第5話: 「失敗したらクビ」と笑う上司たち。俺は『神』としてその依頼を受けることにした(※地獄への招待状です)

そして、運命の定例会議の日がやってきた。


重役たちがズラリと並ぶ大会議室。 その中央で、俺は晒し者のように立たされていた。


「おい佐藤。一週間経ったが、どうなんだ?」


鬼瓦部長が、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべながら煙草をふかす。 隣には美咲が座り、退屈そうに爪をいじっている。田中先輩に至っては、俺の「退職願」のフォーマットをPCで作成して待機していた。


「まさか、『連絡つかなかったです』なんて言うんじゃないだろうな? 会社はお前にチャンスをやったんだぞ?」 「……」 「黙ってないでなんとか言えよ! 土下座か? 泣いて詫びるか? あぁ!?」


ドッ、と会議室に笑いが起きる。 権田社長も、呆れたように鼻を鳴らした。


「もういい、鬼瓦。時間の無駄だ。佐藤、お前は今日付で――」 「――アポ、取れましたよ」


俺は静かに、その言葉を口にした。


一瞬、会議室の時が止まる。 全員がポカンと口を開け、俺を見た。


「……は? 今、なんて言った?」 「ですから、ゼウス氏とのアポが取れました。コラボ依頼、受けてくれるそうです」


俺は手元のタブレットを操作し、プロジェクターに「あるメール画面」を投影した。 それは昨夜、俺が自宅のPCから会社のサーバー宛に送っておいたメールだ。


件名:『株式会社GDソリューションズ様 コラボ案件の件』 差出人:ZEUS_Official


『株式会社GDソリューションズ 代表取締役社長 権田 剛造 様


拝啓


貴社の佐藤翔氏より熱烈なオファーを頂き、心を動かされました。 創立記念パーティーでのコラボ配信の件、お引き受けいたします』


その文面がスクリーンに映し出された瞬間。 静まり返っていた会議室が、爆発したような騒ぎになった。


「な、なんだとォォォッ!?」 「ゼ、ゼウスから返信が来た!? しかも承諾!?」 「おいマジかよ! あのゼウスだぞ!?」


権田社長が椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、スクリーンに食い入る。 鬼瓦部長は目玉が飛び出そうなほど驚き、美咲は「きゃあっ!」と悲鳴を上げて口元を押さえた。


「う、嘘よ……! ゼウス様が来るの!? 私の会社に!?」 「す、すげぇ……。すげぇぞこれは! 世紀のスクープだ!」


興奮する重役たち。 鬼瓦部長は、信じられないという顔で俺を睨みつけた。


「お、おい佐藤! これ本物なんだろうな!? 偽造したらタダじゃ済まんぞ!」 「本物ですよ。あちらのアドレスを確認してください。公式チャンネルに記載されているものと同じです」 「ぐっ……! ま、まさかお前ごときが……」


鬼瓦は悔しそうに歯噛みしたが、すぐに「ハッ」と思いついたように表情を変え、社長に向き直った。


「しゃ、社長! やりましたね! 私の指導のおかげです! 私が佐藤の尻を叩いて、必死に営業させた成果が出ましたよ!」


……呆れた。 さっきまで俺をクビにしようとしていたくせに、成功した途端に自分の手柄か。 田中先輩も慌てて便乗する。


「そ、そうですよ! 僕も佐藤くんには常々、粘り強い交渉術を教えてましたからねぇ! いやー、育てた部下が活躍すると鼻が高いなぁ!」


掌返しもここまで来ると芸術的だ。 社長は上機嫌で、「よし! でかしたぞ鬼瓦、田中!」と二人を称賛している。俺のことなど眼中にない。


「ただし、条件があります」


俺は冷静に言葉を継いだ。 浮かれる彼らに、冷や水を浴びせるように。


「ゼウス氏から、コラボにあたって3つの条件が提示されています」


俺はスクリーンを切り替えた。


【条件1】配信は創立記念パーティー会場からの「完全生中継」とすること。

【条件2】事前の打ち合わせは一切なし。当日、ぶっつけ本番でリアルなリアクションを撮りたい。

【条件3】当日の進行・対応は、すべて担当者である「佐藤翔」に一任すること。


「……なんだこの条件は? 打ち合わせなしか?」 「はい。ゼウス氏は『予定調和』を嫌います。ありのままの企業の姿を、世界に発信したいとのことです」


社長は少し考え込んだが、すぐに欲望に目がくらんだ顔で頷いた。


「いいだろう! 『GDソリューションズ』の素晴らしいパーティーを見せつけてやればいいだけの話だ! ガハハハ! これで我が社の株価はうなぎ登りだぞ!」


「ありがとうございます。では、そのように返信しておきます」


俺は深く頭を下げた。 顔を上げると、美咲が頬を紅潮させて俺――いや、俺の背後にある「ゼウス」の存在を見ていた。 鬼瓦部長は「当日は俺が一番目立つようにしろよ!」と喚いている。


……ああ、滑稽だ。 お前らが喜んで承諾したその条件は、すべてお前らを逃がさないための『檻』だとも知らずに。


【完全生中継】――編集での隠蔽は不可能。

【打ち合わせなし】――不測の事態に対応できない。

【俺に一任】――誰にも止められない。


「それじゃあ、楽しみにしててくださいね」


俺は小さく呟いた。 地獄のパーティーの招待状は、たった今、受理された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る