願掛けに縛られた武者

迷える魂を送り出すのは、

人間相手より面倒なことがある。


冥府省名古屋支部・黄泉送りのメイは、

今夜も誰かの未練と向き合う。


▼△▼


月末の午前二時。

桶狭間の寺の裏の竹林は、風もないのにざわりと揺れていた。


「……今月もやってきました、

 “月末恒例・大量送魂”」


あくびを噛み殺しつつ、メイは闇に足を踏み入れる。

送魂アプリを起動した、その瞬間。


竹の奥で、鎧の軋む音。


ギ……ギィ……。


月明かりの下へ、ゆっくり姿を現したそれを見て、

メイは小さく舌打ちした。


首のない鎧姿の武者。


胸当てには矢が刺さり、

肩口から黒い霧が漏れている。


だが——首だけが、ない。


「うわ、武将クラス。

 月末のいちばん忙しい日に出ないでよ……」


スマホを構えた、その瞬間。


耳元で、声がした。


「そなた……

 我が姿が視えるのか?」


「ひっ」


思わず肩をすくめて振り返る。


そこに浮いていたのは——

若い男の“首だけ”。


白く曖昧な切り口。

墨のような闇が、煙のように立ちのぼっている。


眉の端正な、二十歳そこそこの青年だった。


「ちょ、近い近い!」


「おお……

 本当に、そなたには我が見えているのだな」


竹林の奥から、

首なしの胴体がのしのし歩み寄り、


むんずと首を掴んで、胴へ乗せる。


「そういう演出いらないってば!」


「演出……?

 今の我が身は、こういう形なのだが」


困ったような表情。

ただし、やたら礼儀正しい。


「黄泉送りの女よ。

 そなたが兵らが噂しておる

 “冥府の使い”か?」


「そうよ。名古屋支部のメイ。

 迅速に送魂させてね」


アプリのシャッターを押す。


すると画面に、赤い文字が浮かぶ。


【ERROR 4444:転送不可】

【理由:願掛けロック】

【備考:対象自身も内容失念】


「……は?」


「……無駄だ。

 そう簡単に成仏できぬのだ」


武者は静かに目を閉じた。


「我は死の間際、

 “願”をかけた。

 だが……内容を思い出せぬ」


「一番大事なとこ忘れちゃったの?」


「悔いと痛みで、

 心がねじ曲がっていたのでな」


竹林を、冷たい風が通り抜ける。


「あなた、名は?」


「今川家臣、朝比奈泰朝」


メイは息をついた。


「で、成仏できない、と」


「うむ。

 ゆえに——そなたと共にあれば

 思い出せるかもしれぬ。

 ついて行くと、今決めた」


「いやああ!!

 同伴出勤やめて!」


「すまぬ。

 我も、もうそろそろ成仏したいのだ」


深々と頭を下げる。

その拍子に、首が傾いた。


「やめて!

 落ちる落ちる!!」


◆ ◆ ◆


メイが事務所の扉を開けた瞬間、

空気が張りつめた。


「メイ!

 お前、何連れてきた!?」


「送魂エラーだったの!」


テツがスマホを構え、

カイが険しい顔をして身構える。


「高位霊……

 クラスA以上?」


部長も、ため息をついて立ち上がった。


「メイちゃん、

 基本、持ち帰りは禁止だよ?」


鎧姿の泰朝は、

場の混乱に静かに礼をした。


「この度はご厄介になる。

 朝比奈泰朝と申す」


「ほら、礼儀正しいし!

 話ぐらい聞いてあげても!」


そのとき、


「ねぇ見て〜!!」


シノが紙袋を掲げて入ってきた。


「岡崎で買ってきた

 “ぴよ丸 和風Ver.”!

 かわいくない?」


金の兜をつけた、

ひよこ型ぬいぐるみ。


それをカウンターに置いた瞬間、

泰朝が小さく呟いた。


「……三河の家紋……?」


ふッ、と姿が消える。


代わりに、

ひよこがぶるっと震え——

ぴょこん、と立ち上がった。


「この身体、

 三河の気配を帯びておる……?」


「ぎゃあああ!!

 憑依した!!」


「かわいい!!」

「高位霊が……ぬいぐるみに……」


部長は頭をかきながら言う。


「……メイちゃん、

 責任とってね?」


「不可抗力ですって!」


ぴよ丸(泰朝)は胸を張った。


「黄泉送りよ。

 そなたの肩に居場所を借りるぞ」


「……地獄よ、名古屋支部……」


◆ ◆ ◆


夜明け前の帰り道。


肩の上のぴよ丸が、

小さく言った。


「……今夜は月が綺麗だな」


「何か思い出せそう?」


すっかりあきらめたメイが尋ねる。


すると、小さな声で泰朝が呟いた。


「……初めてだったのだ。

 ……神仏に願をかけたのが」


「うん?」


声が、少し震えていた。


「敵に押さえつけられ、

 首を落とされるあの瞬間……

 我は確かに“願った”。


 ……だが、その“願い”だけは……

 俺にも思い出せぬ」


「ダメじゃん」


メイは苦笑する。


「だが、

 そなたと共にあれば

 思い出せる気がする」


「はいはい。

 早く思い出して成仏してね」


ふと足元を見ると、

街灯に照らされた影が——


丸いひよこではなく、

首なし武者の影になっていた。


「やめて!

 影だけ本来の姿なの怖いって!」


「すまぬ。

 影は……誤魔化せぬのだ」


泰朝の声が、夜気に溶ける。


その声に呼応するように、

地面の“下”で、


無数の黒い武者達の影が——


ザワリ、と蠢いた。


メイは、気づかない。


足元のアスファルトだけが、

ひんやりと震えていた。


こうしてメイの肩には、

高位武将霊・朝比奈泰朝(ぴよ丸)という

新たな厄介が乗ることになった。


それが騒がしい日々の始まりだと知るのは、

もう少し先のことだ。





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