会社では無能、家では妹に「ダサい社畜」と見下される俺。実は世界を熱狂させる神配信者につき。――俺の信者な妹が正体に気づき土下座してきたが、もう遅い(ついでに元カノとパワハラ上司も破滅させます)
第3話: 妹の裏表。「お兄ちゃんの為に(涙)」と嘘泣きで稼いだスパチャを、俺から巻き上げる(※投げ銭したの俺だぞ)
第3話: 妹の裏表。「お兄ちゃんの為に(涙)」と嘘泣きで稼いだスパチャを、俺から巻き上げる(※投げ銭したの俺だぞ)
会社で無理難題を押し付けられたその夜。 重い足取りでアパートに帰ると、リビングから甘ったるい声が聞こえてきた。
「……ううん、大丈夫だよみんな。お兄ちゃんね、会社ですごく虐められてるみたいなの……」
妹の莉奈だ。また配信をしているらしい。 俺は音を立てないように靴を脱ぎ、そっと廊下からリビングを覗き込む。
そこには、フリフリのルームウェアに身を包み、少し目を潤ませてカメラを見つめる「天使のような妹」がいた。
「今日もね、上司に怒鳴られて帰ってくると思うの。お兄ちゃん、要領悪いから……。でも、私にとってたった一人のお兄ちゃんだもん。私が支えてあげなきゃ……!」
『莉奈ちゃん優しすぎ!』 『なんて健気なんだ……全米が泣いた』 『クソ兄貴、莉奈ちゃんに感謝しろよな!』
流れるコメント欄は、莉奈への称賛と、俺への罵倒で埋め尽くされている。 莉奈の配信スタイルはこれだ。「ダメな兄を健気に支えるブラコン妹」というキャラ設定。 俺を「かわいそうな弱者」としてコンテンツ化し、視聴者の保護欲を刺激して金を稼ぐ。
俺は自室に入り、スマホを取り出す。 裏垢で莉奈の配信ページを開く。 画面の中の莉奈は、今にも泣き出しそうな顔で訴えていた。
「あーあ……。今日もお兄ちゃんに美味しいご飯食べさせてあげたいけど、今月ちょっとピンチで……。私の服とか我慢すればいいんだけどね……」
出た。乞食ムーブだ。 俺は無表情のまま、画面の右下にある「¥マーク」をタップする。 アカウント名は『ジュピター』。 金額は上限の50,000円。 メッセージ欄に『兄貴に美味いもん食わせてやれよ!』と打ち込み、送信ボタンを押した。
ピロンッ♪ 派手な効果音と共に、画面に真っ赤な帯――通称『赤スパ』が表示される。
「えっ!? 『ジュピター』さん、赤スパありがとうございますぅ!! ご、5万!? えええっ!? こ、こんなに!? 本当にいいんですかぁ!?」
莉奈がオーバーリアクションで口元を押さえる。
「ありがとうございます! これでお兄ちゃんにお肉買ってあげられます! ジュピターさん、大好きっ♡」
画面の向こうでハートマークを作る妹。 俺は鼻で笑い、そっとスマホを閉じた。
ジュピター。それはローマ神話における主神の名前であり、ギリシャ神話の『ゼウス』と同一の存在だ。 「お前の崇拝するゼウスとおなじ
その直後だ。
「――はい、今日の配信おわりー。おつかれっしたー」
リビングから聞こえてきた声は、先ほどまでの鈴が転がるような美声ではない。 ドスの効いた、地を這うような低い声。
ドスドスと乱暴な足音が近づいてきて、俺の部屋のドアがバーン! と蹴り開けられた。
「おい、帰ってんだろ? 陰キャ」
そこに立っていたのは、腕を組み、冷ややかな目で俺を見下ろす莉奈だった。 さっきまでの潤んだ瞳はどこへやら。今は獲物を狩るハイエナのような目をしている。
「お、おかえり莉奈……」 「『おかえり』じゃねーよ。あんたがコソコソ帰ってくる音入ったらどうすんの? 放送事故になるでしょ」
莉奈は舌打ちをすると、俺の目の前に右手を突き出した。
「で、金」 「え……?」 「とぼけんなよ。今月の生活費、まだ入れてないでしょ? 3万」
俺はため息をつきながら財布を取り出す。 この家は親の遺産で俺名義だが、生活費は折半というルールだ。だが莉奈は「私はインフルエンサーとして衣装代がかかる」という謎の理屈で、ほとんど金を入れない。
「……ほら、3万」 「チッ、しっけー財布。……あーあ、マジで兄ガチャ外れすぎ。もっと稼げる兄貴なら、私も楽できるのに」
莉奈は俺から毟り取った3万円を雑にポケットに突っ込むと、急にニタニタと下卑た笑みを浮かべた。
「ま、いいけどねー。さっきさ、また『ジュピター』のバカから5万も投げ銭きちゃったしw」
スマホの画面を俺に見せびらかしてくる。 そこには、さっき俺が投げた赤スパの履歴があった。
「見てよこれ。チョロくない? ちょっと『お兄ちゃんの為』って泣き真似しただけで5万だよ? この人、毎回いいタイミングで投げてくれるんだよねー。名前カッコつけてるけど、どうせ寂しい独身のジジイでしょw」
「……俺をダシにして稼いだんなら、少しは俺に還元してくれないのか?」 「はぁ? 何言ってんの? あんたなんかに使うわけないじゃん。これ全部、私の新しいバッグ代に消えるに決まってんでしょ」
莉奈はケラケラと笑う。
「あー、マジでウケる。私が心の中で舌出してるのも知らないで、ジュピターさんマジ神~♡ とか言ってりゃ金出すんだから。マジでいいATMだわ」
莉奈は上機嫌で鼻歌を歌いながら、部屋を出て行こうとする。 去り際に、くるりと振り返って冷たく言い放った。
「あ、夕飯は自分の分、自分で買ってきてね。あんたの顔見てると飯が不味くなるから」
バタン! とドアが閉められる。
部屋に静寂が戻る。 俺はゆっくりと息を吐き、再びスマホの画面を見た。 そこには、『ジュピター』――つまり俺のアカウント情報が表示されている。
莉奈よ。 お前が「バカ」だの「ATM」だのと見下しているその男は、今お前が金を巻き上げた、この俺だ。
そしてお前は知らない。 お前が最も崇拝する『ゼウス』と、最も馬鹿にしている『ジュピター』が、同一人物だということを。
「……ま、せいぜい今のうちに贅沢しておけよ」
俺が手を引けば、お前のそのちっぽけな城なんて、一瞬で砂上の楼閣のように崩れ去るんだからな。
俺は防音室の機材に電源を入れる。 さて、今日も『ゼウス』の時間だ。 会社の連中も、妹も、俺の手のひらの上で踊っているとも知らずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます