山城大尉の命令
「記録を、すべて破棄しろ」
その言葉に、杉本は耳を疑った。
通信塔に戻った杉本を待っていたのは、山城大尉だった。 制服は埃にまみれ、額にはうっすらと血がにじんでいた。 だが、その目はいつも通り冷静で、鋼のように硬かった。
「敵の空襲は、まだ続く。 このままでは、基地の情報が敵の手に渡る可能性がある。 よって、記録物――写真、日誌、通信記録、すべてを焼却処分とする。 命令だ」
杉本は、言葉を失った。
「……それは、記録係としての任務を否定することになります」
「任務よりも、軍の機密保持が優先される。 お前の記録は、貴重だ。だが、それが敵に渡れば、命取りになる」
「……敵に渡さなければいい。 保管場所を変えれば――」
「杉本」
山城の声が低くなった。
「これは命令だ。 私情を挟むな。 お前の“記録”が、誰かの命を奪うかもしれない。 それでも残すというのか?」
杉本は、拳を握りしめた。 胸の中で、何かが軋んでいた。
(俺の記録は、誰かの命を奪うのか? それとも、誰かの命を“証明する”ものなのか?)
彼は、ゆっくりと口を開いた。
「……焼却命令、了解しました。 ですが、少しだけ時間をください。 整理して、まとめてから処分します」
山城は、しばらく杉本を見つめていた。 やがて、静かに頷いた。
「いいだろう。だが、明朝までだ。 それを過ぎれば、私が直接処分する」
そう言い残し、山城は去っていった。
杉本は、無線室に戻り、ロッカーを開けた。 中には、これまで撮りためた写真、日誌、そしてリリナの手紙が収められていた。
彼は、ひとつひとつを手に取り、目を通した。 田所の笑顔。 燃える港。 リリナの横顔。 弟の手紙を読む田所の背中。 そして、誰もいない浜辺に残された足跡。
(これを、焼けというのか)
彼は、日誌の最後のページにこう記した。
「山城大尉より、記録焼却命令。 理由:機密保持のため。 記録者の判断により、一部を退避。 記録は、命と同じ重さを持つ。 それを、俺は信じる」
夜の通信塔に、再び爆音が響いた。 だが、杉本の手は、迷わず動いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます