第13話 溶解したブーツと、Fランクの信用スコア
地上に戻った俺は、協会で『暴食のオーク』討伐の報告を済ませ、報奨金の30万円を受け取った。
ずっしりとした封筒の重み。
だが、俺の心は晴れやかではなかった。
「……30万。でかい金だ。でも、ここからが『現実』の時間だ」
協会のロビーで、俺は溜息をついた。
隣にいる雫が、電卓を叩きながら冷徹な声を上げる。
「まずは契約通り、私のマネジメント料をいただくわね。売上の20%で6万円」
「……仕事が早いな」
俺が封筒から6万円を抜いて渡すと、雫は満足そうに財布にしまった。
残りは24万円。ここからが必要経費だ。
「次に、溶解したブーツと防護服の買い替え。これは必須よ。オークの酸に耐えられなかった安物はもう使えない。最低でもCランク相当の耐酸・耐熱装備が必要ね」
「……おいくらで?」
「セットで12万円」
俺は白目を剥きそうになった。
12万。残金の半分が一瞬で消える。
「高すぎるだろ! ブランドもんかよ!」
「命の値段よ。それに、今のあんたは同接バフで身体能力が上がってる。その速度に耐えられる靴じゃないと、踏み込んだ瞬間に底が抜けるわよ?」
ぐうの音も出ない。
「同接」という力を活かすためにも、装備への投資は惜しめないのだ。
「次に、魔力伝導率の高い杖。今の木の枝みたいな杖じゃ、魔法の威力減衰が激しいわ。視聴者も見栄えのいい魔法を求めてる。エンタメとしての投資よ」
「……いくらだ」
「中古の良品を見つけたわ。5万円」
装備費、計17万円。
さらに、ポーションの補充や細々とした消耗品を含めれば、20万円近くが飛ぶ。
「手元に残るのは……約4万円、か」
俺は天井を仰いだ。
4万円。
妹の来月の治療費をプールしておくどころか、今月の生活費すら危うい。ましてや「優秀なタンク」を雇う契約金など、夢のまた夢だ。
「……なぁ、雫。4万で雇えるCランクのタンクなんて、いると思うか?」
「市場価格で言えば、日給5万が相場よ。一日雇ったら赤字ね」
「だよなぁ……」
金(MP)も大事だが、パーティを維持する「固定費」も馬鹿にならない。
やはり、もっと効率よく稼ぐ必要がある。
◇
装備を新調し、身なりを整えた俺たちは、協会併設の酒場兼「パーティ募集所」へ向かった。
ここには、パーティを探しているフリーの探索者たちが集まっている。
俺は掲示板に募集要項を張り出した。
【募集:盾役(タンク)】
・報酬:日給3万円+成果報酬(要相談)
・条件:Cランク以上推奨。魔法使い(俺)を守りきれる耐久力のある方。
・備考:配信活動に理解のある方。
相場より少し安いが、成果報酬をつけることでお茶を濁した。
配信で稼げばボーナスを出す、と言えば食いつく奴もいるだろう。
だが――結果は惨敗だった。
「あ? Fランクの神宮寺?」
「知ってるぞ、最近『特攻配信』やってる奴だろ? 動画見たけど、あんな無茶苦茶な立ち回り、付き合ってられねえよ」
「いつ死ぬかわからん奴の盾なんて御免だね」
声をかけても、誰もが首を横に振る。
俺の知名度は上がっている。登録者も増えている。
だが、肝心の「探索者としての信用」が皆無だった。
金の問題以前に、命を預けるパートナーとして見られていないのだ。
「……クソッ、全滅かよ」
俺はカウンターで安酒(水)を煽りながら悪態をついた。
雫も困ったように眉を下げている。
「チャンネル登録者は増えても、業界内での評価(ランク)はFのまま……。これが現実ね」
「ああ。金も、数字も、信用も、全部繋がってやがる」
金があっても、信用がなければ人は動かない。
人がいなければ、安定した配信ができず、数字も伸び悩む。
負のスパイラルだ。
「……ねえ、カナタ。正攻法の募集じゃ無理そうよ」
雫が声を潜めて言った。
「『まともな』探索者は、リスクを冒さない。あんたが必要なのは、世間の評価なんて気にしない、あるいは『世間からはみ出した』訳アリの実力者よ」
「訳アリねぇ……。そんな都合のいい奴、どこにいるんだ?」
俺が溜息をついた時だった。
酒場の入り口が騒がしくなった。
「おい、またあいつが来てるぞ」
「懲りねえな。どこのパーティも入れてくれねえのに」
探索者たちの嘲笑うような視線。
その先には、自分の背丈ほどもある巨大な「大盾(タワーシールド)」を背負った、小柄な人影があった。
フードを目深に被り、ボロボロのマントを羽織っているが、その盾だけは異様なほど綺麗に手入れされている。
誰とも目を合わせず、酒場の隅へと歩いていくその姿。
俺の直感(と、配信者としての嗅覚)が反応した。
「……雫。あの子、どう思う?」
「え?」
「俺には見えるぜ。あの盾……ただの鉄屑じゃねえ。相当な『修羅場』をくぐり抜けてきた輝きだ」
俺はニヤリと笑った。
まともな奴がダメなら、はみ出し者同士。
俺が求めていた「最強の盾」は、案外近くに転がっているのかもしれない。
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