第9話 「私の初夜を返して」

 ヒエンカの「アナタがクロム・ブルマンね?」という問いに、


「人違いだー……って今から言って間に合う?」 


 男は緊張感のない口調で答えた。手に握っていたミミズ型モンスターを離すと、太い体をウネウネするように逃げ、再び土を耕すように地中へ潜っていった。


 ヒエンカは、今しがた起きたことを瞬時に整理する。


 自分は、まずイノシシ型のモンスターを攻撃した。

 その後、背後から忍び寄ってきた大型ミミズ型モンスターを斬ろうとした。

 だが、おそらく男はミミズ型から自分を守ろうとした。

 素早い動作で、私よりも先に動いた。

 だから私の剣は、モンスターでなく男を斬りそうになった。

 そして、ここは森。開けた土地で人を助けるのとわけがちがう。

 視界の悪い状況下で、瞬時に助けに動いたということは、つまり――


「……私のことを監視していた?」


 という推測にいたった。


「私は、見つけようとしていた人物に、ずっと見られてのね」

「理解が早いな」

 

 自分は国や国民のため必死で探していたのに、気だるげなボサボサ男のクロムは軽い調子で返事をする。

 ヒエンカは悔しさを感じずにはいられなかった。

 

「……とんだ醜態」

「いやいや、結果的に俺は見つかっちまった」

「私を助けようとして、でしょう? 気高い精神よ」

「けど、見誤った。俺が出なくても、モンスター2匹とも無傷で倒せる剣さばきだ。すごかったぜ」


 ヒエンカには、クロムがあえて自分を「なんでもない男」と装うような発言をしているように思えた。

 自分の強さを隠そうとしている。

 ヒエンカは王都の騎士団や魔法省で色々な猛者をみてきたが、たしかにクロムからは猛者のような雰囲気はまったく感じられない。しかし一方で弱いとも一切感じない。

 感性ではなく客観的に考えれば、さきほどミミズ型モンスターを一瞬で捕らえたこと、ヒエンカの剣を避けたことは隠しようのない事実。



 ――任務の出発前、騎士団本部の奥にある一室で行われた会話を思い出す。



 今回の任務を説明する人物に、ヒエンカは尋ねた。


「もし武力をもって抵抗された場合は?」


 と、尋ねた。すると、


「この任務、どうしておぬしが指名されたと思う?」


 と返事がきた。つまり実力行使は許可されている。では、


「では、もし激しい戦闘になったら?」

「おぬしにヤられるようだったら、うちはガッカリするかのう」


 その言葉を聞いたヒエンカは、少しだけ表情が変わった。

 ヒエンカの中にある、普段はひた隠しにしている静かな自尊心に触れた。

 ヒエンカは、支援隊の副隊長・隊長代理でありながら、出発までは騎士団七番隊の副隊長でもある。

 腕には自信があるし、この腕で騎士団のなかでのしあがってきた。

 剣の実力なら、七番隊の隊長や、他の隊長にだって負けない。

 そんな自分がクロムに勝てると思われていない。



 ――ではクロムは、どれほどの実力を持つのだろうか。



 ヒエンカは、心の奥底からクロムの強さへの興味が湧き始めているのを自覚した。

 しかし小さく息を吐いたあと、心のなかで首を振る。


(……いいえ、今は大事な任務中)

 

 特命であり、任務達成するのが最優先。

 剣による実力行使が許可されていても、けが人を背負って王都へ帰還するのは、困難を極める。

 ヒエンカとしてはできるだけ穏便に進めなければならない。

 戦闘を避けながら、できるだけ相手の強さを把握していこう。


「ねえ、あなたはいつから私を見ていたの?」


 ヒエンカは騎士団の森での訓練においてもトップクラスの成績であった。

 相手がどこにいるかの想定や、気配を読み取るのも得意である。

 監視や尾行されていたら、すぐにでも気がついてきた。

 なのにクロムの視線には気がつけていなかった。

 どうしてだろうか? 自分が目立つような行動をし、見つかってしまったからだろうか?

 考えられるのは、さきほど飲料水の魔法アクアリンクを使ったとき。

 となると男に見つかったのは数分間になるが……

 

「いつから見てたって……10日くらい前かな」


 ――ッ!


 ヒエンカの瞳に驚愕の色が宿るのを、クロムは見て取った。


「つまり……私が森に入った直後ね?」

「まあ、そうなる」


 ヒエンカは自分がいかに、訓練という場だけで強く、実戦や経験が乏しいかを痛感した。

 悔しくて仕方がないが、立場上その悔しさをバネにしなければならない。

 支援隊として出発して、急成長してみせると誓う。

 だが悲しいかな、取り戻せないものもある。


「ずっと、見ていたの?」

「ん? まあ基本的にな」


 クロムは正直に答えたことを、すぐに後悔した。

 ヒエンカの体が、プルプルと震え始めたのだ。


「……見たの?」


 何を、とヒエンカはいっていない。


「私は、この10日間でとうぜん睡眠をしたわ」

「ま、するよな」

「つまり、寝顔を見たのね?」

「ん? みたけど」

「……そう」

「……?」


 クロムはどうしてヒエンカの顔に羞恥心が浮かんでいるか、すぐには理解できなかった。

 年頃の女の子は寝顔が見られることを妙に恥ずかしがるというのを、忘れていた。


「いっぱい汗をかいたから、脇をあげて拭いていたこともあったわ」

「ああ~」


 男のクロムからすると、女の子がなぜ脇を見られると恥ずかしいのか、あまり理解できなかった。

 

