第10話 クロムVSヒエンカ?

 力付くでも、という言葉を聞いた瞬間にクロムは後ろへ飛び跳ねるように待避した。ヒエンカに背中を向け、逃亡を開始する。

 

「待ちなさい」

「待つわけないだろっ。危険から逃げるのは人間の本能なんだよ!」

「戦うことも本能よ」


 ……背中を見せているのにも関わらず、隙がない。


 ヒエンカはクロムと出会った瞬間から、彼の持つ強さに興味が湧いていた。

 それを理性と、副隊長という立場と、クロムを王都へ連れて行くという使命感で、冷静に抑えていた。

 

 そして運のいいことに……クロムは、王都へついてくる気はないという。

 実力行使に踏み切るのが、騎士として、任を受けた者として、当然の行い……という大義名分。


 ヒエンカは強者と戦える喜びを、剣を握る手にこめた。

上段に構えたあと、一気に振り下ろしながら、


「ブランデジール騎士団 十七剣技 ニクステンペストラッシュ!」


 雪嵐のような冷たい斬撃波を飛ばした。

 斬撃波はクロムの背中ではなく、クロムが進もうとした先の上にあった太い枝を斬り、落下させる。


「おわっ」


 クロムが逃げていた脚を止め、枝を避けるため咄嗟に後ろに退くと、


「つかまえた――」


 背中までヒエンカが一瞬が迫っていた。


「つかまえるかよ!」


 前方が塞がれたクロムは、高くジャンプをし、他の木の枝に掴まる。

 そして体を大きく回転させ枝の上に乗り、続けて枝から枝へジャンプしながら逃亡していった。


「速い」


 単に身体能力が高いだけではない。

 どこに、どんな木や枝があるか把握しているから、進み方に迷いがない。

 クロムに圧倒的に地の利がるため、ヒエンカは追跡劇が自分にとって不利であることを痛感した。

 しかし不利だからといって、諦める理由にはならない。


 枝から枝へ飛ぶクロムに対し、ヒエンカは地上を走って追いかける。

 時にニクステンペストラッシュで枝を狙うが、枝が落ちる前にクロムは別の枝へと飛び移っている。


「のぞき魔、観念しなさいッ」

「するかよ!」

「それなら――」


 再び斬撃波により、枝が落ちる。クロムは咄嗟に上方の枝に捕まった。


「直接、俺を攻撃はしないんだな?」

「あなたが武器を持ってれば、すぐに狙えるのに」

 丸腰の相手の肉体を剣や技で攻撃するのは、彼女の正義に反するのだろう。


 双方が決め手に欠ける追跡劇は、長丁場になった。


’(マジかよ、もう3時間だぜ……)


 クロムは驚きを隠せないでいた。

 自分のホームグランドである森において、ヒエンカは離されずに追いかけてくる。

 森なので足場がよいとはいえず、胸が大きく揺れている。

 さっきまでヒエンカは汗まみれになっていたが、とうとう水分がきれたのか、わずかな水滴が残る程度。

 肉体は悲鳴をあげている。

 肉体の限界を精神で補っているのか、ヨロけることがあっても、絶対に食らいついてくる。


「なあ、騎士団でどういう立場だ? 若いけど、たんなる騎士じゃないだろ」


 ヒエンカは荒い息ながらも、凛として名乗る。


「私は、七番隊の副隊長……ハァハァ……ヒエンカ・ルーサイド」


 まだ勇者後方支援隊は出発していない。

 そのためヒエンカは現状の肩書として、できるだけ正しいものを名乗った。


「副隊長クラスか……」


 そういいながら、クロムは目を大きく開けた。

 驚いたのは、ヒエンカの若さで副隊長になったことだけではない。

 もう一つ、大きな「騎士団の変化」を感じたのだ。


「あなたが驚いてる理由、ハァ……ンッ、わかるわよ」


 そう言いながら、ヒエンカは脚を大樹の根にとられそうになるが、強く踏みとどまる。


「黒髪が……ンンッ、騎士団の副隊長だから、でしょ」

「ああ……昔とは違うんだな」


 昔というのは、クロムからすると最後に10年近く前。

 当時は黒髪が隊長や副隊長になるなんて考えられなかった。


「いいえ! 違わないわ! 薄汚い血って今でも思われてる」


 ヒエンカは何日も山を歩き続け、そのうえ三時間も走り続けていることにより、感情が高ぶっていた。

 そのため普段なら言わないようなことを口にしてしまった。

 さらに声と共に痛みも吐き出すようにして、


「調子に乗ってる奴隷の末裔だって言われてるのも知ってる」


 声は決して大きくはないが、走り続けて熱くなっている体よりも熱い感情がこめられている。


「私は弱くあってはいけない! 弱みをみせてはいけない! だから――」


 しかし、ヒエンカの体力は限界を迎えていた。 

 まともな食事なんて最後にしたのは5日前の体で、全力で走り続けるのは無理があった。


「きゃっ――」


 ヒエンカは、思わず足を滑らした。

 そこに石があったのは気がついていたが、


(濡れてる?)


 いつの間にか、細い川が近くにあった。

 地図にすら記載されていない、小さな川。 


 ヒエンカは転倒をしながら、遠くにいるクロムの目を見た。

 真意は読めないが……おそらく自分はクロムを追いながら、導かれていたんだろう。

 

 やがて肉体は大きな音を立てて転ぶが、ヒエンカにはその音すら遠くに聞こえた。頭もぶつけた気がする。

 そして意識が薄れていくなか、


(私が目が覚めたとき、水に困らないようにまで、気にしながら逃げてたなんて……)

 

 自分は、この年上の男にいいようにされているだけ――

 

(こんなに不器用で優しい男がいるのね――私、戦わずして負けちゃった――)


 そして10日に及ぶ森での人探しは終わるのであった。

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