第2話 他の勉強はやってません
真田は手元の書類をめくりながら、ロッティに向き直った。
「シャーロットさん……ええと、You… study… what?」
片言の英語で、文科省から届いた事前調査書を指しつつ尋ねる。
「Quantum field theory.」
「クォンタム……フィールドセオリー? あの、量子力学の?」
「Yes, 量子力学です」
ロッティはすらすらと続けた。
「I studied quantum field theory and decoherence models.
《量子場理論とデコヒーレンスモデルを研究しました》」
「Also, I worked on entanglement entropy in curved spacetime.
《さらに、曲がった時空におけるエンタングルメント・エントロピーについても取り組みました》」
専門用語が容赦なく飛び出す。真田の顔がみるみる強張っていく。
「Entanglement entropy…? デコ……何だって……?」
「And I also simulated particle tunneling using the Schrödinger equation with a time-dependent potential—
《さらに、時間依存ポテンシャルを持つシュレーディンガー方程式で粒子トンネルのシミュレーションも――》」
「ストップストップ!!」
真田が慌てて手を振り、円城寺が眉をひそめる。
「教頭先生、大丈夫か? 水沢先生を呼んだほうがええんと違うか?」
「だ、だいじょうぶです! だいたい分かりました!」
円城寺の静かな視線に、真田は額にじっとり汗を浮かべていた。
***
「Other… study?
《他の勉強は?》」
真田は苦し紛れに話題を変えた。
「Other subjects? I didn’t study them.
《他の勉強? していません》」
「……してない? なんで?」
「Because it's a waste of time.
《だって、時間の無駄でしょう》」
きっぱり言い切るロッティ。
「……ええっ!?」
真田は思わず円城寺へ助けを求める視線を送る。
円城寺はスマホを取り出し、翻訳アプリを使ってゆっくり語りかけた。
『Charlotte. All knowledge is connected.
《シャーロット、すべての学問はつながっとる》』
『Here, we learn everything. Not just physics.
《ここでは物理だけやなく、全部勉強してもらうんや》』
ロッティは困ったようにまばたきをしたが、
ふとノートに描いた曼荼羅を思い出す。
――Mandala = ψ = Universal Wave Function
「Mandala of knowledge.
《知識の曼荼羅……》」
「I see. Everything is part of the mandala.
《なるほど。すべては曼荼羅の一部なんですね》」
円城寺は満足げに頷いた。
***
ようやく落ち着いた空気の中、真田はスマホを指さした。
「スマホ……ええと、翻訳アプリは……これか……」
「This is important.
《これは大事です》」
「If you have any trouble, tell us. We will help.
《困ったことがあったら何でも言うんだよ。全力でサポートしますからね》」
円城寺がすかさず口を挟む。
「特別扱いはいらん。普通の生徒として接するように」
「で、でも文科省推薦ですし、何かあったら……」
「心配いらん。」
ぴしゃりと言い切られ、真田は口を閉じた。
ロッティは会話の意味がつかめず、ぽかんと二人を見比べる。
真田は小声で円城寺に尋ねた。
「校長、スマホは……どうしましょう。これがないとコミュニケーションが……」
円城寺は腕を組み、うむ、と頷いた。
「それは……まあ、特別扱いじゃな。」
そしてロッティへ微笑む。
『Charlotte, you may use your phone. Special permission.
《シャーロット、携帯は使ってええよ。特別な許可や》』
ロッティの顔がぱっと明るくなった。
Special permission――
After all, I am a scholarship student of the “Mountain Village Project.”
《特別許可……やっぱり私は“山村プロジェクト”の特待生なんだわ》
その小さな誤解は、静かに、しかし確かに根を張り始めていた。
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