2時限目 夫婦との距離 全編
二時間目の授業が始まった。
教科は国語だ。
いつもなら、長ったらしい文章の内容を延々と聞かされるだけの苦行。
正直、眠気との戦いになることも少なくない。
――だが、今日は違った。
なんと、グループワークで「詩」を作るらしい。
クラスメイトたちは歓喜した。
あの地獄のように長い文章を聞かずに済み、
友達としゃべりながら授業ができる。
喜ばない理由がない。
だが、俺にとっては――。
「ねぇ、どんな詩を作る?」
(なんでそんなに目が輝いてるんですかねぇ!)
前の席から、目をキラキラさせながら聞いてくる妻がいる。
そのせいで、このグループワークを素直に喜ぶ気にはなれなかった。
「ハハッ、適当に作ろうぜ」
どうせ俺に、いい詩が作れる気がしない。
だから、適当でいい。
「適当に作るって……成績に響いちゃうよ?」
「俺自身の問題だろ。関係ない」
「いや、関係あるよ。だって今回の評価……」
そこで、教師の声が教室に響いた。
『今回の課題は、いい作品を作るために、評価は夫婦単位でつけるからな』
(……何っ!?)
夫婦単位――それは政府が定めた制度の一つ。
夫婦仲の良さを測り、また改善するためのプログラムだ。
無論、建前上は成績とは別扱い。
だが実際は、大学入試にも影響する。
実質、成績と変わらないと言っていい。
(なっ、なんでや……!)
仲の良い夫婦や、友達みたいな関係なら問題ない。
だが――仲が悪い、もしくは俺みたいな関係にとっては。
これは、完全に地獄だった。
「だから〜、ね!
私たちの“愛の作品”、作ろうね!
ん〜、そうだなぁ……
こんなのとか、こんな感じはどう?」
「ん、あー……それでいいんじゃね? 適当に」
俺はもう、心底どうでもよくなってきていた。
成績のことを盾に、言葉巧みに迫ってくる妻を前にしては、
抵抗する気力すら残っていない。
(どうせ、ロクな目に遭わないしな)
それに――
(今回の課題は、まだ優しいほうだ。個人制作の発表だからな)
(協力して一作品、じゃなくて本当によかったぜ)
「おい翔、現実逃避すんなよ」
前の席から、振り返ってきたのは悠馬だった。
「夫婦で詩を作るって聞いてるのに、適当はないだろ」
「お前には関係ないだろ」
「あるに決まってんだろ。クラスの代表みたいなもんなんだから」
(なんでこいつが説教役なんだよ)
「それにさ」
悠馬はニヤニヤしながら、俺の隣をちらりと見る。
「お前、生徒会だろ? しかも莉央と一緒の」
(余計なこと言うな……!)
「あ、ちょっと悠馬」
今度は隣の席から、落ち着いた声が飛んできた。
「翔くん、ちゃんとしてくれないと困るんだけど」
(……恵!)
恵は生徒会の副会長で、
莉央と同じく“政府の制度に従っている側”の人間だ。
そして――前の席でこちらを煽ってきた悠馬の、婚約者でもある。
「今回は夫婦単位で評価がつくでしょ?
翔くんと莉央が生徒会として適当なことしたら、示しがつかないよ」
生徒会人としてしっかりしてよと、そう訴えられている。
「そうそう!」
と、即座に食いつく妻。
「生徒会夫婦なんだから、ちゃんと“愛”を見せないと!」
(誰がそんな役割を引き受けたんだよ……)
俺は視線を逸らしながら、小さくため息をついた。
(……くそ。立場が悪すぎる)
生徒会でもない悠馬に煽られ、
生徒会の恵に正論で詰められ、
そして――妻には満面の笑みで包囲される。
(これ、俺に拒否権あるのか?)
答えは、たぶん最初から決まっていた。
「ふふん♪」
上機嫌な妻を尻目に、俺の気分はどん底へ落ちていく。
「はぁ、わかったよ」
(適当がダメなら……せめて、まともな俳句にしないと)
そう考え、俺は頭をフル回転させた。
詩の提出まで残り五分。
それまでに、“三人分の合格”を手に入れなければならない。
(今回の課題のジャンルは、教科書に沿った内容だ)
感傷的な青年が、婚約者のいる女性に激しい恋をして、
その想いが報われないまま社会にも馴染めず、
絶望の末に――自殺へと至る。
いわゆる“重たい青春小説”というやつだ。
(……いや重すぎだろ)
正直に言って、この話を今の時代設定でやるのはどうかしている。
だってここ、好きな相手が平然と結婚している世界だぞ?
(婚約者がいる相手に恋しました?
はい残念、社会的にアウトです、ってか)
下手すりゃ思想が危険扱いされかねない。
最悪の場合、「制度に対する不満あり」とかで目をつけられる。
(常に背後を気にしながら生きる恋愛小説とか、誰得だよ……)
こんな内容、
「青春」どころか「監視社会ホラー」じゃないか。
(……この課題、持ってきちゃいけないやつだろ)
そう思いながらも、思考の半分を持っていかれた状態で、
俺はいくつか詩の案を考え始めた。
浮かんでは消え、消えては浮かぶ言葉たち。
それらをとりあえずノートに書き留めていく。
……で。
さて、妻はどんな詩を書いているのだろうか。
(どうせ、変なこと書いてるに決まってる)
そう確信しながら、俺はそっと妻のノートを覗き込んだ。
そこに書かれていたのは――
【愛したい
我の気持ち 裏腹に
あなたの気持ち 知らないふり】
「……」
一瞬、言葉を失う。
課題で求められているジャンルには、
これ以上ないほど合致していた。
(いや、完成度高くない?
