量子少女ロッティの青春エンタングル ―― 山村留学で恋も友情も“もつれ”だす!

葉月やすな

第 1 章 誤解から始まるエンタングルメント

第1話 ただの田舎の中学じゃない

N県の山奥――水守みずもり中学校の体育館兼講堂は、秋の朝の光に満ちていた。

全校集会といっても、生徒は二十数人ほどしかいない。


椅子に座った生徒たちは小声でしゃべったり、ぶらぶらと足を揺らしたりしている。

壇上では校長の円城寺えんじょうじ一徹いってつが細い指し棒を構え、

正面の掛け軸を示していた。そこには、やや色あせた曼荼羅図。

幾重にも重なる円と方形、その中に極彩色の仏たちが整然と並んでいる。


「すべての存在は“縁”によってつながっておる。これを“縁起”という」


穏やかだが、妙によく通る声。

だが生徒たちの視線は、校長ではなく別の一点に集中していた。


壇の端――この村にあまりにも不釣り合いな存在。

赤毛の外国人少女が座っていた。


少女は注目など気にも留めず、目を輝かせながらノートを取っている。

そして突然、英語で叫んだ。


「Engi… connection, particles even far apart—entangled!」

《縁起――遠く離れていても粒子は“もつれ合う”!》


「Ah! Quantum entanglement!」

《あぁ、量子もつれ!》


「……え、なんて?」

「エンタメ?」


生徒たちがざわつく中、少女は勢いよく立ち上がった。


「In the mandala, particles connect even far apart!」

《曼荼羅では、遠く離れても粒子がつながっている!》


「The mandala is the quantum field of the universe!」

《曼荼羅は、宇宙の量子場です!》


一瞬、空気が固まる。

しかし円城寺はぽかんとしたあと、愉快そうに笑った。


「おお、“マンダラ・イズ・クオンタムフィールド”とな。なんと見事な比喩じゃ!」


少女は誇らしげに胸を張る。


「Yes! Superposition!」

《はい、重ね合わせ状態です!》


***


「……校長先生、その辺で」


教頭の真田さなだ達夫たつおが咳払いしながら前へ出る。


「転入生の紹介がありますので」


「ああ、そうじゃった」


円城寺は指し棒を置き、ようやく講堂に安堵の空気が戻る。


「本日より、山村留学制度で本校に加わる新しい仲間を紹介します」


真田の声に合わせて、少女が一歩前へ出た。

深呼吸をひとつして、たどたどしい日本語で言う。


「みなさん、コンニチワ。わたしは、シャーロット・グレイス・ハートです。

ロッティ、とよんでください」


体育館がどよめいた。

赤い髪は光を跳ね返し、ヘーゼルの瞳がきらめく。

とびきりの美人というわけではないが、幼さの残るキュートな笑顔。

その笑顔は、まるで異国の光そのものだ。


「I'm from Cambridge, United States.」

《私は、アメリカのケンブリッジから来ました》


英語教師・水沢エリカが慌てて通訳する。


「えっと、アメリカのケンブリッジから来たそうです!」


ロッティは胸を躍らせて、つい早口になる。


「I will be joining a top-secret gifted project!」

《私は、この極秘のギフテッド・プロジェクトに参加します!》


「早や! シークレットギフトって何?」


エリカが一瞬固まり、ロッティを見る。

ロッティはにこっと微笑んだ。


エリカは無理やり笑顔を作り、マイクに向かう。


「えーと……“みなさんに秘密のプレゼントがあります!” だそうです!」


「プレゼント!?」

「マジ!?」

「分かった、マカダミアナッツチョコ!」

「それハワイだろ!」


体育館に笑いが広がる。

ロッティはきょとんとしたまま周囲を見回した。


――Why… is everyone laughing? Did I say something strange?

  《なぜ、みんな笑っているの? 私、変なこと言った?》


***


「楽しい子だね、あの子」

「それに、ちょっとかわいいかも」


笑いの中で、真田がマイクを受け取る。


「ロッティさんのクラス担任は一年の水沢先生です。皆さん、仲良くしてあげてください」


「Nice to meet you, Lottie!」

《よろしくね、ロッティ!》

エリカが手を振る。


「なお、滞在先は体育教師・柴田久美先生のご家庭です」


生徒たちの視線が、一人の背の高い生徒に集まった。


「うわ、マジで翔ん家?!」

「外国の美少女と同居とか、勝ち組すぎ!」


視線を浴びた少年――柴田翔は真っ赤になって俯いた。

久美は苦笑しながら軽く手を挙げる。


ロッティは拍手に包まれながら微笑んだ。

光の中で、赤い髪がきらめく。


――My new world has just begun.

《新しい世界が、いま始まったんだわ》

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