第4話 一〇〇〇人記念ガチャと、天使の投資
最強のマネージャー(自称)、早乙女雫との契約が成立してから数十分後。
俺たちは病院の狭いベッドの上で、今後の「事業計画」を練っていた。
「いい? カナタ。あんたの今の問題点は二つあるわ」
雫はパイプ椅子に足を組み、まるで企業のCEOのような顔で指を二本立てた。
「一つは、致命的な『資金(MP)』不足。さっき治療費を払ったせいで、あんたの所持金は数百円。これじゃ魔法どころか、ダンジョンの入場料も払えない」
「……耳が痛い」
「もう一つは、『耐久力』の欠如。一発殴られたら終わりの紙装甲。ソロ活動において、これは自殺志願者と同じよ」
雫の指摘は的確すぎて反論の余地がない。
俺の武器は「金さえあれば何でもできる」ことだが、逆に言えば「金がなければ何もできない」。
一般人以下の魔力値5しかない俺は、MP(カネ)が尽きた時点で、ただの肉塊になる。
「だから、次の配信では『被弾しない』かつ『低コストで稼げる』相手を選ぶ必要がある。そこでアンデッドよ」
「だから、なんでアンデッドなんだ? あいつら物理効かないし、タフだろ」
俺が首を傾げると、雫は呆れたように眼鏡の位置を直した。
「あんた、
「あー……そういえば、そんな話もあったような」
「しかも、対アンデッドにおける回復魔法のダメージ係数は、通常の攻撃魔法の約3倍と言われているわ。つまり――」
「3分の1のコスト(カネ)で倒せる、ってことか!」
俺は身を乗り出した。
3分の1。それはバーゲンセール並みの割引率だ。
500円かかっていた敵が、160円くらいで倒せる計算になる。
「理解が早くて助かるわ。……と言いたいところだけど」
雫は俺の顔を覗き込んだ。
「あんた、回復魔法使えるの?」
「あ」
俺は固まった。
そうだった。
前回の配信で、俺は《ファイアボール》や《ウィンドカッター》を使った。あれはイメージしやすかったからだ。
だが、回復魔法や聖属性魔法は、特殊な『信仰心』や『適性』が必要とされる高等技術だ。
金(MP)があればゴリ押しできるかもしれないが、そもそも発動のイメージが湧かない。
「……無理そうね。プランBを考える必要が――」
雫が溜息をつきかけた、その時だった。
『――ピロリン♪』
間の抜けた電子音が、俺の頭の中だけで響いた。
同時に、視界の端に例の半透明なウィンドウがポップアップする。
『達成項目確認:チャンネル登録者数1,000人突破』
『ユニークスキル《等価交換》の拡張機能を開放します』
『報酬:ビギナーズ・スキルガチャチケット×1』
「うおっ!?」
「どうしたの? 急に叫んで」
雫が怪訝な顔をする。彼女にはこのウィンドウは見えていない。
「い、いや、今システムから通知が来たんだ。登録者1,000人記念で『スキルガチャ』が引けるらしい」
「はあ? 何それ」
雫が目を丸くした。
「配信サイトの機能じゃなくて、あんたの固有能力の方?」
「ああ、そうみたいだ。……ちょっと回してみる」
俺は空中に浮かぶ『ガチャを回す』というボタンをタップした。
当然、雫には俺が虚空を指で突っついているようにしか見えないだろう。
画面が派手なエフェクトに包まれる。
金色の宝箱が現れ、ガタガタと揺れ――
パカッ。
『獲得:パッシブスキル《属性解放:聖》』
「――ッシャオラアアアアア!!」
俺はガッツポーズをした拍子に、骨折した左腕をベッドの柵にぶつけた。
激痛が走るが、それ以上に喜びが勝る。
「引いた……! マジで引いたぞ雫!」
「何が出たのよ」
「《属性解放:聖》だ! これで聖属性魔法が使える!」
「……呆れた」
雫は口元を押さえて、信じられないという顔をした。
「登録者が増えると、ステータスだけじゃなくてスキルまで手に入るわけ? あんたのその能力、探索者の常識を根底から覆すわよ……」
「へっ、使えるもんは何でも使うさ。これでアンデッド狩りができるな!」
俺はニヤリと笑った。
これで、俺は金を払えば「聖なる力」を行使できるようになったわけだ。
回復魔法でゾンビを浄化し、低コストで魔石を稼ぐ。
完璧なリサイクル計画だ。
「よし、じゃあ早速退院してダンジョンに行くぞ! ベッド代も浮かせないとな!」
俺は勢いよく布団を跳ねのけた。
だが、そこで重大な事実に気づき、動きを止めた。
「……あ」
「今度は何?」
「……種銭(MP)が、ない」
そうだ。
スキルがあっても、それを発動するための「弾薬」がない。
俺の所持金は数百円。
これじゃあ、ヒール一発撃ったらガス欠だ。
アンデッドの群れに突っ込んで、一匹倒して残りに食い殺される未来が見える。
「くっ……ここまで来て、金欠に阻まれるとは……!」
俺が頭を抱えていると、目の前に一枚の福沢諭吉がヒラリと落ちてきた。
一万円札だ。
「え?」
「貸してあげるわ」
顔を上げると、雫が涼しい顔で財布を閉じていた。
「これがあんたの初期投資。弾薬費よ」
「し、雫……! お前、やっぱり女神……」
「ただし」
雫の眼鏡が、キラリと光った。
「利子はトイチ(十日で一割)。返済は次回の配信収益から天引き。契約書にはサインしてもらうわよ?」
「……訂正。悪魔だ」
「ビジネスパートナーと言いなさい。ほら、行くわよ。時は金なり、よ」
雫は白衣を翻し、さっさと病室を出て行く。
俺はベッドに残された一万円札を、拝むように握りしめた。
一万円。10,000MP。
今の俺にとって、これはただの紙切れじゃない。命そのものだ。
「……やってやるよ」
俺はボロボロの体を起こし、決意を込めて呟いた。
この一万円を種銭に、10倍、いや100倍にして返してやる。
借金まみれの底辺探索者の逆襲は、ここからだ。
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