帰れない少女は、砂場で遊ぶ

──名古屋の住宅街にある小さな公園。

昼下がりの砂場で、ひとり遊ぶ少女がいた。


彼女はもう、この世界にはいないはずなのに。


黄泉送りのメイは、その小さな背中に近づきながら気づく。

この子はまだ――炎の向こうにいた“お母さん”へ向けて

小さな手を伸ばし続けている。

止まった午後のまま。


▼△▼


お姉ちゃんが幼稚園に行ったいつもの昼下がり。

お母さんは、部屋に火をつけた。


まるで生き物みたいに、炎がゆらめく。

きれいだなって思った。

お母さん、いつもみたいに私を喜ばせようとしているんだと思って、笑った。


「きれい……!」


そう言ったら、お母さんはつぶやいた。

――「みんな、燃えてなくなってしまえ」


あの日、私は死んだ。


でも、それからずっと、


“青いビニールでおおわれちゃったおうち”の

向かいにある公園で、

遊んでいる。


なんでかな?

あのおうちには、もう帰れないの。


ママもそばにいるよ。

でも、ずっとお砂場のはしっこで、

ビニールでぐるぐるにされた窓のほうばかり見てる。


泣きそうな顔で、

私のほうはぜんぜん見てくれない。


だから私は、一人でお砂遊びをしてるの。

ずっと。


――でも、今日は知らないお姉ちゃんが来た。


お姉ちゃんは「黄泉送り」っていうお仕事の人なんだって。

よくわからないけど、一緒にお砂のお城を作った。

でもね、変なの。お姉ちゃん、ずっと泣いてるの。


「悲しいの?」と聞いたら、少し笑って言った。


――「私が必ず、あなたの魂を幸せな来世へ送ってあげる」


そう言って、また泣いた。


◆ ◆ ◆


「ねえ――」

メイは母親に近づき、低く声を落とした。


「もういい加減、娘さんを見てあげて」


母親の肩が、ほんの少しだけ震えた。

ゆっくりと、虚ろな瞳だけがメイの方へ向けられる。


「……燃やしてしまったの」

母親はひび割れた声で言った。


「何もかも。

 ……でも、娘がもう一人……。

 あの子も、私が連れてゆかなきゃ……置いてゆけないの……」


その言葉に、少女の表情が曇った。

近寄りたいのに、怯えるように足を止めている。


メイは母親の正面に立ち、まっすぐに告げた。


「この子たちは、あなたの所有物じゃない。

 母親だからって、好きに奪っていいわけじゃないのよ」


その瞬間、母親の瞳からぽたりと涙が落ちる。

崩れるように膝をつき、胸元をぎゅっと押さえた。


少女が駆け寄り、母に小さくしがみつく。

母親は震える腕で、その小さな体を抱きしめた。


「おかあさん、私……ここにいるよ……」


少女のかすかな声が、砂場に溶ける。


「……ごめん……ごめんなさい……」


母親の嗚咽は、途切れた糸のように弱々しかった。

母親は娘を抱きしめたまま、

「ごめんね……ごめんね……」と壊れたように繰り返していた。


メイは無言でしゃがみ込み、

スマホを手に二人の傍で静かに告げる。


「大丈夫よ。同じ炎で死んだ魂なら――

 一緒に黄泉へ送ってあげられる」


送魂アプリを起動し、メイは画面をタップした。

カシャ、と電子音が響き、

柔らかな光が母娘を包み込む。


二つの魂は砂粒のような残滓となり、

きらきらと舞い上がり、

空へ、ほどけるように消えてゆく。


メイの視界が滲む。


灰色の雲から、ぽつり、ぽつりと雨が降り出す。

頬に触れた雨粒が涙と混ざり、地面へ落ちた。


濡れるのも構わず立ち尽くすメイの頭上で、

ふいに雨音が途切れた。


黒い傘の影が、メイを覆っている。


振り向くと――そこにレオンがいた。

異国の死神は、いつもの冷たい表情のまま、静かに傘を差し出していた。


「またあなたなの?……いつからいたのよ?」


「君が彼女たちの魂を黄泉に送る少し前から」


レオンの差し出す傘の下へ、

メイはほんの数センチだけ身を寄せた。

雨音が、少し遠くなる。


「子どもは親を選べない……」


そう返しながら、メイは手の甲で涙をぬぐった。


「だから、せめて…ちゃんと来世へ送った。

今度こそ、誰にも命を奪われないように」


レオンはその仕草を黙って見つめ、

感情の読めない灰青の瞳を細める。


「……あの少女の魂は無垢だ」


メイが顔を上げた。

雨音の中で、二人の視線が静かに重なる。


「……だから、来世は誰にも何も奪われない。

 たくさん笑って、幸せに暮らせる場所へ転生するさ」


メイは少しだけ笑った。


「輪廻転生の死生観を、

 あなたたちキリスト教徒は持ってないんじゃなかった?」


「そうだな……」


レオンはわずかに視線をそらし、

ふと柔らかく息を吐く。


「ただ――君がそう信じているなら。

 俺も信じてみたい、かもしれない」


「……なによ、それ」


メイはふいと顔を背けた。

けれど、胸の奥の重さは確かに軽くなっていた。





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