隣人が死んだ夜

死者を黄泉へ送るのが“黄泉送り”メイの仕事だ。

だが送ったはずの死者が街を歩く――

その理由を、彼女はまだ知らない。



▼△▼



冬の夜、満月が白く滲んでいた。

メイはマンションのベランダに出て、

冷たい風の中で目を細める。


(……なんだろう、この感じ。

空気がわずかに濁ってるみたい)


ふと、チズ子の震える声がよみがえった。


——「ねえ……うちの人は、本当に死んでるのかい?」


胸の奥がざわりと揺れた、その時。


スマホが震える。


【送魂要請(一般案件)】

【対象:山本光晴】

【死因:交通事故】


「……あれ?」


メイが固まったのを見て、


足元からぴよ丸がぴょんと跳び乗る。


「どうした、メイ」


「今回の死霊カスタマー……

昼間に話した“隣の部屋の人”なんだけど」


「なに……?」


ぴよ丸の声が低くなる。


「……交通事故って……

行こう、ぴよ丸!」


メイはコートを掴んで、

部屋を飛び出した。



◆ ◆ ◆



現場はマンションから程近い交差点だった。

赤色灯が乱反射し、

ひしゃげた自転車とかごが地面に転がっている。


金属が折れ曲がった形だけで、

惨劇のすべてがわかった。


メイは唇を噛む。


「信じられない……」


すると人だかりの外から、

肩で息をする長身の影が近づいてきた。


「──君か。来ると思っていた」


レオンだった。

灰青の瞳は、

いつも以上に冷たく沈んでいる。


「なんであなたがここに?」


「ちょっと気になることがあってね」


その淡々とした声が、

次の瞬間だけわずかに揺れた。


「……君は、先日俺が狩るはずだった

“マサハル・ガルシア”を送魂したはずだな」


「え? したけど……

それがどうかしたの?」


レオンの視線が、

事故車の向こうを射抜く。


「だったら……

なぜ“彼”がそこにいる?」


メイもつられて、

その視線の先を追う。


人込みから少し離れたビルの壁際。

そこに――

マサハル・ガルシアが立っていた。


その口元は楽しげに笑っている。

まるで、生きている人間のように。


「……うそでしょ。

よく似た別の死霊なんじゃ?」


「違う。俺の目は特殊でね。

魂は一つひとつ違う“情報構造“を持っている。

それが――

コードとして“視える“んだ。」


レオンは静かに告げる。


「同一個体。

あれは間違いなくマサハル・ガルシアだ」


「コード……?

どんだけ味気ない世界で生きてんのよ……」


メイが半ば呆れ、

半ば震える声で言ったとき。


ぴよ丸が鋭く叫んだ。


「メイ、あそこに……!」


人だかりの輪の外に――

メイの“隣人”である

山本光晴の魂が立っていた。


事故現場を見つめ、

茫然と揺れている。


「山本さん!」


メイが駆け寄ろうとした、その一瞬。


光晴の魂の輪郭が、

ふっと揺らいだ。


見る間に煙のようにほどける。


そして、吸い寄せられるように――

まっすぐ“ガルシア”へ向かって滑りだした。


「……魂が?!」


ガルシアは笑顔のまま、

手にした小箱の蓋をすっとずらした。


中は闇のように深く、

底が見えない。


すると光晴の魂は、

抵抗することなく吸い込まれた。


しゅう、と濁った音がする。


箱の蓋が閉じられた。


その瞬間、

ガルシアが顔を上げる。


壁際の影の中で、

ゆっくりとメイたちを見つめている。


口元は笑っているのに、

その瞳は闇のようだった。


生きているようで、

死んでいる。


レオンがかすれた声を漏らす。


「……何だ、あれは」


「魂が……吸い込まれたわ……」


「何をしておる!

奴が逃げるぞ!」


ぴよ丸の怒声に、

メイの意識が現実へ引き戻された。


ガルシアは小箱を抱えたまま、

踵を返し、

路地へ走り出す。


「捕まえるわよ!!」


レオンもメイも、

同時に動いた。


二人は夜の路地へと駆け込む。


──その先で、

満月の光がひどく濁っていた。 





* * *

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