隣の席の嫁からラブコールが飛んでくる

klam

1時間目 夫婦


時は2030年。

日本では少子高齢化が限界まで進み、ついに経済は崩壊寸前へと追い込まれた。

政府は焦りのあまり、次々と極端な政策を打ち出していく。


結婚年齢の引き下げ -十八歳から十五歳へ。

高校生同士の結婚の義務化。

ただし、子どもをもうけるのは二十歳を超えてから。


当然、社会には大きな衝撃が走った。

「結婚なんかしたくない」と訴える学生は全国で増えたが、国会ではその声はあっさり退けられる。


その結果、学生たちの間では“形式婚”が急速に広まった。

結婚相手もいない学生がよく使うシステムだ

名前だけの結婚。形だけの夫婦。

感情も関係も伴わない、距離のある安全な関係。


-本来なら、俺と妻もそのはずだった。


***


俺の名は片桐翔。高校一年生だ。

ここは都内でも指折りの進学校で、中学からの持ち上がりも多い。

勉強はそこそこ、友達もいて、青春だって -まぁ、普通にやっている。

彼女なんてものはおらず順風満帆に過ごしていた


だが一つだけ、深刻な悩みがある。


それは、隣の席の篠原莉央。

俺の -形式上の妻だ。


形式婚。

ただ籍を入れただけ。普通なら淡白な関係。

仲の良い夫婦もいれば、お話すらしない夫婦もいる

なのに。


「おはよう、翔くん♡ 今日も隣、座っていい?」


……いや、隣はお前の席だろ。


朝一番から飛んでくるこのテンションのラブコール。

俺の妻は全力で愛してくる

形式婚って、もっと事務的なんじゃなかったのか?


なのに、篠原莉央だけはやたらと距離が近い。


「ねぇ、あれ? おはようのキスは……?」


教室中の視線が一斉に刺さる。

他の人から見られる興味の目

物珍しそうに見てくる


「するか! しないからな!」


篠原にとっては予想外だったのか

体をのけぞりながら驚きながら聞く


「えっ!? なんで!?」


本気で驚いてる顔。

待て、なんで驚く側なんだよ。


「いや、何が『えっ!?』だよ……」


ついツッコミが漏れる。

やはり俺の妻はどこかずれている

そんな妻といる学校生活いやこの生活は特に疲れる

俺が呆れて視線をそらすと、篠原莉央はぷくっと頬を膨らませた。

その様子に、まわりのクラスメイトたちもザワつきはじめる。


「片桐夫妻仲良いな」

「今日も片桐夫婦、朝から熱いな〜」

「形式婚って聞いてたのに、めっちゃ仲良くね?」


クラスメイトが皆ざわざわする

いつものことのように外野が沸く


「いや仲良くねえからな!?」


そう叫ぶ、そして皆笑うここまでがテンプレだ

(嫌なルーティンでもついてしまったよ)


朝からいつものことをし席につくと


「教科書出すね♡」


ハートマークを出しているかのような言い方と仕草を見せる

そういいながら体を寄せる腕と腕が絡まりながら俺の教科書をとろうとする


「いいよ、自分でやるよ」

「いい?まかせるって 了解!」

どこを聞いたらそうなるのか

妻の脳は都合良い感じに変換されているらしい

「まてまてそんなこと言ってない」


俺が慌てて否定すると、篠原莉央は「ふふん」と得意げに笑いながら、俺の机の上に自分の教科書とノートを並べはじめた。


いや、だから勝手に並べるな。


「翔くん、今日の数学の小テスト対策、一緒にやろうね♡」


「……なんで当然のように夫婦でやろうとするんだよ」


「え? だって夫婦だもん。サポートは大事だよ? ね、翔くん?」


きらきらした目で見上げてくる。

その視線を受けて、俺は思わず後ろの席に逃げたくなる衝動に駆られた。


だが逃げ道はない。

なぜなら――


「片桐、後ろ向くな。授業始めるぞー」


担任が教室に入ってきたからだ。


くそ、タイミングが悪い。


「はいはーい先生! 私たち夫婦、今日も仲良くやってまーす!」


「いや報告いらんから!?」


クラスがどっと笑う。


あぁ、これだ。

これが俺の毎朝恒例の羞恥プレイである。


俺は天を仰いだ。


(なんで形式婚しただけで、こんなに懐かれてんだ……?)


形式婚なんて、ただ法律を満たすための形だけの関係のはずだ。

普通、距離はある。冷めている。関わらない。


なのに、篠原莉央はその真逆。


距離ゼロ。


ここまで来ると疑問しかない。


なんでこんなに懐かれてるんだ?

俺、何かしたか?


