってほしかった。


「さて、ノエル。食べながらでいいから聞いてくれ。明日の配信プランだ」


 俺はスマホを取り出し、D-Liveのアプリ画面を見せた。


「明日はノエルの『お披露目配信』をやる。場所は地下2階層、コボルトエリアだ」

「は、はい。……でも、私の戦い方、本当に地味ですよ? 今の視聴者さんは派手なのが好きだって……」

「大丈夫。そこは俺がちゃんと盛り上げるから」


 俺は彼女の不安を解くように言った。


「派手な魔法は俺が撃つ。ノエルはただ、俺の前に立って『絶対に動かない』という凄みを見せてくれればいい。――俺にはわかるよ。君の盾の使い方は、ちゃんと評価されるべき職人芸だ」


 俺の言葉に、ノエルは少しだけ自信なさげに、でも力強く頷いた。


「わかりました。……私、絶対に動きません。カナタさんが魔法を撃ち終わるまで、一歩も引きませんから」

「ああ、頼りにしてる」


 ◇


 翌日。

 俺たちは再びダンジョンに潜っていた。

 配信開始の合図と共に、ドローンカメラが起動する。


「よう皆! 待たせたな! 今日も元気に稼いでいくぜ! ……今日は頼れる『新メンバー』を紹介する!」


 俺がカメラを振ると、ノエルが緊張した面持ちで直立不動で立っていた。

 自分の身長ほどある大盾を背負い、フードを目深に被っている。


「……あ、あの……ノエル、です……。タンク、やります……」


 声が小さい。そして噛んだ。

 だが、その不器用さが逆にコメント欄を刺激したらしい。


《新メンバー!?》

《女の子じゃん!》

《え、そのデカい盾どうなってんだ》

《ちっちゃ! 大丈夫かこれ》

《声ちっさw でも可愛い》

《おどおどしてるけど装備の使い込み具合がヤバいぞ》


 反応は上々だ。

 特に、彼女がフードを少し直した瞬間にチラリと見えた豊満な曲線(プロテクターの上からでもわかる)に、一部の視聴者が即座に反応した。


《おい待て、今なんか凄いものが見えたぞ》

《ロリ巨乳タンクだと……!?》

《そのデカい盾は何かを隠すためのものだったのか……》

《カナタ、お前どこでスカウトしてきた! 有能すぎるだろ!》


 コメントの流れが速くなる。同接数が一気に2,000人を超えた。

 やはり「新キャラ」の加入は注目度が高い。


『カナタ、敵が来るわ。お披露目には丁度いい相手よ』


 インカムから雫の声。

 前方から現れたのは、俺を苦しめた弓持ちの『コボルト・アーチャー』の集団だ。


「よし、実戦テストだ。ノエル、頼めるか?」

「はいっ!」


 ノエルが前に出る。

 同時に、コボルトたちが矢を放った。

 ヒュンヒュンと風を切る矢。以前の俺なら、金を払ってシールドを張るか、必死に回避していた場面だ。


 だが、ノエルは動かない。

 大盾を地面に突き立て、重心を低くする。


「……ふぅーっ……」


 彼女の雰囲気が変わった。

 おどおどしていた少女が消え、鉄壁の城塞が出現する。


 カンッ、カカカンッ!!


 矢が盾に当たり、小気味よい音を立てて弾かれた。

 ノエルは微動だにしない。衝撃を体幹だけで殺しきっている。


 ノエル自身が一番驚いていた。

 火力での殲滅ではなく、パーティーとして敵の攻撃を正面から受け止めていいという状況が新鮮なのだ。


《えっ、硬っ》

《あの大盾、伊達じゃないな》

《微動だにしねえ……体幹どうなってんだ》

《これだよ! こういうドッシリしたタンクが見たかったんだよ!》


 俺は目を見開いた。

 すげぇ。

 本当に一歩も下がらないし、俺の方には矢一本飛んでこない。

 これが、本職のタンクか……!


「ナイスガードだ、ノエル! めちゃくちゃ助かる!」


 俺は心からの称賛を叫んだ。

 財布(MP)が減らない感動も大きいが、何よりこの安心感が素晴らしい。


「さあ、君たちが無駄撃ちしてる間に、こっちの準備は完了だ!」


 俺はノエルの背中越しに杖を構えた。

 回避行動も、防御魔法もいらない。

 ただ狙って、撃つだけ。


「消し飛べ! 《ファイア・ボール》!」


 固定砲台からの正確無比な一撃が、コボルトたちを爆炎の中に沈めた。


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【初見歓迎】俺のステータス同接増えたら上がった【スパチャで助けて】〜配信特化の固有スキルに覚醒したので命がけでバズります~ ダルい @dull20190711

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