第11話 赤字の傷跡と、一発逆転の緊急依頼

 地上に戻った俺を待っていたのは、協会の救護室という名の「集金所」だった。


「はい、お疲れ様。傷口の縫合と解毒処理で、締めて1万5千円ね」


 馴染みになった救護室の事務員が、笑顔で領収書を突きつけてくる。

 俺は死んだ魚のような目で、財布からお金を抜き出した。


「……はい」

「毎度あり。君、最近よく怪我するねえ。ポーション中毒にならないようにね」


 俺はふらつく足取りで協会ロビーのベンチに座り込んだ。

 隣では、雫がノートPCを膝に乗せて眉間に皺を寄せている。


「……酷い数字ね」


 雫が画面を見せてくる。


【本日の最終収支】

・売上(スパチャ+魔石):¥32,500

・経費(魔法+ポーション+治療費):-¥45,000

**・純損益:-¥12,500**


「1万2千円の赤字……。牛丼30杯分が消えた……」


 俺は頭を抱えた。

 命がけで戦って、痛い思いをして、結果がこれだ。

 シオリの治療費を稼ぐどころか、生活費すら脅かされている。


「原因は明白よ。被弾コストが高すぎる」


 雫は冷徹に分析する。


「今日のゲイル・ウルフ戦、シールドの維持だけで3,000円。さらに被弾後のリカバリーで4,000円近く使ってる。攻撃魔法のコストを上回る防御費なんて、ビジネスとして破綻してるわ」

「わかってるよ……やっぱり盾役(タンク)が必要だよな」


 俺はロビーを行き交う探索者たちを見渡した。

 重厚な鎧を着た戦士、大盾を背負った巨人。

 彼らがいれば、俺は後ろから魔法を撃つだけで済む。


「でも、どうやって探す? 普通の募集掲示板に出しても、Fランクの俺と組んでくれる奴なんて……」

「それに、今のあんたの資金力じゃ『まともな』タンクは雇えないわ」


 雫は残酷な現実を突きつけた。


「Cランク相当のタンクの相場は、日給5万円から。もしくは成果報酬の3割。今の赤字経営じゃ、雇った瞬間に破産よ」

「ご、5万……!?」


 高すぎる。

 だが、安かろう悪かろうのD~Eランクの盾じゃ、俺が守る羽目になって本末転倒だ。


「詰んだか……?」


 俺が絶望しかけた時、雫がふと視線をPCから掲示板の方へ移した。


「……ねえ、カナタ。あれを見て」

「あん?」


 雫が指差したのは、協会ロビーの片隅にある『緊急依頼(クエスト)ボード』だ。

 そこには、赤い紙に印刷された一枚の張り紙があった。


【緊急討伐依頼:暴食のオーク】

・出現場所:関東第9ダンジョン 地下3階層

・推定ランク:C上位(変異種)

・特徴:異常な再生能力と食欲を持つ個体。複数のパーティが壊滅。

**懸賞金:300,000円(即日払い)**


「さ、30万……!」


 俺の目が円マークになった。

 30万あれば、今月の赤字を埋めるどころか、シオリの治療費+タンク雇用のための準備金まで確保できる。


「待てよ、でもC上位の変異種だぞ? 昨日の狼よりヤバいんじゃないか?」

「ええ。普通なら自殺行為ね。……でも」


 雫は眼鏡を光らせ、ニヤリと笑った。


「『暴食のオーク』。……文献によれば、こいつは動くものなら何でも食べる悪食よ。毒だろうが腐肉だろうがね」

「それがどうした?」

「毒殺できるかもしれないわ」


 雫の提案に、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

 まともに戦えば負ける。

 だが、絡め手でハメ殺せるなら、コストを抑えて大金を稼げるチャンスだ。


「……やるか」

「ええ。リスクはあるけど、今のジリ貧を脱するにはこれしかないわ」


 俺は立ち上がり、依頼書を剥ぎ取った。

 起死回生の一発逆転。

 この30万を手に入れて、最強の盾を雇う資金にする。


「待ってろよ、オーク。俺の財布の肥やしになってもらうぜ」


 俺の決意を嘲笑うかのように、掲示板の隅には小さく『※注意:本個体による被害者の装備品は、酸で溶解されているケースが多数』と書かれていたが、金に目の眩んだ俺は気づかなかった。


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