第3話
復興はまず、雨風を凌げる家を作り上げることから始まった。
建築の知識がある人の数分グループをつくり、壊滅的な被害を受けた沿岸の方から建築が始まった。
サキハル、リオル、ミオは数時間に一度くじらに海水をやる。
研究所から持ってきた巨大な水汲みポンプで海水の雨を降らせると、くじらは長めのホイッスル音を発した。
その他の時間、サキハルはくじらの研究。
リオルはリシアをはじめとした行方不明者の捜索。ミオは配給班で動いていた。
着実に復興を始める島に反して、くじらはどんどん元気を無くしていった。
海水を浴びれば少しは元気になるようだが、またすぐに悲しそうな声を上げる。
「なんだか歌ってるみたい」
「聞いてると心がキュッってするよね」
生き残った人々の耳に馴染んでいったくじらの声は、彼らにとって徐々に形を変えていった。
「すみません。時間なのでクジラのとこに行ってきます。」
「わかった。いってらっしゃい。」
夕飯の準備に勤しむ仲間たちを後ろに、ミオはくじらの元へ急いだ。
くじらはいつもと変わらずそこに居た。
ミオはポンプの電源を入れると、音のする方にくじらの目が動く。
ミオは脚立に登り、溢れ出てくる海水をくじらにかける。
くじらは目を閉じ、気持ちよさそうに浴びる。
くじらのホイッスル音が旋律を成す。
「...泣いてるの?」
ミオの小さな呟きは届かず、くじらは歌い続ける。
「ごめんね。...もう少しの辛抱だよ。きっと。」
ミオは海水に濡れたくじらの肌を優しく撫でる。
数日後。ミオがサキハルに食事を届けにいくとサキハルは床に倒れるように眠っていた。
「...サキハルさん」
その光景にミオは驚かない。
なぜなら、くじらが現れる前からサキハルは変態的探究心により、よく眠ることを忘れていたからだ。
ミオは食事をサキハルの顔の前に置き、体を揺さぶる。
サキハルの鼻がひくひくと動く。
「サキハルさーん。ご飯ですよ。」
その言葉に「ご飯!」と飛び起きる。
「いやー、ありがとうミオちゃん。」
「ちゃんと寝てよね。一瞬びっくりするんだから。」
サキハルは照れくさそうに頭を掻く。
「そうだ!一つわかったことがあるよ」
「なに?」
サキハルは目の前の焼き魚に手を合わせる。
「あの子。おそらく子供だね。」
「....子供」
「そう。魚の幼体の特徴でもあるヒレの形でもしやとは思ってたんだけど、組織分析をしたら思った通り。まだ幼体だ。いただきまーす!」
焼き魚にがっつくサキハル。
「...あんなに大きいのに。まだ子供なんだね。」
すると、誰かが階段を駆け上がってくる。
2人は部屋の入り口を見つめ、誰が来るのかを待つ。そこに現れたのは息を切らしたリオルだった。
「どうしたの?」
口に魚を含んだサキハルの代わりにミオが尋ねる。
「...くじらに、誰かが傷をつけたみたいだ」
「んぐっ...なんだって!?」
サキハルは慌てて魚を飲み込むとすぐに研究所を飛び出す。
リオルはそれを追う。
ミオは床に置かれたままの食事を机の上に移し、後を追った。
くじらの身体の右側。
刃物で切り付けられたかのような新しい傷がいくつもできていた。
「ああっ、なんてことをっ!リオル君、すぐに海水で洗い流してあげて!」
「わかった」
リオルは急いで給水ポンプ用のバッテリーを取りに行く。
「酷い...」
ミオは傷の近く、綺麗な肌を撫でると、くじらは悲しそうに歌う。
サキハルは傷をまじまじと観察し、程度を測る。
「よかった。そこまで深くは無いみたいだ。」
サキハルの言葉に胸を撫で下ろすミオ。
給水ポンプを運んできたリオルがすぐに海水を傷口に当てると、くじらは歌うのをやめて目を閉じる。
「一体誰が...」
「無理もない。こいつに恨みを持つ奴は、まだまだ沢山いるはずだ。」
ミオの呟きにリオルが答える。
「このまま放っておいても、この子は衰弱死してしまうっていうのに...」
サキハルの言葉は、ミオが発するのに迷っていた言葉を引き出させた。
「...ねえサキハルさん。この子、海に返せないかな。」
「うーん、返してあげたいのは山々だけど、この巨体をどうやって...」
サキハルは腕を組み考え込む。
ミオも黙ってくじらを見上げる。
「...そういえば、資料庫って無事だったのか?」
ノヴァ島の資料庫は、サキハルの研究所の隣にあった。娯楽向け図書の他、数少ないが戦争前後の資料。そしてノヴァ島建設にあたっての資料が保管されていたらしい。
「ああ。一部は流されてしまったらしいが、幸いほとんどの資料は無事らしい。」
「その中に、ノヴァ島の構造図があるかもしれない。」
サキハルは思い出すように顎に手を当てる。
「確か、そういう貴重な資料は2階以上にあったはずだから恐らく無事だよ。でも、どうして急に構造図を?」
ミオとサキハルの視線がリオルに向けられる。
「くじらのいる範囲、海に沈められないか?」
リオルの言葉に2人は目を丸くする。
「なるほど...急いで資料を漁ろう!」
サキハルはあっという間に走り出してしまった。
ミオとリオルは目を合わせて苦笑いをする。
「なんだか今日は走ってばっかりだね。」
「ははっ、そうだな」
リオルがポンプを止めると、2人は資料庫に向かった。
「あったよ!!こっちこっち!」
リオルとミオが資料庫に着くや否や、サキハルはキラキラした表情で2人を呼ぶ。
「これ見て!」
無傷で済んでいたその資料は、様々な角度から島を輪切りにした構造図が数ページにわたって描かれていた。
「ここがちょうどくじらが居る場所。」
サキハルは該当箇所を指でぐるっと示す。
「建設時に使われた"排水用トンネル"が張り巡らされてる。あのくじらの座礁によって、あの場所の地下は脆くなってるかもしれない。」
サキハルの指が少し中央に移動する。
「ちょうどここ。マンホールで排水用トンネルと繋がってる。ここを埋めてこのマンホールよりも内陸側に海水が入ってこないようにする。」
「なるほど」
ミオはそう呟いたリオルの顔をチラ見し、わかったふりではない事を確信すると、眉をしかめ理解しようと勤しむ。
そんなミオの様子に気づいたリオルは優しく笑い、わかるように説明しなおす。
「つまり、ここの内部構造が脆くなっていれば、役目を終えて塞がれている排水用トンネルのバルブを開け、海水を流し込むことで故意に地盤沈下を起こすことができるってことだな。」
ミオはやっと理解した表情をみせる。
「ようし、さっそく海に入って現状を...」
また走り出そうとするサキハルをリオルとミオが止める。
「今日はやめとけ。もう暗くなる。」
サキハルは窓の外に目をやると、空がオレンジに染まっていた。
「夜の配給が来る前に、食べ損なった朝食片付けちゃいなよ。」
ミオの言葉に、空腹を思い出したサキハルは冷めた魚に無我夢中で喰らい付いた。
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