死霊たちの古戦場

冥府省、名古屋支部の“黄泉送り”メイ。

だが、確かに彼女が黄泉へ送ったはずの魂が――生者のように街を駆けていた。


▼△▼


ガルシアが逃げ込んだ細い路地を、

メイ、レオンが追う。


ぴよ丸がメイの肩にしがみつきながら叫ぶ。


「見失うなよ、メイ!」


「わかってる!」


足音が石畳に反響する。

路地を抜けた先、視界が急に開けた。


そこは川沿いの土手だった。


月光に照らされた草の斜面を、ガルシアが駆け上がる。

その先には――黒いフードを目深にかぶった男が立っていた。


ガルシアは、その男に手に持っていた小箱を手渡す。


「あれ、誰?! まさか……死霊?」


メイが息を呑む。


レオンはわずかに目を細めた。


「いや。あれは生身の人間だ。魂のコードがない」


フードの男は箱を受け取ると、

ゆっくりと――蓋を、ほんの少しだけズラした。


次の瞬間。


ガルシアの身体が、輪郭ごと崩れ落ちる。

砂のように崩れ、そのすべてが小箱の闇へ吸い込まれていった。


「……!」


ぴよ丸がメイの肩でブルッと震える。


「……貴様……その者達の魂をどうするつもりだ?!」


フードの奥から、男の口角がゆっくり持ち上がる。

挑発するような、冷たい笑み。


その笑みを見た瞬間――


ぴよ丸がメイの肩から草むらへ飛び降りた。


「ぴよ丸!? ちょっと、危ないってば!」


メイが叫んで手を伸ばしたが、

ぴよ丸は地面を転がり、弾むようにして草むらへ着地した。


そして、男を真っ直ぐに睨みつけ、

喉の底から怒気を含んだ声を絞り出した。


「……死霊達を返せ。

おちおち死んでもいられぬではないか……!」


その時―

雲が流れ、月が顔を出す。


白い光が土手を照らし、夜が蒼く染まる。


ゆらり、と影が揺れた。


次の瞬間、ぴよ丸の体がほどけ、輪郭が変わる。


月光の中に立っていたのは、

古びた甲冑をまとった若き武者――泰朝だった。


黒髪が夜風に揺れ、

首を取り巻く赤い線が、淡く妖しく光る。


──その姿に、レオンが一瞬だけ目を見張った。


泰朝の足もとで影がざわり、と波打つ。

姿なき亡者の軍勢が、主君の命を待って蠢いている。


その“気配”だけで、周囲の空気が一変した。


泰朝はフードの男を真っ直ぐに見据えた。


「……返せ」


静かな声だった。

だが、その静けさは――夜を裂く刃だった。


男の腕の中で、小箱がかすかに震えた。


「……?!」


男が反射的に蓋を押さえる。


だが遅かった。


上蓋が“わずかに”浮く。


――カチリ。


その音とともに、箱の闇から

黒い影と無数の手が溢れ出した。


メイが息を呑む。


「死霊が……溢れて……!」


溢れ出した影は、風に逆らうように暴れ、

悲鳴のような声を混ぜて周囲へ散っていく。


男の顔が、はじめて強張った。


「……馬鹿な。勝手に封印が……!」


泰朝は静かに言った。


「返せ。それらは黄泉へ還るべき魂だ――」


男は舌打ちし、一歩、二歩と後ずさる。

そして向きを変え、闇へ紛れるように走り去った。


その後を武者達が滑るように追ってゆく。


泰朝の軍勢が闇に溶けるように消え、

レオンもメイも、荒れた川風の中に立ち尽くしていた。


レオンは小さく息を吐き、夜空を仰ぐ。


散っていった死霊たちは、

もうどこにも姿がなかった。


「……全部、回収しなきゃ」


メイが低く言う。

声は震えていないのに、その指先だけが冷えていた。


レオンが静かに頷いた。

青灰の瞳が、ビルの灯りよりも冷たく光る。


「名古屋が壊れる前に、だ」


泰朝がふたりの横へ歩み寄る。

鎧の影が、地面に長く伸びた。


「我も行こう。

 ……あまりにも、死の気配が濃すぎる」


メイは答えず、ただ夜空を仰ぐ。



──そしてこの夜を境に、

名古屋は、

二度と「ただの街」ではなくなる。





* * *

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