第14話 時代遅れの重戦士と、街角のスカウト

 現代のダンジョン攻略において、トレンドは「速度」だ。

 火力で敵を瞬殺し、被弾する前に次へ進む。

 「防御」なんていう後ろ向きなステータスは軽視され、回避と火力が正義とされる時代。


 だからこそ、俺の求める人材はどこにもいなかった。


「……はぁ。どいつもこいつも『火力募集』『高速周回』ばっかりだな」


 装備を新調した後、俺は街の大通りを歩きながらボヤいた。

 隣を歩く雫が、スマホで探索者用の掲示板をスクロールしている。


「仕方ないわよ。今の主流は『安全マージンを取った高速狩り』だもの。わざわざ敵の攻撃を受け止めるタンクなんて、タイムロスの象徴扱いよ」

「そのタイムロスをしてくれないと、俺(固定砲台)が死ぬんだよ……」


 需要と供給のミスマッチ。

 俺が欲しいのは、流行りの回避盾でもアタッカーでもない。

 泥臭く、地味で、頑丈な壁だ。


「今日はもう帰るか。明日また、朝イチで募集をかけてみよう」


 諦めて帰路につこうとした、その時だった。

 路地裏に近い自販機の前で、数人の男たちが一人の少女を取り囲んでいるのが見えた。


「ねえねえ、君さァ。探索者でしょ? そのデカい荷物、装備だよね?」

「俺らBランクパーティなんだけどさ、今度荷物持ち探してて~」

「いい体してんね。今夜空いてる?」


 チンピラのような男たちが、ニヤニヤしながら少女に迫っている。

 囲まれているのは、パーカーを目深に被った小柄な少女だ。

 身長は150センチあるかないか。

 だが、怯えて縮こまった姿勢のせいで、パーカーの上からでもわかる豊かな胸の膨らみが強調されてしまっている。


「あ……ぅ、あの……わたし、急いで……」


 少女は消え入りそうな声で拒絶しようとしているが、男たちは聞く耳を持たない。

 一人が少女の肩に手を伸ばした。


「いいじゃん、連絡先交換するだけだって!」

「ひっ……!」


 少女がビクッと体を強張らせる。

 ……胸糞悪い。

 俺は舌打ちをして、足を踏み出した。


「おい。嫌がってんだろ、離れろよ」


 俺が割って入ると、男たちは不機嫌そうに振り返った。


「あ? なんだお前。……っ、お前あれだろ、最近動画で有名なFランクの……」

「『特攻野郎』かよ。へっ、Fランク風情がヒーロー気取りか?」


 俺の顔は割れているらしい。

 男たちは嘲笑を浮かべたが、俺は無視して少女の前に立った。


「協会の規定じゃ、探索者同士の市街地でのトラブルは重罪だぞ。今すぐ消えるなら通報はしないでおいてやる」

「チッ……シラけさせやがって。行くぞ」


 男たちは俺の後ろに控える雫(スマホで通報画面を見せつけている)に気づき、捨て台詞を吐いて去っていった。


 静寂が戻る。

 俺は振り返り、震えている少女に声をかけた。


「大丈夫か? 怪我は……」


 そこで、俺は違和感に気づいた。

 小柄な少女。華奢に見える手足。

 しかし、重心が地面に根を張ったように安定している。

 ただ怯えていたんじゃない。

 「いつでも衝撃を受け止められる」体勢を、無意識に取っていたんだ。


「あ、あの……助けていただいて、ありがとうございます……」


 少女がフードを少し上げ、ペコリと頭を下げた。

 大きな瞳が不安げに揺れている。

 可愛い。小動物みたいだ。

 だが、俺の目は彼女の「手」に釘付けだった。

 指先は綺麗だが、掌には分厚いマメができている。それも、剣や槍じゃない。

 何か重いものを、ずっと握り続けてきた「盾士」の手だ。


「なあ。君、探索者だよな?」

「は、はい……。一応、Eランクの……」

「ロール(役割)は?」


 少女は少し躊躇ってから、恥ずかしそうに俯いた。


「……タンク、です。……でも、需要がない重装型なので、パーティに入れてもらえなくて……」


 ビンゴだ。

 俺は思わずニヤリと笑ってしまった。

 流行らない? 時代遅れ? 俺に一番必要な人材じゃないか。


「名前は?」

「え? あ、ノエル……ノエル・ガードナーです」

「ノエルか。いい名前だ」


 俺は彼女に向かって手を差し出した。


「俺はカナタ。魔法使いだ。……単刀直入に言う。俺の盾になってくれないか?」

「え……?」


 ノエルはきょとんと目を丸くした。


「わ、私でいいんですか? 足も遅いし、攻撃もできないし……みんなに『お荷物』って言われて……」

「俺は逃げ回るのが苦手でね。どっしり構えてくれる盾が欲しかったんだ」


 俺の言葉に、ノエルの瞳にわずかに光が宿る。

 

「とりあえず、お試しでどうだ? 明日の配信、俺と組んでダンジョンに潜ってくれ」

「は、はいっ……! 私でよければ、精一杯守ります……!」


 ノエルは俺の手を、両手でぎゅっと握り返してきた。

 その手は小さくて温かいが、岩のように硬い芯の強さを感じさせた。


 こうして俺は手に入れた。

 時代に見放された、しかし俺にとっては唯一無二の「最強の盾」を。


____________________

少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマーク(フォロー)と★評価をお願いします。執筆の励みになります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る