なんでそんなピンポイントで刺してくるんだよ……)
俺は静かにノートから視線を逸らした。
あまりの完成度に、内心かなり焦る。
(これで……いいのか?)
妻の作品を見た瞬間、
自分が書いていた詩に、急激に自信が持てなくなっていた。
(……でも、これで行くしかないな)
「こんな感じでいいか?」
そう言って、俺が差し出したのは――
【叶わぬと
知りつつ恋に 身を焦がし
理性を越えて 心果てゆく】
(……我ながら、いい出来じゃないか。
さて、みんなの反応は――)
「いいじゃねぇか」
「翔くん、意外といいもの作れるのね」
悠馬と恵が、素直な感想を口にする。
(まぁ、一人ほど若干上から目線なやつがいる気もするが……)
俺は軽く肩をすくめつつ、最後の一人へと視線を向けた。
(さて。問題は――妻だ)
まだ一言もコメントしていないのは、篠原莉央だけ。
いつもなら、
「さすが私の夫!」だの、
「やっぱり翔くん天才だね!」だの、
大げさなくらい褒めちぎってくるはずなのに。
少し間を置いてから、妻は首をかしげ――
「あ、うん。いいんじゃない?」
(……は?)
思わず、心の中で声が漏れた。
なんだその歯切れの悪い反応。
なんで首をかしげてるんだ。
いつもなら全力で持ち上げてくる妻が、
ここまであっさりしているのは、正直予想外だった。
(……まあ、いつものノリがないのは楽だけど)
(微妙な反応されると、されるで、ちょっと悲しいんだが)
そんな妻を尻目に、俺は同じ生徒会の恵の発表に耳を傾けた。
「私は、こんな感じに書きました」
そう言って恵が差し出したノートには、端正な文字でこう記されていた。
【世に合わず
純なる心 傷を負い
愛と理想に 溺れて沈む】
……これも、かなり課題に沿った作品だ。
「これはね」
恵は少しだけ視線を上げ、落ち着いた口調で続ける。
「さっき翔が発表した作品と違って、
恋愛そのものだけじゃなくて、
社会の価値観や常識に適応できない若者の苦悩――
そして、理想を強く信じるがゆえの孤独を表現したつもり」
(なるほど……)
説明を聞いて、素直に納得してしまった。
感情だけでなく、“社会”という枠まで含めて描いている。
(やっぱり副会長は伊達じゃないな……)
「ものすごくいい作品だなぁ」
俺が素直にそう口にすると、
「だろ!? そうだよなぁ、いい作品だよな! 流石、愛しの嫁!」
なぜか悠馬が、我がことのように胸を張った。
「……なんでお前が喜ぶんだよ」
思わずツッコミを入れると、悠馬は照れくさそうに頭をかく。
どうやら、
婚約者である恵の作品を褒められて舞い上がっているだけらしい。
まあ、それもそうか。
誰だって、大切な人が褒められて悪い気分になるはずがない。
むしろ、自分のことのように嬉しくなるものだ。
「もう、そんなに褒めても――」
そう言いながら、恵は一歩前に出る。
「グーパンチしか出ないよ? 悠馬」
声は柔らかく、表情は笑顔。
だがその笑顔には、少しだけ圧があった。
「えぇ!? なんで!?」
悠馬が素っ頓狂な声を上げる。
理由は、単純だった。
「あんたね……距離、近すぎ」
「ぐぁっ!」
鈍い音とともに、悠馬が前のめりに崩れ落ちる。
鈍い音とともに、悠馬が前のめりに崩れ落ちる。
それを見て、周囲から小さなどよめきと笑い声が上がる。
(……なるほど)
(恵さんって、ああ見えてちゃんと線引きするタイプなんだな)
理知的で落ち着いている副会長。
その印象に、ほんの少しだけ人間味のある危うさが加わった瞬間だった。
(それに比べて――)
俺は、無意識のうちに隣の席を見る。
そこには、
まったく線を引く気配のない、
俺の妻・篠原莉央がいた。
にこにこと、いつも通りの距離ゼロで。
(……同じ「嫁」でも、こうも違うのか)
そう思った瞬間、
なぜか背筋に、ひやりとした空気が走り、思わず身震いした。
俺、悠馬、恵――三人の発表が終わり、残るは妻だけ。
教室の視線が、ゆっくりと隣へ集まっていく。
(……頼むぞ)
今までなら、
「変なの出して場を凍らせないか」
「俺まで巻き添えで恥ずかしくならないか」
そんな心配で胃が痛くなるところだが――
(さっき、ちらっと見えた限りでは……割と真面目に書いてたよな)
そう、自分に言い聞かせる。
(変なのに書き換えてないよな?
提出直前に思いつきで爆弾投下とか、やめてくれよ……)
そんな俺の祈りを知ってか知らずか、
妻はすっと前に出て、いつもより少しだけ大人しい声で言った。
「……私は、これです」
黒板の前で読み上げられた作品は――
【愛したい
我の気持ち 裏腹に
あなたの気持ち 知らないふり】
……。
さっき、俺がチラ見したものと、まったく同じだった。
(……あ、変えてない)
それだけで、心の底から安堵する自分がいる。
(よかった……少なくとも、愛してはいない)
(……班内の発表も終わったし、このあとは先生のまとめでも聞く流れか)
そう思って、俺は少しだけ気を抜いた。
すると――
「はーい。ではこれから、夫婦で一作品作ってくださいねー」
(――――!!?)
脳内で、警報が鳴り響いた。
隣の席の嫁からラブコールが飛んでくる klam @klam_12
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。隣の席の嫁からラブコールが飛んでくるの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます