第二話 死んで辿り着いたのは
「うわああ!?まじで死んだあああ!!?」
叫び声をあげながら飛び起きた私は、ベッドのスプリングを激しく軋ませた。
「…って、あれ…?」
おかしい。
死んだはずの私の心臓がめちゃくちゃバクバクいっている。
なんでだ、あの時確かに大型トラックに潰されて…と混乱する。
しかし辺りを見渡せば、そこは天国でも地獄でもなく、見知らぬありふれた寝室だった。
「し、死んでない…私、生きてる…」
弾けそうな心臓に手を当てて安堵する。
これが俗に言う夢オチというやつか。
死んでないにしても、こんなの絶対寿命が縮まりそうだから、金輪際見たくない。
しかしなかなかにリアルな夢だった。
あの場面が何度も頭をよぎって冷や汗が出る。
30年近い人生でトラックになんか轢かれたこともないのに、あの肉を潰されながら内臓と骨が砕かれる感じが妙に生々しかった。
ああ、確かにこんな感じだろうなと納得してしまう程、鮮明なビジョンだった。
そのせいで両手のひらを見れば、恐怖からか震えが止まらない。
とにかく落ち着かせるため、数回深呼吸をする。
空っぽな肺に生暖かい空気が充満する感覚に、改めて生きてることを実感する。
生きてるだけで丸儲けってこういう事なんだろうな。
神様、命の大切さを教えてくれてありがとう。
私は今日から心を入れ替えて真人間になります。
そう心の中で神に改めて感謝した。
さて…改心したはいいけど、さっきからずっと右側の視界が悪いというか、見えないんだが。
気になって触ってみると、ガーゼのような柔らかな質感が手に伝わる。
これもしかして眼帯?
あれ、昨日私、眼帯なんかつけてたっけ?
とりあえず外そう…ってあれ、瞼が全然開かないんだけど。
最悪、こんなのつけて寝るから目やにでくっついちゃったよ。
はあ…顔洗ってスッキリさせよう。
いや、それよりもまず第一優先で考えるべきなのは…。
「…やっべえ、まじでここどこ?」
辺りを見渡せば、どう目を凝らしたって私の自室じゃない。
それどころかインテリアを見るに、同性の部屋でない事は一目瞭然だ。
つまりここは知らん男の部屋で、私は知らん男のベッドで悪夢を見ていたというわけだ。
てことはあのバーを出た後、意識も曖昧なまま行きずりの男に着いて行ったのだろう。
もしかしてこの眼帯もプレイの一環だったりして。
なんつうしょうもない性癖だ。
いやそれはそんな男に着いて行った私も同類か。
やっぱりお酒は貞操観念すらもバグらせるんだな。
お金も相当使っちゃったし、しばらくは淑女として謙虚堅実に生きていこう。
そしてもうお酒はやめよう、うん…いややっぱ週に一度にしよう。ほら、いきなりの断酒はストレスだしね。
あーあ、そういって結局飲んじゃうのが私なんだよな。
典型的な自分に激甘なヤバ女だよほんと。
とりあえず不幸中の幸いか、隣に男の姿はない。
荷物はリビングに置いてるのだろうか。
さっさと取りに行って鉢会う前にずらかろう。
こちとらワンナイト男に愛着なんぞないし。
ぐしゃぐしゃになった布団を整える事もせず、少し固めのマットレスを這って床に降りた。
するとベッドの上では感じなかった違和感が私を襲う。
あれ…なんかこの部屋変じゃない?
天井が高い…というか家具やら部屋の扉ごとでかい。
なんなのこの歪な部屋。
おかしい、まるで自分が小さくなったような…。
嫌な予感に駆られた私は寝室を飛び出し、忙しない跫音をたてながら向かった先は洗面所。
すぐ隣の風呂場からはシャワーを流す音が聞こえ、すりガラスには人の肌色が薄ら色づく。
もし男が不意に出てきてしまったら全裸を見てしまうという、少年漫画の主人公顔負けのラッキースケベに遭遇してしまうだろうが、そんな状況を気にする余裕なんかなかった。
壁の様に聳え立つ洗面台を見上げる。
案の定立ったままでは自分の姿が映らない。
躊躇なく洗面台の縁に手をかけ、身を乗り上げた。
そしてようやく鏡に映し出された自分の姿を見て、ありえない光景に絶句する。
そこに映るのは就学児にも満たないような幼い女の子。
しかも自分の幼少期ですらない見ず知らずの子どもの姿だったのだ。
不気味なことに閉ざされた瞼には、謎の白い印が刻まれていた。
まさか…と恐る恐る片手を縁から離し、片足を縁に乗せてバランスをとりながら、右目の白い印に手を添える。すると同じように鏡の中の幼女も自分の印に手を添えた。
次に口を大きく開けてみると、幼女も同じように口を大きく開ける。
指で豚鼻にしてみたり、左目であっかんべーをしてみたりしても、幼女は私と全く同じポーズを取る。
嘘でしょ…嘘でしょ嘘でしょ!?
私、知らん女の子になっちゃってるんですが!!?
訳のわからない状況に左目をひん剥き、口をあんぐり開ける。
その間抜けな顔を鏡越しに見る自分。
さすがにおかしい。
車に轢かれたかと思えば夢オチで…かと思えば、今度は厨二病全開なキャラデザをした赤の他人に成り変わってるなんて。
「夢だ…これは絶対夢!!そう…絶対そう、私はまだ夢の世界にいるままなんだ!!」
現実味がない現状に私の脳みそコンピュータはオーバーヒート寸前だ。
だから夢以外に納得できる原因が思いつかないのだ。
それか…一つだけ心当たりがある。
リアリティが0どころかマイナスな事象を…。
トラックに轢かれて死に、目覚めたら異世界で、他人に成り変わってたというまさに典型的な流れと言えば…そう、あれしかない。
「…転生?」
思わず声に出てしまった。
あ、これネットで見たわ、とはまさしくこの事だったのか。
あーはいはいそういうことね。うん納得。
うんうん、私は女だから将来は悪役令嬢確定だな。
ファビュラスな学園でファビュラスな王子に婚約破棄されるんでしょ。
ほんで追放された先で敵国の皇帝に見初められるか、辺境に追いやられても意に返さず「おーほほほ!!スローライフですわー!!!あれ、なんか前世の知識駆使したら妖精さんと仲良くなって民を救って伝説の賢者に惚れられてしまいましたわ!!」的な感じでしょ?
うんうん悪くないな。じゃあ第二の人生楽しむか!!!
「って、んなわけねえだろ!!!」
思わず自分でツッコミを入れてしまった。
男がまだシャワー中だったと気づき、途端に恥ずかしくなり、口を手で抑える。
ないない、流石にそれは妄想が痛すぎるよ自分。一旦冷静になれ。
泥酔時の悪夢にしてもタチが悪すぎる。
別に夢を見るのは嫌いじゃないし、明晰夢というものには少し興味がある。
けれど今じゃない。こちとら失恋真っ只中のデリケートレディーなんだ。
今楽しくても目覚めた時の虚無感の方がしんどいんだよ。
私の多寡が外れる前にとにかくこの夢から離脱せねば。
洗面台から降りた私は、片手で自分の頬を叩いてみる。
幼子の柔らかい頬からぺちんという可愛らしい音が聞こえた。
よし、これで目が覚めるはず…。
「あれ…?」
おかしい、まだ夢の中だ。
一発じゃ足りなかったか。
ならばもう一発。
ペチン!!
再び幼女のデリケートな肌を嬲る。
…が、よだれを垂らしながら寝てるであろう自分の体にはまだ戻れない。
ペチン!!
…醒めない。
ペチン!!
…起きない。
ペチン!!
ペチン!!
ペチン!!
いやいやいや、全然夢から脱出できないんだが!?
というか痛い。現実と同じように自分の頬がじんじんと熱を帯びている気がする。
夢って普通は痛みなんか感じないんじゃないの?
ここまでして起きない私もどうかしてるよ。
自分だけ気持ちよく寝やがって、帰ったら覚えとけよ私。
どうにかして起きる術を捻り出そうとしていると、バスルームから聞こえていたシャワーの音が止んだ。
あ、まずい。このままじゃガチで全裸の男と鉢合わせになってしまう。
たとえ夢だろうと流石に気まずい。
抜き足差し足でその場を離れ、靴も履かずに玄関を出る。
扉にもたれかかりながらしゃがみ、ため息を一つついた。
ああもうどうしよう。そもそも夢なんて滅多に見ないし、見たところで忘れてるから、夢から醒める方法なんか知らない。
いっそもう一回死んでみる?なーんて…。
「…あ!!」
そうか!!そうじゃん死ねばいいんじゃん!!
立ち上がった私は柵に手をかけ、無理矢理よじ登った。
そう、うたた寝をしてる時にたまに見るあの高いところから落ちる夢。
独特の浮遊感に驚いて飛び起きた経験が何回もある。
意地で高い柵の上へ登り、腰掛けて足をぶら下げる。
吹き抜ける熱波と劈く蝉の声が、一層リアリティを醸し出してて気持ち悪い。
そっと下を見る。恐らくここは10階辺りだろうか、低い建物の屋根が丸見えだ。
こういう時に限って夢ってリアルすぎるんだよなまったく。
だがこれなら絶対に起きられそうだ。
それにトラックに潰される夢を経験した私にとって、こんなの恐れるものではない。
あの浮遊感に身構えながら、覚悟を決める。
じゃあなグッバイ私の悪夢!!
柵を思いきり足で蹴り、宙に身を投げた。
行き場を失った私の体は引力に引かれてぐんぐん下に落ちていく。
夢で何度も体感した浮遊感が一気に押し寄せる。
よし、これで地面に激突する前に目覚めれば!!
そう期待して空に身を任せる。
しかし…
「あれ、なんでだろ、全然目が醒めない…」
どれだけ待ち侘びても浮遊感が無くならないのだ。
それどころか私はどんどん地面に近づいていく。
そこでようやく悟った。
え、これもしかして
「夢じゃない!?」
そう叫んだ時にはすでにアスファルトは私の眼前だった。
ここから回避する方法なんかあるわけがない。
私に残された方法は、死を受け入れることのみ。
やばい…また死ぬ!!!
恐怖で反射的に目を瞑る。
瞼の裏に浮かぶあの死に様はまるで走馬灯のよう。
神様は本当に皮肉なやつだ。
また私は潰れたトマトの様に内臓をぶち撒けて死ぬんだ。
ああグッバイ世界。
しかし重力によって全身を潰される寸前、自分の体が少しだけ、強めに引っ張られるように上昇した。
そして加速していた私の体は時が止まったようにぴたりと止まる。
いきなりの出来事に驚き目を開けると、私は真上から堅そうなアスファルトを見下ろしていた。
その距離、わずか1メートルと言ったところか。
「大丈夫?」
すると混乱している私の頭上から、男の声が聞こえた。
空の様に透き通った耳障りのいい声に、なんとなく既視感を覚えて顔を上げる。
「ごめんね、気づくの遅くなって。痛いところはない?」
そこには私の背中を手のひらに引き寄せて微笑む面のいい男が、地の導きに反するかの様に浮いていた。
そこでふと思う。
あれ、私この人のこと知ってる気がすると。
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