爆音の朝

空が、裂けた。


午前四時三十二分。 杉本は、通信塔の寝台で目を覚ました。 夢を見ていた。 音のない夢だった。 空が赤く染まり、誰も声を出さない。 ただ、風だけが吹いていた。


だが、現実は違った。


「……爆音?」


最初は、遠くで雷が鳴っているのかと思った。 だが、すぐに違うとわかった。 空気が震えていた。 壁が軋み、窓ガラスが微かに揺れている。


「これは……」


彼は跳ね起き、無線室へ駆け込んだ。 ヘッドホンを耳に当てる。 だが、そこにあったのは、激しいノイズと断続的な混信だけだった。


「通信妨害……!」


そのとき、外から轟音が響いた。 爆撃音。 近い。


杉本は塔の外へ飛び出した。 空が、赤く染まっていた。 東の空から、無数の点が迫ってくる。 編隊を組んだ米軍機。 その数は、見渡す限り、空を埋め尽くしていた。


「……始まった」


彼は、カメラを構えた。 震える手で、シャッターを切る。 爆音の中、ファインダー越しに見えるのは、炎を上げる格納庫、逃げ惑う兵士たち、そして――


「杉本! こっちだ!」


田所の声が聞こえた。 彼は防空壕の入り口から手を振っている。


「早くしろ! ここはもう危ねえ!」


杉本は、もう一度だけ空を見上げた。 その瞬間、爆風が塔の上部を吹き飛ばした。 破片が降り注ぎ、地面が揺れる。


「……っ!」


彼はカメラを胸に抱え、田所のもとへ駆け込んだ。 防空壕の中は、すでに数人の兵士でいっぱいだった。 誰もが顔を伏せ、耳を塞いでいる。


「無事か?」


「……はい。ギリギリでした」


田所は、額に血をにじませながらも、笑っていた。


「ったく、写真なんか撮ってんじゃねえよ。  命がいくつあっても足りねえぞ」


「……すみません。でも、撮らなきゃって思って」


「お前は変わらねえな。  でも、そういう奴がいてもいいのかもな。  誰かが、見てなきゃいけねえんだよ、こういうのは」


爆音が、再び地上を揺らす。 地面が跳ね、土が舞い上がる。 誰かが小さく悲鳴を上げた。


杉本は、カメラを抱いたまま、目を閉じた。 耳の奥で、爆撃機のエンジン音が渦を巻く。 だが、その中でも、彼の心は静かだった。


(これを、記録する。  誰かに伝えるために。  ここで、何が起きたのかを)


その決意だけが、彼を支えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る