第5話 ヒーラー(物理)の誕生
関東第9ダンジョン、地下1階層『死者の回廊』。
薄暗い通路には腐臭が漂い、どこからか鎖を引きずるような音が響いている。
「――マイクテスト、マイクテスト。聞こえる?カナタ」
「ああ、感度良好だ」
俺は右耳に装着したインカムを軽く叩いた。
聞こえてくるのは、地上にいる
彼女は今、自宅のPC前から俺の配信を遠隔管理(オペレーション)している。
「現在時刻、19時00分。ゴールデンタイムよ。配信を開始するわ」
「了解。……ふぅ」
俺は深く息を吐き、頬をパンと叩く。
ここからは仕事の時間だ。
素の「守銭奴」を封印し、視聴者が求める「命知らずの馬鹿」にならなきゃいけない。
「3、2、1……配信スタート!」
目の前に浮かぶカメラドローンが赤く点灯した。
同時に、ウィンドウにコメントが流れ始める。
《待ってました!》
《レッドオーガの兄ちゃんじゃん》
《生きてたのかw》
《うぽつ》
前回の動画がバズったおかげか、開始数秒で同接数が500人を超えた。
俺は口角を上げ、カメラに向かって手を振る。
「ようお前ら! 今日も元気にダンジョン潜ってるか? 底辺探索者のカナタだ!」
俺はわざとらしく声を張り上げた。
「前回は危うく死にかけたが、俺は懲りないぜ。今日はここ、『死者の回廊』からお届けする!」
《そこアンデッド湧くところじゃん》
《物理効かないからFランクには無理ゲーだろ》
《また死にかけるのかw》
「フフッ、心配するな。今日の俺には『秘策』がある」
俺が勿体ぶった言い回しをした瞬間、インカムから雫の指示が飛んだ。
『同接800人突破。掴みはOKよ。前方にゾンビ1体反応あり。右の曲がり角』
(了解)
俺は足音を忍ばせ、角を曲がる。
そこにいたのは、腐りかけた肉を引きずりながら彷徨うゾンビだった。
動きは遅いが、普通の剣や矢では倒せない厄介な敵だ。
《うわ、ゾンビだ》
《逃げろ逃げろ》
《火魔法で燃やすしかなくね?》
コメント欄が警戒色に染まる。
だが、俺はニヤリと笑い、逃げるどころかゾンビに向かって歩き出した。
「燃やす? ノンノン。そんな『高い』魔法は使いませんよ」
俺は右手をかざす。
意識するのは、ガチャで手に入れたばかりの聖なる力。
そして、雫から借りた一万円(弾薬)。
『カナタ、計算通りならコストは30円で済むはずよ。外さないでね』
(30円……うまい棒3本分か。安いもんだ!)
俺はゾンビの目の前まで肉薄すると、その腐った胸元に掌を押し当てた。
「安らかに眠りな――《ヒール》!!」
カッ!
俺の手から眩い光が溢れ出す。
本来なら傷を癒やすはずの慈愛の光が、アンデッドにとっては猛毒となる。
「グギャアアアアアア!?」
ゾンビが絶叫した。
光を浴びた箇所から肉がボロボロと崩れ落ち、黒い煙となって浄化されていく。
わずか数秒。
ゾンビは塵となって消滅し、あとには小指大の魔石だけがカランと落ちた。
《は?》
《え、いま何した?》
《ヒール? 回復魔法か?》
《一撃!?》
コメント欄が驚きで埋め尽くされる。
同接数が一気に1,200人に跳ね上がった。
『ナイス、カナタ。同接上昇によるステータス補正、+120。体感はどう?』
(ああ、体が軽い。これなら動き回れる!)
俺は魔石を拾い上げ、カメラに見せつけた。
「見たかお前ら! これが対アンデッド専用、ヒーラー(物理)戦法だ!」
《すげええええ!》
《気持ちいいwww》
《浄化(物理)》
《新しいなw ¥500》
スパチャが飛ぶ。
500円。
俺は脳内で素早く計算機を叩いた。
(消費MPは30円。拾った魔石の売値が約300円。スパチャが500円……差し引き、770円の黒字!)
美味い。美味すぎる。
前回のファイアボールぶっ放し戦法とは比べ物にならない利益率だ。
雫の事業計画は完璧だった。
『浮かれるな馬鹿。次が来るわよ。12時の方向、スケルトン3体』
「おっと、お客さんのお出ましだ!」
俺は調子に乗ってステップを踏んだ。
同接1,200人分の補正(全ステータス+120)があれば、俺の身体能力はDランク探索者並みになっている。ゾンビやスケルトンの鈍重な動きなど止まって見える。
「次は3体まとめて癒やしてやるよ!」
俺はスケルトンの群れに突っ込んだ。
振り下ろされる骨の剣を紙一重でかわし、隙だらけの肋骨の隙間に手を突っ込む。
「はい回復! お前も回復! みんな健康になれよオラァ!」
バシュッ、バシュッ!
光が弾けるたびに、スケルトンたちがガラガラと崩れ落ちる。
《動きキレキレで草》
《言ってることとやってることが違うwww》
《暴力ヒーラー爆誕》
《見てて爽快だわ ¥200》
コメントが加速し、俺のテンションも上がる。
金が増える。力が増える。
このサイクル。この全能感。
俺は今、人生で初めて「勝っている」。
『調子に乗るなって言ってるでしょ! 右!』
雫の鋭い警告。
ハッとして右を見ると、死角からグールが飛びかかってきていた。
ゾンビより上位の個体。爪には麻痺毒がある。
「チッ――!」
回避が間に合わない。
俺は反射的に左腕(まだ完治していない)を前に出し――いや、違う。
今の俺には金(MP)がある!
「《シールド》ッ!!」
俺の前に、半透明の光の壁が出現した。
グールの爪が弾かれ、火花が散る。
汎用防御魔法。コストは100円と少々高いが、怪我をするよりマシだ。
「この野郎、高い魔法使わせやがって……!」
俺は防御壁越しに、グールの顔面を鷲掴みにした。
「追加料金(ヒール)だッ!!」
ゼロ距離からの最大出力回復。
グールの頭部が光に包まれ、破裂した。
ドサリ、と動かなくなる敵。
俺は肩で息をしながら、勝利のポーズを決める。
「……ふぅ。危ない危ない。でも見たか? 今の反応速度!」
《危なっかしいなw》
《でも強えええ》
《盾もっと使えw ¥1000》
その時、インカムから溜息混じりの声が聞こえた。
『……今の《シールド》、タイミングは良かったわ。でもその後、怒りに任せて《ヒール》に過剰な魔力を込めたわね? あれじゃ50円分のオーバーキルよ』
(うっ……バレてる)
『まあいいわ。今の戦闘で同接1,500人突破。登録者も増えてる。収支は今のところプラス3,000円。……悪くないペースよ』
雫の「悪くない」は、他人にとっての「最高」だ。
俺は心の中でガッツポーズをした。
借金返済まで、あと19万円と少し。
このペースなら、行ける。
俺と雫、そして視聴者(スポンサー)。
このシステムさえ回れば、俺はどこまでだって強くなれる。
「よし、お前ら! 今日はこの階層のアンデッド、根こそぎ成仏させるまで帰らねえからな! 覚悟しとけよ!」
俺は高らかに宣言し、次なる獲物を求めて走り出した。
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