◆第二章 死者の溢れる街

稀有な魂と、慈悲の祈り

──昨夜、名古屋の川沿いで溢れ出した無数の死霊は、

いまだ全てが回収できていない。


異常な規模だった。


メイはすぐに名古屋支部へ連絡し、

ハス部長の指揮のもと

カイ、テツ、シノ──

支部の全員が夜通しで走り回った。


しかし、

溢れた魂はあまりにも多く、

夜が明けても「全回収」には程遠い。


結果、名古屋支部からは一晩で

“異常な量の送魂”が行われることになった。


その混乱の中、

レオンも一晩中メイたちと共に動いていた。


だが──

魂そのものよりも、

彼の胸に強く残っているものがあった。


あの男。


逃げる男のフードから一瞬だけ

月明かりの下で見えたあの顔。

あいつは確か・・・。


そして夜明け。

支部の回収は一旦引き継ぎとなり、

レオンは名古屋支部を離れた。


──確かめなければ。


そう思った瞬間、

足は自然とタワー最上階へ向かっていた。


フードの男の正体。

小箱の中に集められていた魂。

そして、妙に引っかかる男のあの笑み。


レオンは違和感の正体を確かめるため、

エデン社・名古屋支部の最上階へと向かう。


ただ、それが

“静かな始まり”になるとは、

この時はまだ知らなかった。 


▼△▼


タワーの最上階にある

エデン社・名古屋支部。


薄明の光がカーテンの隙間から差し込み、

静まり返った会議室の床に

淡い影を落としていた。


レオンは深く息を吸い、

そっと扉を開ける。


部屋の奥。


窓際で胸の前に十字を切りながら、

祈るように佇む男がいた。


ルーチェス――

宗教画の聖人のような佇まいの上司。


その横顔はどこまでも穏やかで、

死者を悼む祈りを捧げるその姿は、

死神の世界には似つかわしくないほど

澄んでいた。


レオンは姿勢をただし、

頭を下げる。


「Mr.ルーチェス。お時間いただきありがとうございます」


祈りを終えたルーチェスが、

ゆっくりとレオンに向き直る。


「いいんだよ。

今回の件……辛かっただろう?

若い命がああして散るのは、本当に悲しいことだ」


その声には、

まるで死者の痛みに寄り添うような、

深い優しさが宿っていた。


レオンは胸の奥が少し痛むのを感じながら、

静かに口を開く。


「……報告があります。

そのマサハル・ガルシアの件についてです」


ルーチェスは穏やかに頷く。


「話してごらん」


レオンは言葉を選びながら続ける。


「彼を襲った“男”の顔を、実は一瞬だけ見たんです。

その時は思い出せなかったんですが……

既視感があって。

ずっと引っかかっていました」


ルーチェスのまつ毛がかすかに揺れる。

だが表情は変わらない。


「既視感……?」


「ええ。

思い出したんです。

以前、我が社の欧州本部の役員会に同行した時

あなたが挨拶を交わした役員のうちの一人――

その背後に控えていた人物に……

とても似ていたんです」


一拍の静寂。


ほんのわずかだが、

空気が揺れた。


しかしルーチェスはすぐに微笑む。


「……そうか。

ならばもう少し調べてみなさい、レオン。

君が気になるのなら、それはきっと意味のあることだ」


「何より君の“見る力”は、嘘を見逃さない」


どこまでも優しく、

背中を押すような声音。


レオンは小さく息をつき、

安堵を込めて頭を下げた。


「ありがとうございます。

この街では死者の目撃も増えています。


そういえば、この国の死神にも会ったんですが……

その女性が、とても興味深くて。


地縛霊の憑いたぬいぐるみを連れているんです。

あれは……他のどの死神とも違う、独特な存在でした。


せっかくなので、

彼女とも協力して調査を進めてみようかと」


ルーチェスは楽しげに目を細める。


「日本はいつも興味深いね。

冥府省との連携が生まれるなら、それは良い兆しだよ」


「はい。

あちらの情報も、我々に役に立つかもしれません」


レオンが退出しようと

立ち上がった、その時。


「レオン」


呼び止める声は、

祈りのように優しい。


レオンが振り返ると、

ルーチェスは穏やかな微笑みを浮かべ、

胸の前でそっと両手を組んでいた。


「……くれぐれも無茶をしないように。

君に何かあれば、私は神に顔向けできない」


「そんな……大げさですよ」


レオンは照れたように笑う。


「大げさではないよ。

君には、神の加護がある」


その響きは柔らかく、

しかしどこか不思議な温度を帯びていた。


レオンには、その意味は分からない。

ただ微笑み返し、

深く一礼して部屋を出る。


──扉が閉まる。


薄明の会議室に、

静けさが戻った。


ルーチェスは、

組んでいた指をそっとほどくと、

胸の前で静かに十字を切る。


そして祈りの形を保ったまま、

ひとつ小さく息を吐いた。


「……まったく」


淡い笑みが、

口元だけに浮かぶ。


「君は本当に……稀有な存在だよ」


白い光が、

祈りの姿勢のままのルーチェスの影を

長く、長く伸ばしていた。





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