第4話:老後の暮らし計画

第4話:老後の暮らし計画


朝の光が窓辺のカーテン越しに柔らかく差し込み、文子はゆったりと伸びをした。冬の空気はひんやりとしているが、湯気の立つ紅茶の香りが部屋中に漂い、心を温めてくれる。


「ふぅ……毎朝、好きな時間に散歩して、紅茶を楽しむ…贅沢な時間ね」


カップを手に、文子は窓の外の庭を眺める。小鳥たちが枝に止まり、冬枯れの葉に触れながらさえずる様子は、静かでいて生き生きとしている。庭の土の匂い、冷たい空気に混じるわずかな木々の香りが、彼女の胸に柔らかな安心感を与える。


今日は「老後の暮らし計画」を具体的に整理する日だ。退職金と投資資産を元に、日常生活、趣味、健康管理、旅行までを俯瞰してみる。文子はノートパソコンの前に座り、項目ごとにリストを作り始めた。


「まずは健康ね。毎日の散歩は欠かせないし、ストレッチと簡単な筋トレも続ける……血圧や体重も週に一度チェック。あとは、バランスのいい食事を心がけること」


台所からは、湯気とともに焼きたてのパンの香りが漂ってくる。文子は深呼吸し、香ばしい匂いを口いっぱいに吸い込んだ。手でパンを持ち上げ、ふかふかの生地をかじると、バターの甘みがほんのり舌に広がる。


「こうして朝から、体も心も満たされる……幸せなひとときね」


次に趣味の欄を開く。庭仕事、陶芸、読書、紅茶やコーヒーを淹れること。それぞれの時間を計画的に確保しながらも、ゆとりを持たせる。文子は手帳に、今週は陶芸教室の予約、来週は庭の植え替え、午後には読書タイム、と書き込んだ。


「やっぱり、趣味は無理に詰め込むんじゃなくて、気持ちのいいペースで……」


窓を少し開けると、冷たい風が頬を撫で、庭の木々の香りがさらに濃くなる。文子は深く息を吸い込み、空気の清涼さに身を委ねる。季節の移ろいを五感で感じられる生活こそ、老後の贅沢だと思った。


次に旅行の欄を開き、地図やパンフレットを広げる。温泉、京都の桜、北アルプスの紅葉、少し遠くの海外も視野に入れる。行き先ごとに必要な予算や交通手段、宿泊施設を軽く調べ、メモにまとめる。


「冬は温泉でのんびり。春は京都の桜。秋は紅葉……ふふ、想像するだけでワクワクするわ」


旅行は単なる移動ではなく、感覚を研ぎ澄ます体験でもある。温泉の湯気の匂い、桜の花びらの色彩、紅葉の落ち葉を踏む感触。五感を使った小さな体験が、心の栄養になるのだ。


午後になると、文子はリビングのソファに腰掛け、読書タイムに入る。窓から差し込む光がページに反射し、文字を読む指先を優しく照らす。時折、紅茶を口に運び、香りと温かさを楽しむ。


「この時間があるから、毎日が充実するのね……本当に、心地よい暮らしってこういうこと」


ノートパソコンには、健康管理アプリや旅行計画表、趣味の予定表なども開いてある。文子は画面を眺めながら、計画と現実のバランスを整えることに満足感を覚える。数字や予定は冷たいものではなく、自分の生活を支え、自由をもたらす道具なのだ。


夕方、庭に出て軽く草取りをする。手に伝わる土の感触、冬の風に揺れる葉の音、遠くで子どもたちの笑い声がかすかに聞こえる。文子は小さな声でつぶやく。


「日常の中に、こんなに豊かさがあるなんて……これも計画のおかげね」


夜になると、夕食の後に陶芸の時間を取る。粘土をこね、形を作る感触は、数字や計画とは異なる自由さがある。柔らかい粘土が手のひらで形を変えるたびに、思考も心もほぐれる。


「うん、この感じ……これが、老後の暮らしの楽しさなのね」


就寝前には、翌日の散歩や読書の時間、趣味や軽い筋トレの予定を頭に描きながら、窓から夜空を見上げる。星が静かに瞬き、室内の温かさと対比して心地よい安堵感が広がる。


「健康で、好きなことをして、旅行も楽しむ……こうして計画を立てれば、毎日が贅沢になるのね」


文子はそっとベッドに入り、布団のぬくもりに包まれる。窓の外の冬の冷たさを感じながらも、心は満たされ、未来への安心感で静かに満ちていた。計画と実行、そして五感を通した日々の喜び。それらが、彼女の老後の暮らしを豊かで心地よいものにしているのだ。


「さあ、明日も、自分の時間を大切に過ごしましょう……」


窓の外で小鳥が最後のさえずりを響かせ、部屋は静けさに包まれる。文子は目を閉じ、今日の満足と明日の楽しみを胸に抱きながら、ゆっくりと眠りについた。


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