第7話 たった一つの母ちゃんとの約束
第7話 たった一つの母ちゃんとの約束
(The Promise My Mother Left Behind)
『 追憶の太陽 』が、長い影法師を引きながら砂漠の果てに沈んでいく。
ーーーその時、
龍の神殿では、フィリムのツノが小さく震えて
光り出し一定の方向を示していた。
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「………!」
「アルテナ、フィリムがあっちのほうで……
『 なにか 』がよんでるって……言ってる。」
その方向を指差してノエマが言う。
アルテナその言葉になぜか心がひどくざわめき出すのを感じた。
「……え?おっ、おお!そしたらまた……」
「行かなきゃだよなっ!」
「……アルテナ?」
そして、二人と一匹はすでに夜になろうとしているのにもかかわらず、龍の神殿を飛び出して
初めてフィリムと出会った砂丘の向こう側へと、再び歩き出していた。
ーーーーーーーーー
フィリムを抱き抱えたノエマが先頭を歩く。
「フィー!」
アルテナの表情は影になって見えなかったが、フィリムのその声には確かに遅れて反応した。
そして、そこにあったのはーー
そこに本来なら在るべきではなかった
『 巨石 』に押し潰された建物の残骸だった。
だがそれは、ただの瓦礫などではなかった。
「石?!でっか!どっかからいきなり落っこちて来たみたいだな。」
「だけどここがなんだっていうんだよ……
『 巨大石 』しかねーじゃん。」
「アルテナ、ここからなかに入れる……みたい。」
「フィーっ!」
少女はフィリムを抱えて巨石の隙間からその内側へと、おそるおそる足を踏み入れる。
少年は気が進まなそうにその後を追って、急に耳の奥が熱くなってめまいがした。
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内部はまるで外観のイメージとは違っていて。そこは崩れることなく存在していた『 普通の木造の小さな家の中 』だった。
「!?どうなってんだよ……これ……」
「しんじられない……」
「フィー!」
小さい暖炉には薪の燃えた跡がそのまま放置されている。小さな手作りの『 木製の作業机 』。『 子ども用の工具セット 』。
『 作りかけの木製の惑星模型 』。『 星と宇宙のオーナメント 』。『 大きな黒い鍋 』と、『 大雑把に重ねられた食器に調理器具 』。
家全体を支えている大きな柱には、『 背丈が刻まれた跡 』が何本も付いている。
そして丁寧に綺麗な布に包まれて、子ども用の作業机に置かれていたのは『小さな組み木細工の箱 』。
ノエマが先にその違和感に気付いて言う。
「……ここ、まだあったかい。」
「ついさっきまで、だれかがいたみたい……」
一方でアルテナは何かに引き寄せられるように、『 子ども用の小さな作業机 』の前に立った。
机の天板の右端には雑に名前が掘ってあって。
それをなぞった瞬間ーー
……シャラン……ザアァッッッ!
シャアアアーーーーーー!!!
全身の肌が粟立ち、アルテナの頭の中で砂が一気に流れるような音がして心が一斉にざわつき始める。
「待てよここ……」 声が震える。
「おれは……なんで知ってんだ?……」
ノエマはそっとアルテナに近づいたが、その不安そうな横顔をただ見つめることしか出来なかった。
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しばらくして、アルテナはおもむろにダイニングテーブルに置かれていた『 埃まみれの端末 』を持ち上げると、端末に光がパッと
「「………!!」」
二人は目を見張った。
とたんに薄い光がゆらめいて、低い天井から螺旋上にホログラムがゆっくりと形成されていく。
そしてそこに現れたのは、『 優しく穏やかな表情を浮かべる女の人 』だった。
その女の人を見た時、なぜだかアルテナは懐かしさを覚えた。
〈 現実を知り、それでも希望を捨てない強くて温かい眼差し。カチューシャをした大きくカールした碧い髪。焦茶色の穏やかな瞳。〉
アルテナの足はガタガタと震え、堪え切れずにその場に両膝をついた。すると、ホログラムが話し始めたーー
『んー……あーあー……。』
『なにこれ、ほんとにちゃんと撮れてんの?』
『…………』
『……コホンっ!』
『アルテナ。これを見てるってことは……あんたがまた
『アッハッハ〜!』
『それはとっても『 良いこと 』だね。何はともあれ、おかえり。わが息子よ(笑)』
『……きゃーーー!これ、一度言ってみたかったやつ〜』
その声は、めちゃくちゃバカみたいで。
身振り手振りも雑で大雑把過ぎる。でも、そこ抜けに明るくって、そんであったかくて、強くて真っ直ぐで。やっぱりむちゃくちゃうるさくって。
おれが嘘つくといつも鬼みたいに怒るくせに、なんだかんだで最後にはいっつもやさしくて。でもなんかそれが、妙にくすぐったくて。
夢中で朝から夜中までず〜っと仕事ばっかしててさ。定番の野菜のスープは最高に美味かったなあ。得意料理だって良くおれに自慢してたよな?
