第8話 回避盾の限界と、高すぎる防御費
翌日。
俺と雫は、入念な準備(アイテム補充)を済ませて、再びダンジョンに潜っていた。
今回のターゲットは、地下2階層に生息する『コボルト』の群れだ。
ゾンビのような「動く的」とは違い、俊敏な動きと連携攻撃を得意とする小鬼たちである。
『カナタ、前方12時の方向。コボルト・アーチャー3体、ソルジャー2体。……来たわよ、遠距離持ちが』
インカムから、視聴者には聞こえない雫の警告が飛ぶ。
俺は岩陰に身を隠しながら、小さく舌打ちをした。
「チッ、弓矢持ちか……一番嫌な相手だ」
昨日のスケルトン戦で露呈した、俺の最大の弱点。
それは「紙装甲」だ。
同接バフで回避能力は上がっているが、所詮はステータス頼みの素人。雨のように降ってくる矢を、技術だけで全て避けきる自信はない。
《今日はコボルト狩りか》
《弓は危ないって》
《回避盾の腕の見せ所だなw》
配信開始から10分。同接数は1,500人で安定している。
コメント欄も盛り上がっている。俺はカメラに向かって不敵に笑いかけた。
「おいおい、ビビってんのかお前ら? 俺を見ろ。避けるのは得意なんだよ、借金取りからもな!」
自虐ジョークでコメント欄を沸かせつつ、内心では冷や汗をかいていた。
頼むから当たるなよ。
『作戦通り、先手必勝でいくわよ。予算は一戦につき2,000円以内』
(了解!)
俺は岩陰から飛び出した。
同時に、コボルトたちが反応する。
ギャギャッ! と鳴き声を上げ、アーチャーたちが一斉に弓を引き絞る。
ヒュン、ヒュン、ヒュン!
三本の矢が、正確に俺の眉間と心臓を狙って飛来する。
「見えてるなら、避けられる!」
俺は地面を蹴り、右へ大きく跳躍した。
二本は回避。しかし、予測射撃気味に放たれた三本目が、俺の太腿を掠めようとする。
(――くそッ、被弾する!)
俺は反射的に左手をかざした。
金(MP)を消費して、障壁を展開する。
「《シールド》ッ!」
カィン!
金色の光が矢を弾き返し、乾いた音が響く。
無傷だ。
だが、俺の心の中では、チャリンという無情な「課金音」が鳴り響いていた。
(ああっ! 今の防御で100円!!)
コストは1回100円。
たかが木の矢一本を防ぐのに、缶ジュース一本分の金が消えたのだ。
「……ッ、あっぶねえ!」
俺は引きつりそうな顔を笑顔に変えて、カメラにサムズアップしてみせた。
「見たか今の反応! 神防御だろ!? これにはスパチャ投げるしかないよな!?」
内心の「出費の痛み」を、配信者としての「アピール」に変換する。
視聴者を盛り上げ、少しでも回収しなければ割に合わない。
「さあ、ここからは反撃タイムだ! 経費分きっちり払ってもらうぞコラァ!」
俺は怒りを推進力に変えて突っ込んだ。
「経費分」という言葉も、視聴者には「敵に報いを受けさせる」という意味に聞こえるはずだ。実際はそのままの意味だが。
「倍返しだ! 《ウィンド・カッター》!」
30円の風の刃が、アーチャーの首を刎ね飛ばす。
残り4体。
だが、ソルジャーたちが錆びた剣を振り回して包囲してくる。
四方八方からの斬撃。
今の俺の動体視力なら、軌道は見える。
しかし――
(数が多い! 全部は避けきれねえ!)
どうしても行動に「タメ」と「隙」が出来てしまう。
多角的な同時攻撃に対して、俺の体は一つしかない。
「《シールド》! 《シールド》ッ!!」
ガキン、ガキン!
背後からの奇襲を、魔法障壁で防ぐ。
200円、300円……!
防御するたびに、俺の稼ぎが泡となって消えていく。
(痛い痛い痛い! 体じゃなくて財布が痛い!)
俺は半泣きになりながら、至近距離で魔法を乱射した。
守る金があるなら、攻撃に回して殺したほうが安い!
視聴者には、俺が熱くなって「無双」しているように見えるだろう。
「らぁっ!《ファイア》! 《サンダー》!」
ドカォン! バリバリッ!
派手なエフェクトと共に、コボルトたちが黒焦げになって吹き飛ぶ。
《うおおお! 攻めるねえ!》
《盾張りながら突っ込むとか男前すぎw》
《これはナイスファイト ¥500》
視聴者のコメントが流れる。
500円のスパチャ。よし、これで防御5回分はチャラだ。
ありがとう、名も知らぬお客様。あなたのおかげで俺は今日も飯が食える。
戦闘終了。
俺は荒い息を吐きながら、散らばった魔石を回収した。
カメラに向かって「余裕だったな!」と強がって見せてから、マイクを指で押さえ、インカムの向こうの雫にだけ聞こえる声で問う。
「……雫、収支はどうだ」
返ってきたのは、重い溜息だった。
『最悪ね。魔石の売却益、約1,500円。スパチャ、2,000円。……対して魔法消費額は、攻撃600円、防御800円』
「……利益、2,100円か」
『ええ。黒字ではあるわ。でも、防御魔法のコストが利益の3割近くを食いつぶしてる』
本来なら、攻撃魔法だけで済めば3,000円近い利益が出ていたはずだ。
防御費が高すぎる。
「これじゃあ、強い敵と戦えば戦うほど、防御費がかさんでジリ貧になるな……」
俺は苦々しく呟いた。
今日のコボルト程度でこれだ。もっと攻撃が激しい敵なら、《シールド》を張りっぱなしにする必要がある。
そうなれば、魔法を撃つための「弾薬」が防御で枯渇し、攻撃できずに詰む。
『回避盾(ドッジタンク)の限界ね。あんたのプレイヤースキルが上がればマシになるかもしれないけど、それには時間がかかる』
「時間は金だ。そんな悠長なこと言ってられねんだよなぁ」
俺は魔石をポーチに放り込み、次の通路を見据えた。
わかっている。
今の俺に足りないのは、俺の代わりに殴られてくれる、頑丈で「安い」盾だ。
魔法(カネ)で防ぐ盾(シールド)じゃない。
もっと物理的な、俺の資産を食いつぶさない盾が必要なんだ。
「……とりあえず、今日は行けるところまで行くぞ。皆が飽きないうちに、次の見せ場を作らないとな」
俺は営業スマイルを貼り付け直して、ダンジョンの奥へと足を進めた。
その先に、回避盾殺しの天敵が待ち構えているとも知らずに。
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