第2話
2人は小さな島を歩いた。
歩いて回ると、被害の甚大さが浮き彫りになった。
平地に建てられていた建物はほぼ全滅。
少し高台に建てられていた発電所等のインフラ設備は、ある程度形は保たれてはいるが、復旧にはかなり時間がかかりそうだ。
島中で被害者の捜索が進められているが、運び出されるのは殆ど遺体やその一部。
生きながら救助されるケースはほとんどないように思えた。
リオルの怪我もあるため、2人のリシア捜索はなかなか進まない。
「他の人に任せて、リオルは休んだ方が...」
最初のうちは何度もそう伝えたミオだったが、リオルが聞く耳を持たないため、そのうち言わなくなった。
その代わりに、いかに早めに、こまめに休ませるか、そう誘導するようになった。
「ねえリオル。今日はそろそろ休まない?もう暗くなるよ。」
「...そうだな」
リオルは振り返り、遠くに見えるくじらを見つめる。
ミオはそれを横目に焚き火の準備をする。
捜索しながら拾い集めた、乾いた木材や海藻を並べる。
リオルは一息つくと地べたに座り、足のテーピングを変える。
火がつくと、かき集めてきた非常食をリオルに渡す。
「ありがとう」
2人は焚き火を囲むと、非常食を口にする。
「....食料的に、明日折り返さないといけないよ。」
「....そうか」
捜索を始めて2日目が終わろうとしている。
島中は潮といろんな匂いが混じり合い、不思議な匂いが充満しているが、その匂いももう慣れに霞んでいる。
くじらが発しているであろう、空気を劈く口笛のような音が時々聞こえてくる。
「ここまで聞こえてくるんだな。」
「あれはホイッスル音って言うんだって。」
「ホイッスル音...」
ミオはブランケットをリオルに掛ける。
リオルが小さく「ありがとう」と呟くと、ミオは焚き火の反対側に戻り、ブランケットを被る。
「彼らの、会話方法みたい」
「そうか」
ミオとリオルはくじらの方を見る。もうすっかり夜を迎えた、光のない島では、流石に遠方のくじらは見えない。
「...なんだか悲しそう」
「そうか。俺にはまるで嘲笑っているように聞こえるな。」
そう吐き捨てると、リオルは焚き火に背中を向ける。
「今日は先に寝ていいか?眠くなったら起こしてくれ。」
「うん。数時間後に起こすね。」
「ありがとう。おやすみ」
「おやすみなさい」
返事をすると、ミオはまたくじらの方を見つめた。
そうして、何の収穫もないまま5日ほどの捜索を終え、サキハルの研究所へ帰還した。
「気は済んだか?リオル」
サキハルは、リオルのテーピングを巻き直しながら問う。
リオルは無言で、サキハルの手を見つめている。
「私、回収場みてくるね。」
「気をつけて」
リオルは黙ったままだった。
簡易テントがいくつも張られた海岸沿い。
「ミオちゃん」
郵便局の局長エルゴが手を挙げる。
ミオは軽く会釈をし、駆け寄る。
「あの...リシアを探していて...」
「そうか、リシアちゃん...最近見かけないと思ってたが...」
エルゴはミオの言葉から察して悲しそうな顔をすると、遺体等が並べられているテントの方を見る。
ミオも視線を移す。
「今の所、リシアちゃんとわかるものはここには無いが.... 」
「....見てもいいですか?」
ミオの言葉にエルゴはぎょっとする。
「おすすめはしないが....キツくなったらやめるんだぞ。」
エルゴはミオの肩をポンポンと叩く。
「はい、ありがとうございます。」
ミオはそう呟くと、端から順に布を軽く剥がし、覗いて確認していく。
「....いたか?」
「いえ....多分いないです」
ミオが多分と付けざるを得なかったのは、完全な遺体が少なかったからである。
「にしても、ミオちゃんこういうの平気なんだなあ。俺も最近は慣れたが...最初のうちはどうも」
「...昔、サスペンス小説とかよく読んでたので、多少は。
ありがとうございました。」
ミオはぺこりと頭を下げる。
「もし、リシアちゃんかどうか確認して欲しい時は連絡するよ。研究所でいいか?」
「はい。よろしくお願いします。」
お互いに軽く会釈をすると、ミオは研究所へ戻っていった。
「...どうだった」
恐らくサキハルに無理やり寝かせられたであろうリオルが、ベットの上で呟く。
腕で目元が隠れており、表情まではミオにはわからなかった。
「...いなかった。」
「そうか。....よかった」
最後、消え入りそうな声で囁かれた言葉。ミオは聞こえないふりをした。
くじらが現れてから一週間。
粗方、被害者の捜索は目処が立ち、生き残った10〜20代によって復興に向けての話し合いが行われていた。
「まずはあのくじらをどうにかしなければいけない」
「まだ生きてるのか?」
「そろそろ死ぬんじゃ」
「いや、依然生体反応はあるし、声に変化も見られないから、恐らくまだしばらくはあのままでも生き続けると思うよ。」
サキハルの言葉は沈黙をつくった。
「殺そう」
そう呟いた若者に視線が集まる。
「あいつのせいで、俺たちの島はこんなになっちまったんだ。この恨み、どこに向ければいい!?」
強く握った拳は震えていた。
「私も...あいつのせいで家族を失った。許せない...」
"殺そう"といった意見を持った者から本音が押し出される。
ミオはちらりとリオルの表情を見ると、リオルは神妙な顔で一点を見つめていた。
くじらの声がここまで響いてくる。
「あの声...逸れた仲間を探してるのかな」
ミオの独り言のような言葉に、皆が耳を傾けた。
「ははっ。まるで、俺たちみたいだな。」
リオルは少し笑いながら、悲しそうに答える。
リオルとリシアの事はみんな知ってる。
10年ほど前、両親が病気で他界してから2人がどのようにして生きてきたのか。
2人はどれだけ仲が良かったのか。
リオルは今どんな気持ちでリシアを探しているのか。
みんな知っていた。
「俺は助けたい。あのくじらを。」
反対派の数人が複雑な表情をみせる。
「ありがとう。リオル君。」
サキハルは安心した顔で頭を下げる。
少しの沈黙の後、ミオが軽く手を挙げる。
「私も、助けたい。」
「...俺も」「私も」
大体7割の人の手が挙がる。
「ありがとう、みんな。」
思った数以上の賛同を得たサキハルはさっきよりも深く頭を下げる。
ほとんどの人が家族や友人を亡くしている。
リオルのように、自分とくじらを重ねているのだろう。
「もちろん。助けたくない人はこちらに手を貸さなくていい。ただ、故意に傷つけることはやめて欲しい。僕も注意深く観察する。もし何か不安な予兆があればその時は...殺処分すると約束しよう。」
「...わかった」
反対派の数人も、サキハルの言葉に渋々ではあるが了承した。
「そうしたら、僕とリオル君、ミオちゃんで1日に数回くじらに水を与えよう。」
「わかった」
2人は頷く。
「くじらについて意見は別れるが、最終目標はみんな同じだと信じてる。島の復興を進めよう。俺たちで。ノヴァ島を取り戻すぞ。」
リオルの言葉に、くじら擁護派も反対派も強く肯定の声を上げた。
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