再会の兆し
それは、風に乗って届いた。
2月21日、朝。 島の空は久しぶりに晴れていた。 爆撃の音は遠のき、海も穏やかだった。 だが、杉本の胸の中には、まだ重いものが残っていた。
田所の消息は、依然として不明だった。 南の入り江に向かった彼が、無事に島を離れられたのか―― 誰も知らなかった。
「……せめて、何か手がかりがあれば」
杉本は、塔跡のそばで日誌を閉じた。 そのときだった。
「スギモトさん!」
リリナが駆けてきた。 手には、何かを握っている。
「浜に……これが流れ着いてたの!」
彼女が差し出したのは、濡れた布に包まれた小さな缶だった。 軍用の防水通信缶。 表面には、かすかに文字が刻まれていた。
「……田所一等兵曹」
杉本の手が震えた。 急いで缶を開けると、中には短い手紙と、数枚の写真が入っていた。
「杉本へ この記録が届いているなら、俺はまだ生きてる。 舟は途中で座礁したが、なんとか別の島に流れ着いた。 ここには民間人がいて、しばらく匿ってもらってる。 記録は無事だ。 お前の写真も、日誌も、全部ある。 いつか、また会おう。 そのときは、笑って写真を撮ってくれ。 ――田所」
杉本は、手紙を胸に抱きしめた。 涙が、頬を伝った。
「……生きてた」
リリナも、そっと杉本の肩に手を置いた。
「よかった……!」
「ええ。 彼は、記録を守ってくれた。 命を懸けて、ちゃんと届けようとしてくれた」
杉本は、缶の中の写真を取り出した。 そこには、見覚えのある風景が写っていた。 小さな入り江、椰子の木、そして―― 笑顔でピースサインをする田所の姿。
「……本当に、しぶとい人だ」
杉本は、笑った。 それは、久しぶりの、心からの笑顔だった。
「この写真、現像して、日誌に貼ります。 彼が生きていた証として。 そして、記録が生き延びた証として」
リリナは、そっと頷いた。
「わたしも、見たい。 あなたが撮った写真、全部」
「もちろん。 君も、そこに写ってるから」
その日、杉本は日誌にこう記した。
「2月21日、午前。 田所一等兵曹より通信缶到着。 内容:生存報告、記録の無事、再会の約束。 写真数枚添付。 記録は、海を越えて届いた。 記録は、生きていた」
空は青く、風は穏やかだった。 その風が、どこか遠くの島から吹いてきたように感じられた。
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