第6話 損益分岐点:スケルトン・ジェネラル討伐戦

 アンデッド狩りを開始して2時間。

 俺の懐事情は、劇的に改善されつつあった。


『――現在時刻21時。ここまでの討伐数、ゾンビ40、スケルトン25。回収した魔石の推定売却額は4万8千円。スパチャ総額は6万2千円よ』


 インカム越しの雫の報告に、俺は思わずガッツポーズをした。

 合計11万円の売上。

 経費(魔法消費と雫への借金返済)を引いても、7万以上の純利益だ。

 日給7万。

 以前の俺が聞いたら、腰を抜かす数字だ。


「へへっ、笑いが止まらねえな。この調子なら今夜中に10万いけるんじゃねえか?」


 俺が浮かれていると、雫の声が冷や水を浴びせてきた。


『調子に乗らないで。……前方に高濃度の魔力反応あり。この波長、エリアボスよ』

「あ?」


 通路の奥、巨大な鉄格子の扉の前に、そいつは立っていた。

 今までのスケルトンとは格が違う。

 錆びついたフルプレートメイルを纏い、身の丈ほどある大剣を地面に突き立てている骸骨の騎士。


「……スケルトン・ジェネラルかよ」


 俺は舌打ちをした。

 推定ランクC上位。

 ソロで挑む相手じゃない。本来ならタンクとヒーラーを含めた4人パーティで、慎重に削り倒す相手だ。


『カナタ、撤退を推奨するわ。ジェネラルの装甲は分厚い。あんたの物理攻撃じゃ通らないし、魔法で装甲の上から確実に焼き尽くすには、概算で3万円分の火力が必要よ』

「3万!? 馬鹿野郎、赤字じゃねえか!」


 倒しても、ドロップする魔石の相場は1万5千円程度。

 戦うだけ損だ。

 俺は踵を返そうとした。

 だが、世の中(と視聴者)はそう甘くない。


《うおおおおお! ジェネラルだ!》

《逃げんの? Fランクだもんなw》

《倒したらスパチャ投げるぞ!》

《ボス戦見たい! ¥1000》

《期待値込みで ¥2000》


 俺が迷っている間に、同接数が一気に跳ね上がった。

 2,000人、2,500人……3,000人。

 ボスへの期待感で、数字が鰻登りだ。


『……訂正。この同接数の伸び率は無視できないわ』


 雫の声色が変わった。電卓を叩く音が聞こえる。


『このまま撤退すれば、視聴者は失望して離れる。逆にここでボスを倒せば、登録者は爆発的に増える。……広告宣伝費と考えれば、3万円の出費は安いかもしれない』

「おいおい、やるのか? 俺は死にたくねえぞ」

『やるのよ。ただし、3万も使わせない。――「予算1万円」で仕留めなさい』


 雫の無茶振りに、俺は天を仰いだ。

 1万円でCランクボスを? かなりカツカツの予算だぞ。


「……チッ、了解だ!」


 俺は覚悟を決めて、ジェネラルに向き直った。

 同時に、骸骨騎士の眼窩に赤い光が灯る。


「グオオオオオオオッ!!」


 咆哮と共に、ジェネラルが突っ込んできた。

 速い。

 重装備とは思えない踏み込み。大剣が風を切って横薙ぎに振るわれる。


「っとぉ!」


 俺はバックステップで回避する。

 鼻先を凶刃が掠める。風圧だけで皮膚が切れそうだ。

 同接3,000人のステータス補正(+300)があるから避けられたが、一撃でも貰えば即死だ。


「《シールド》ッ!」


 追撃の突きを防ぐために、光の盾を展開する。

 ガギィン! と激しい音がして、盾にヒビが入る。


(くそっ、今ので100円!)

(回避行動でのスタミナ消費も馬鹿にならねえ!)


