第6話: 歓喜する会社。「神が来るぞ!」俺への扱いは酷いままだが、水面下で破滅の準備は進む(※今のうちに笑ってろ)

『ゼウス』とのコラボ決定から数日。 社内はお祭り騒ぎになっていた。


「おい、垂れ幕の発注はまだか!」 「当日の料理はもっと豪華にしろ! キャビアだ! トリュフだ!」 「社長、メディアからの取材依頼が殺到しています!」


倒産寸前だった会社とは思えないほどの浮かれようだ。 権田社長は連日、マスコミ対応に追われ、「私の経営手腕が認められた」と吹聴して回っている。株価も期待感だけで一時的に上昇していた。


そんな狂乱の影で、俺は一人、山のような段ボール箱と格闘していた。


「おい佐藤! そっちの配線は終わったのか? モタモタするな!」


怒鳴り散らしているのは、現場監督気取りの鬼瓦部長だ。 彼はふんぞり返ってコーヒーを飲みながら、汗だくで機材を搬入する俺を指図している。


「あの……部長。これ、業者に頼まないんですか? 配信機材のセッティングなんて、素人には荷が重いんですが」 「あぁん? 甘ったれんな! 業者は金がかかるだろうが! お前、『担当者』なんだろ? 責任持って全部一人でやれよ」


鬼瓦は鼻で笑う。 要するに、面倒な肉体労働や技術的な作業はすべて俺に丸投げし、自分たちは当日、カメラの前で「ゼウスと対談する役」だけをやるつもりなのだ。


「佐藤くん、これお願いねー」


そこへ、田中先輩が分厚いファイルの束をドンと置いていく。


「これ、当日の進行台本と、社長の挨拶原稿案。あと、予想される質問リストね。今日中に作っといて」 「……これ、田中先輩の仕事ですよね?」 「だーかーらー。僕は当日の『ゼウス様のお出迎え』のシミュレーションで忙しいの! 君みたいな裏方は、黙って雑用やってればいいんだよ」


田中はヘラヘラと笑いながら去っていく。 美咲に至っては、自分のデスクで堂々と、仕事とは無関係なサイトを開いていた。


「ねぇ翔くん。ゼウス様の好みって、清楚系? それともセクシー系?」


画面には、高級ドレスのレンタルサイトが表示されている。 彼女は数万円もする勝負ドレスを物色し、さらには高級エステの予約サイトまでタブで開いていた。


「会社の経費で落ちないかなぁ……『接待費』でいけるわよね? だって私が美しくなることが、一番のゼウス様へのおもてなしだもん」


完全に勘違いしている。 彼女の中では、当日は「会社の創立パーティー」ではなく、「自分とゼウスの婚活パーティー」にすり替わっているようだ。


「……さあな。どっちにしろ、中身が伴ってないと意味ないと思うぞ」 「はぁ? あんたに聞いてないわよ。……あ、この赤のドレス、背中が開いてて素敵! これにしよっと♡」


美咲は俺の皮肉など耳に入らない様子で、クリック一つで高額なドレスを注文した。


俺は従順な社畜のフリをして、黙々と作業を続ける。 深夜になり、社員たちが「前祝いだ!」と飲みに出ていき、オフィスには俺一人だけが残された。


静まり返った社内。 俺は作業の手を止め、ニヤリと口角を上げた。


「……バカな連中だ」


奴らは知らない。 「準備をすべて俺一人に任せる」ということが、どれほど致命的なセキュリティホールになるかを。


「さて、と」


俺は堂々と社長室に入り込み、権田社長のパソコンを起動した。 パスワードなど解析ツールで一発だ。 そして、サーバー室へ行き、メインサーバーに自分のノートPCを直結する。


「『配信環境のテスト』だからな。回線速度のチェックついでに……中身も全部チェックさせてもらうぞ」


俺は手慣れた手つきで、社内の極秘フォルダにアクセスしていく。


『裏帳簿_2023』 『架空請求書データ』 『労働基準監督署_対策マニュアル』


出てくるわ出てくるわ。 粉飾決算の証拠、社員への未払い残業代の隠蔽工作、取引先への不正キックバックの記録。 この会社が「真っ黒」である動かぬ証拠が、宝の山のように眠っていた。


「……鬼瓦のフォルダはこれか」


鬼瓦部長の個人フォルダを開くと、そこにはさらに醜悪なデータがあった。 『接待費』という名目で落とされた、キャバクラや私的な飲食の領収書データ。 そして、美咲との不倫旅行に使ったと思われる、ホテルや旅館の予約履歴まで。


「脇が甘すぎるだろ……」


俺はそれらのデータをすべてコピーし、自分のクラウドサーバーへ転送した。 さらに、会議室、社長室、給湯室……社内の至る所に、超小型の隠しカメラと集音マイクを仕掛けていく。 名目はもちろん「当日の配信トラブル防止のための予備回線設置」だ。


数時間後。 俺はすべての作業を終え、熱いコーヒーを啜った。


準備は整った。 会社の不正データはすべて手に入れた。 社内の会話はすべて盗聴・盗撮できる状態にした。 あとは当日、このスイッチを押すだけで、これらが全世界に発信される。


「精々今のうちに笑ってろよ」


窓の外には、飲み会帰りの鬼瓦たちが千鳥足で歩いているのが見えた。 あの中で一番楽しそうな顔をしている奴から順に、地獄へ落としてやる。


俺は帰り支度を整え、誰もいないオフィスに向かって深く一礼した。


「最高のステージをありがとうございます。……株式会社GDソリューションズ様」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

会社では無能、家では妹に「ダサい社畜」と見下される俺。実は世界を熱狂させる神配信者につき。――俺の信者な妹が正体に気づき土下座してきたが、もう遅い(ついでに元カノとパワハラ上司も破滅させます) 祝日 @iloveholiday

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