……いや、何もしていない。

……はずだ。


そんなことを考えつつ、授業を受け始めた。


「ねぇ。ちょっと」


いつも通り無視。

反応したら負けだ。


「あの、ちょっと」


これも無視。

視界の端で、"妻"篠原莉央が頬を膨らませているのが分かる。


「消しゴム落ちてたよ」


無視しようと思ったが無視できなかった

消しゴムは授業中でもっとの必要なもの一つだ

(落としてたかなぁ)

そうおもいながら隣をみると

「ん?」


差し出されたのは、”妻の名前が入った”消しゴムだった。


俺は一瞬フリーズした

目の前には俺の消しゴムある一見普通にみえるがなまえが入っていた


ふとあることを思い出し筆箱の中身を見ると消しゴムがなかった

始まって数分消しゴムを使ってなかったということは


(にまぁ)


どうやら盗られていたらしい、その上消しゴムに立派に名前を刻んでいる


(う、うぜぇぇぇぇ……何が“にまぁ”だよお前)


皆さんも聞いたことがあるだろう“消しゴムに名前を書いて、誰にも気づかれずに使い切れたらその相手と付き合える”という、

学生間の都市伝説みたいなやつ。


それを“妻”が、行い堂々と俺に向けて見せてくる。


おいおい……これ、完全に狙ってるだろ。

これでもし他の人に見つかったら、

俺が妻のことを愛していると誤解されてしまう。


それだけは絶対に避けたい。


かといって、消しゴムを一切使わないでこの時間を乗り切るなど無理だ。

なら どうするか。


俺はそっとシャーペンの後ろのキャップを外し、

そこについている極小の付属消しゴムを取り出した。


(これなら……)


だがこの“おまけ消しゴム”は、シャー芯の蓋も兼ねている。

使いすぎれば根元が削れ、キャップとしての役目を果たさなくなる。


つまり――このシャーペンの寿命を削りながら

俺は書き間違えた公式を、必死にこすっていた。


(……本当に、なんで俺がこんな苦労してんだよ)


カリ……カリ……と小さな音が響くたび、

隣の席から視線を感じる。


ちらりと横を見ると――


莉央が、肘をついてこちらをじーっと見ていた。


にっこりと微笑んで。

まるでお疲れ様と言っているかのように。


(お前……絶対わざとだろ)


実際、ペンの後ろの小さな消しゴムで消す姿なんて、

どう見ても“消しゴムを忘れてきたやつ”だ。


はっきり言って、かなり恥ずかしい。

できれば誰にも見られたくない行為だ。

かといってあの消しゴムを使うのは誤解を生む可能性が高いのでもっとヤダ


(くそ、俺は絶対にその消しゴムをつかわないぞ)

そう心で誓った

そして -。


使いすぎて角が消えたその付属消しゴムを眺めて、俺はとうとう諦めた。

仕方なく、机の上の“妻の名前入り消しゴム”に手を伸ばす。


(……あれ?)

さっきと違う何かが

よく見ると、


俺の名前が書かれている。

しかも――


篠原莉央 × 片桐翔


ちょっとしたデザイン文字で、

しっかり“相合傘”になっていた。


(ふざけんな……!)


恥ずかしさが倍増するどころではない。

もはや拷問レベルの消しゴムが完成していた。


隣を見ると目を輝かせてこちらを見ていた

(お前その目、どんな目なんだよ)


(俺はこの消しゴムを使わざる負えないのか)

俺はその後の授業のあいだ、

羞恥心と、“誰かに見られたら終わりだ”という恐怖に挟まれ続けた。


そして一時間目が終わった瞬間――


「翔くん、ねえねえ――」


隣から声が飛ぶよりも早く、

俺は椅子をガタッと引いて立ち上がった。


向かう先は、校舎一階の購買。


そう、さっき妻に仕込まれた相合傘消しゴムから逃れるために、

俺は購買へと向かった。

目の前の商品棚をみる

(……なけなしの金がぁ)


財布を軽く叩きながら、心の中で涙を流す。

よりによって、在庫がそれしかなかったのか──定価より少し高い“高級消しゴム”しか残っていない。


それでも背に腹は代えられない。

あの相合傘消しゴムを使い続けるぐらいなら、

財政が崩壊してでもこの場で買うしかない。


覚悟を決めてレジに置き、購入ボタンを押す。


そして俺は購買を後にした。

教室に戻り、自分の席を見ると、俺の席で妻が寝ていた。

俺はすぐに駆け寄り、声をかける。


「おい、なんで俺の席で寝てんだよ」


そこで寝られると困るため、俺は妻の体を揺さぶり、起こそうとした。


「うにゅ、あ、おはよう翔君♡」


はたから見れば微笑ましい光景だが、俺にとっては羞恥そのものだ。


「なにがおはようだよ。なんで俺の席なんだよ」


俺は理由を問いながら、妻を元の席へ戻そうと近づく。


「翔君の席、寝やすいんだよ。日当たりとか」


(嘘だろ、絶対)

俺の席は廊下側で、窓側の妻の席より条件は悪い。

寝やすいはずがない。


「授業が始まるから、どいてくれない?」


少し苛立ちを込めて言うと、


「うーん、じゃあ席交換しよっか!」


と、妻は当然のように言い出した。


「……は?」

俺にとっては至極当然の反応だ。


愛する者同士ならあり得るのかもしれないが、

俺と妻の関係では普通しない。


「よし、じゃあ教科書っと」


そう言って自分の机に手を伸ばす妻を、俺は慌てて止めようとする。

その様子を見て、周囲のクラスメイトは、


「相変わらず仲いいね~」

「いい夫妻よね~」


と、温かい目を向けていた。


(はぁ~俺がなんてこんなことをしないといけないんだ)

そう考える翔であった

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