毎日そんなだからさ、ほったらかしてしまいに忘れてたシワだらけの洗濯物を夜中に、おれにバレないようにこっそり干したりして。まだ寝てないっつーのに。バレバレだって。ほんっと……ばかみてえだよな。
あー……なあ。……そーいや、おれがまだ小さいころにさ。よく星の話をしてくれたっけ。『 遠くに見える星も宇宙も、本当はいつもすぐそばにあるんだ。』っていつも言ってたよな。
それは、おれの中にもあるんだってーーー
…………
その女性の姿。立ち振る舞いや言葉づかい。ぶっきらぼうだけど芯のある言葉。そんなのをまた聞かされてたら胸が、心が、頭ん中が。沸騰したみたいにだんだん熱くなって。
そして少年の中で眠っていた
記憶の氷塊を一瞬で溶かしたーーー
「……母、ちゃん……なのか?……。」
エリナーー
『 エリナ・フォッティーゾ 』
『 間違いなくそのホログラムは、おれの
『 母ちゃん 』にちがいなかった。』
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ホログラムのエリナは手に『 小さな組み木細工の箱 』を抱えていた。
『アルテナ、おまえがいつか自分の道に迷ったとき。母ちゃんとの約束を、いつも忘れないこと!あと、これをあんたに渡しとくよ。」
ノエマの肩がぴくっと跳ねた。その言葉はまるで、ノエマ自身にも届いているかのようだった。
アルテナの母=エリナは話を続けた。
『私は家具職人でしょー?『 魂込めて物を作る 』ってのはねえ。『 誰かの気持ちをそっと支える 』ってことなんだ。』
『アルテナ。あんたはいつかきっと。誰かを守れる子になれる。』
『だって、あんたはいつも「これはまだ会ったことなんかない誰かのためなんだー」って。「だから母ちゃんよけいなこと言うなー」ってさ。一生懸命にがんばってたじゃないか。』
『アタシはそれを、誰よりも世界でいっちばん
良く知ってる。』
…………
『形に残るものはね『 心を留める器 』になれるんだ。』
ーーー「ドクンッッッ………!!!」ーーー
母ちゃんのその言葉に胸が強く脈打って。
失くしていた記憶が、想い出が、感情が。
堰を切ったように溢れて一気に流れ出した。
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『最後だからよく聞きな。』
『影は、光がないと………
ほら、出来ないだろ?』
そう言って、エリナが自分の手で影絵を作る。
『アルテナ、誰かを守ろうと想う気持ちはどんな力よりもずっと強いよ。』
『母ちゃんね。いつも思ってんだ。どんな子でも『 自由な未来 』を選べるようになれば良いのになあってさ。』
その言葉がノエマの体に自然と入ってきて。ひとすじの涙の線が頬にゆっくりと伸びていく。
ノエマの心にもアルテナの痛みと同じ響きがちゃんと伝わってきた。
途中でホログラムが、母から息子への最期のメッセージが途切れそうになる。
『あんたは、私の---……
風邪なんて引くんじゃないよ!
明日の仕事にひびくんだからねー!……
それ--だ--けは---……
いつも---わ---すれな----い-で。……
ア--ル-テナ--………私の大切な---------ーー
アルテナの目にはその小さな瞳には収まり切らないほどの涙が溜まっていた。
「……おい待てよ!!!母ちゃん……っ!!……
母ちゃっ………ん、おれは!」
アルテナの声は震え、乾いた砂のように
ノエマはそっと、泣き崩れたアルテナの隣へと座って。小さく丸まった背中に腕を回して、強く抱き寄せた。
「アルテナ……だいじょうぶ。」
「わたしもフィリムも、ずっとここにいるよ?」
そしてアルテナは少女の胸にしがみつくと、声を上げてひたすらに泣き続けた。
嗚咽した夢が、声にならない涙が。
暗い床の上に、流れ星のように
落ちてにじんでゆく。
フィリムも心配そうに二人へと
ぴょこぴょこ近づいて小さく鳴いた。
その熱くて、切なくって、どうやったってうめられない時間を。暗闇だけが静かに包みこんでいた。
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しばらくしてアルテナが
泣き疲れて眠ってしまった頃。
ノエマは綺麗な布に包まれていた、
組み木細工の小箱をそっと開けた。
そしたら
『 やさしくてちょっとだけかなしいメロディ 』
が静かに鳴った。
小箱の中には、ペンダントと同じ『 紋章 』らしき物が刻まれていて。折りたたまれた一枚の古いしみができた紙が入っており、そこにはこう書かれていた。
『 愛する息子
アルテナへ
ホログラム、ばっちり撮れてたー?
母ちゃん、美人過ぎて撮れ高ありすぎるからさ〜
なーんて。これでも、買い出しする時なんかいつも
マルーリ村の人からは「今日も綺麗だね!エリナ!」「村一番の美人さん!」「肝っ玉母ちゃん!」なんて言われてんだから。もぉ〜やだ。で、なんの話だったっけ?
ーーその明るさが、ノエマには
どこか懐かしいものに、思えた。ーー
そう。
いつか、あんたが本当の自分を思い出しますように。それとこれを、母ちゃんからアルテナに。
あんたずっと寝る時も手放さなかったんだから。
それと!
母ちゃんはずっと、あんたの母ちゃんだからね。
それじゃあ、気をつけて頑張って来なっ!
村一番の美人の母ちゃん
エリナ・フォッティーゾより 』
ノエマは赤ん坊のようにすやすやと眠る少年の寝顔を、静かにじっと見守っていた。
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