 俺は防戦一方だった。

 隙を見て《ヒール》を打ち込もうとするが、ジェネラルの装甲が邪魔をする。

 鎧の上からでは効果が薄い。直に肉体(骨)に触れなければ、浄化の威力は伝わらない。


《押されてるな》

《やっぱソロは無理だって》

《魔法撃てよ!》


 コメントが煽ってくるが、無駄撃ちはできない。

 決定打に欠ける。どうする?


『カナタ、右腕の装甲の継ぎ目! そこが脆くなってる!』

「んな細かいとこ、狙えるかよ!」


 高速で剣を振り回す相手の、数センチの隙間。

 針の穴を通すような精度が必要だ。

 焦る俺に、雫の冷徹な指示が飛ぶ。


『視界を奪えば隙ができるわ。――《フラッシュ《閃光》》を使いなさい』

「フラッシュ? そんな生活魔法、目くらましにもなんねえぞ!」


 《フラッシュ》は、暗い洞窟を照らすための初級中の初級魔法だ。

 戦闘用ではない。


『アンデッドは光に敏感よ。それに、今のあんたの魔力(カネ)とステータスなら、カメラのフラッシュ程度じゃ済まないわ』

『コストはたったの10円。コスパ最強よ』


 10円。

 その安さに、俺の心が動いた。

 10円なら、失敗しても痛くない!


「採用ッ! 食らえ、10円の輝き!」


 俺はジェネラルの顔面に向かって、左手を突き出した。

 魔力を放つ。


「《フラッシュ》!!」


 カッッッ!!!


 俺の手のひらで、閃光弾が炸裂したような強烈な白光が弾けた。

 ただの照明魔法が、俺の規格外の魔力出力によって、レーザー兵器並みの光量に変貌する。


「グアアアアアアッ!?」


 ジェネラルが怯んだ。

 眼窩の赤い光が明滅し、大剣を振るう手が止まる。

 完全な隙。

 しかも、俺の目の前には、大剣を構えようとして上がった右脇――装甲の隙間が晒されている。


「そこだァッ!!」


 俺は踏み込んだ。

 右手に、ありったけの殺意と、予算限度額いっぱいの魔力を込める。


「これで……赤字解消だァアアアア!!」

「《ハイ・ヒール》ッ!!」


 俺の手が、装甲の隙間からジェネラルの内部へと滑り込む。

 ゼロ距離炸裂。

 一万円分の高位回復魔法が、骸骨の体内で暴発した。


 ドォォォォォン!!


 ジェネラルの背中から、極太の光の柱が突き抜けた。

 鎧の内側から溢れ出した浄化の奔流が、骨を、呪いを、存在そのものを一瞬にして蒸発させていく。

 ダンジョンの天井まで届きそうな光の柱だ。明らかにオーバーキル。


「ガ、ア……ア……」


 断末魔すら残せず。

 巨大な骸骨騎士は、光の中に溶けるように崩れ落ちた。

 ガシャーン、と鎧だけが地面に残る。


 静寂。

 そして、直後に爆発するコメント欄。


《うおおおおおおお!!》

《マジで倒しやがった!》

《10円の目くらましからの確殺コンボ、渋すぎるw》

《今の魔法エグくね? 閃光弾かよ》

《ナイスファイト! ¥5000》

《スパチャどーん! ¥10000》


 ファンファーレのように、投げ銭の音が鳴り響く。

 5,000円、1万円、3万円……!


 俺は膝に手をついて荒い息を吐きながら、勝利の笑みを浮かべた。


「はぁ、はぁ……見たか、雫……」

『ええ。見事な黒字経営よ。予算通りね』


 インカムの向こうで、雫も少しだけ笑っている気がした。


 足元には、ジェネラルが残した大きな魔石と、宝箱のようなドロップ品が転がっている。

 そして、ウィンドウの同接数は過去最高の『4,200人』を記録していた。


 俺は確信した。

 いける。このビジネスモデルなら、ダンジョンの最深部だって夢じゃない。


「……さて、ボーナスの査定(ドロップ確認)といこうか!」


 俺は宝箱に手を伸ばした。


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