「それに……森に入ったばかりのころ、川を見つけたわ。水浴びもしたの」

「えーっと、そうだっけ?」


 クロムの声色は明らかにトボケている。


「裸も見たのね?」

「いや、それは~~」


 歯切れが悪い。

 さすがのクロムも、寝顔や脇よりも裸を見られるのが恥ずかしいのはわかる。


 ――ヒュン


 ヒエンカの剣先が、クロムの喉仏の間近に迫った。

 クロムは両手をあげながら弁明をする。


「プライバシーとポリシーは保護できる範囲で、臨機応変に対応をしたぞ。できるだけ視線を外すとか」


 視線を外した、というのはヒエンカとしても信じたい。

 見ず知らずの男に、見られたなんて思いたくない。しかし、


「できるだけ?」


 どうにも、その一言がひっかかった。

 クロムはヒエンカを落ち着かせようと、いささか早口になる。


「俺が監視してるのを、そっちが気づいてるパターンも考慮したんだ。あえて気が付かないふりをしてる、とかさ。裸になれば、相手が油断するだろ? その隙に襲いかかってくるかもしれないだろ? だから水浴びを始めるところまでは見届けておきたくて」


 クロムのいうことは、筋は通ってはいる。


「悪く思わないでくれ。俺も命が狙われている可能性ってのを考えて――」


 しかし、ヒエンカの剣先が震え始めた。

 男は一瞬「怒りピークか!?」「終わった!?」と思ったが、ヒエンカは小声で弱々しく言葉を続けた


「………その、こう見えても私は女で」

「え? ああ」


 誰もが二度見しそうな胸を抱えたヒエンカが今のを口走ってしまったのは、冷静でいられないから。


「日々、国家のために尽くし、武芸に勤しんできたわ。だから、自分の時間というのは、自分を鍛える時間だったの」

「…………」


 クロムはヒエンカの言いたいことが、あまり理解できなかった。

 異性と付き合ったことがない、という趣旨なのだろうか?

 しかし、なぜ今その話なのか、次にどう繋がるのか……男はヒエンカの言葉の続きを待つ。


「私、あるがままの姿を誰かに見られたことはなくて、それが――」


 裸を見られたことがない、ということだろう。

 やがて小さな沈黙のあとは、少し息を飲み、


「こんなにも恥ずかしいなんて、知らなかった」


 顔が真っ赤になり、うつむいた。

 耳まで赤くなってる。

 ヒエンカが震えた理由は、あまりにも羞恥を感じたから。

 

 冷静な騎士らしい顔つきは消え、性的なことを初めて知らされた少女になっている。

 裸を観られるのが恥ずかしいと頭でわかっていても、経験したことがなかった。

 今のヒエンカは、裸を見られるというのがどれほど恥ずかしさを知った。


 クロムは、なかなか顔をあげずに震えているヒエンカにゆっくりと声をかける。


「大丈夫か?」


 クロムとしては「大丈夫」みたいな返事がくるのを期待したが、ヒエンカが口にしたのはまったく違う言葉だった。


「私は、冷静な人間なの」

「お、おう」

「冷静すぎて、冷血巨鬼(きょき)の副隊長なんて呼ばれることもあったわ」

「……」

「だからね今、私は自分の感情も冷静に把握しているわ」

「えっとぉ、それって……?」

「わかる、わかるわ、燃える刃のような感情が湧き出てくるのを」


 ヒエンカの怒りの最大の理由、それはヒエンカの思い描いていた少女のような淡い願い。

 誰かに初めて裸を見せるのは、結婚したときの夜にしたかった。

 だから……


「私の初夜を返して!」

「ハァ!? なんの話だよ!」


 他の人が聞いたら、クロムが襲ったと勘違いしそうなセリフだ。

 クロムは眼の前の女の子の気持ちが、さっぱりわからない。

 けれど恨みが募っているだけはわかる。

 ヒエンカは再び力をこめると、剣先の鋭いところがクロムの喉仏に触れた。


「あのさ、任務は俺を殺すことではなさそうに思えたけど?」

「捕獲よ。王都へ連れていくの」

「じゃあ、この剣は収めてくれたほうが――」

「あなた、王都へついてくる気があるの?」

「…………ない」

「そうよね、ちょうどいい」


 クロムは、何がちょうどいいのか?と思うが――


「私は任務を達成するだけ。実力行使も許されているの」


 ヒエンカは冷静と怒りという2つの感情がぶつかりあいながら、どちらも内包する感情をこめた瞳でクロムを見ながら告げた。


「王都ブランデールの特命において、必ず王都へ連れていく! 力付くでも!」

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