崩れる塔

通信塔が、悲鳴を上げた。


爆音が空を裂いた直後、塔の上部に閃光が走った。 次の瞬間、激しい衝撃が地面を揺らし、屋上の床が軋んだ。 杉本はカメラを抱えたまま、膝をついた。


「直撃……!」


田所が叫ぶ。 塔の一部が崩れ、階段の手すりが吹き飛んだ。 鉄骨がきしみ、壁がひび割れ、瓦礫が雨のように降り注ぐ。


「リリナ、下がれ!」


杉本は立ち上がり、階段の方へ駆け寄った。 リリナは呆然と立ち尽くしていたが、杉本の声に我に返り、階段を駆け下りた。


「田所さん、避難を!」


「お前こそ早く行け! 俺は後で――」


そのとき、塔の上部が大きく傾いだ。 鉄骨が軋み、屋根の一部が崩れ落ちる。


「くそっ、間に合わねえ!」


田所が杉本を突き飛ばすように階段へ押し出した。 ふたりは転がるように階段を駆け下り、瓦礫の音が背後で爆ぜた。


「リリナは!?」


「下にいる! 急げ!」


塔の一階にたどり着いたとき、空気はすでに粉塵と煙で満ちていた。 リリナは壁際に身を寄せ、咳き込みながら杉本たちを見上げていた。


「無事か!?」


「うん……でも、外が……!」


外に出ると、塔の上部が完全に崩れ落ちていた。 アンテナは折れ、屋根は潰れ、かつての“記録の拠点”は、瓦礫の山と化していた。


杉本は、崩れた塔を見上げ、呆然と立ち尽くした。 そこには、彼の記録があった。 写真、日誌、現像液、フィルム――すべてが、あの中に。


「……全部、失った」


彼は、膝をついた。 カメラだけが、胸の中に残っていた。 だが、それ以外は、何もかもが瓦礫の下だ。


「杉本……」


田所が、そっと肩に手を置いた。


「まだ終わっちゃいねえよ。  お前、あの夜、何か埋めてただろ。  あれ、残ってんじゃねえのか?」


杉本は、はっと顔を上げた。


「……箱。  塔の裏手。  まだ、間に合うかもしれない」


ふたりは、煙の中をかき分けて塔の裏手へ回り込んだ。 地面は爆風でえぐれ、土がめくれ上がっていたが、目印にしていた椰子の木はまだ立っていた。


「ここだ……!」


杉本は素手で土を掘り返した。 指先が泥にまみれ、爪が割れても、彼は止まらなかった。


やがて、木箱の角が見えた。


「……あった!」


彼は箱を引き上げ、布を剥がした。 中の写真も日誌も、少し湿っていたが、無事だった。


「残ってた……!」


その瞬間、杉本の目に涙が浮かんだ。 それは、安堵と、悔しさと、そして――希望の涙だった。


「お前、やっぱり記録係だな」


田所が笑った。 その笑顔は、泥と血にまみれていたが、どこまでも優しかった。


「これがあれば、俺たちがここにいたってこと、ちゃんと残る。  誰かが、いつか見る。  それで十分だろ」


杉本は、深く頷いた。


「……はい。  これが、俺の戦いです」


そのとき、リリナがそっと近づいてきた。 彼女の手には、瓦礫の中から拾った小さな紙片が握られていた。


「これ……あなたの?」


杉本が受け取ると、それは破れた日誌の一部だった。 そこには、こう書かれていた。


「記録は、命と同じ重さを持つ」


彼は、そっとそれを箱に戻した。


「ありがとう、リリナ。  君が拾ってくれたおかげで、またひとつ、残せたよ」


空はまだ灰色だった。 だが、遠くの水平線の向こうに、わずかに光が差し始めていた。

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