第1章:だからクロムは再び冒険をすることにした

・ひきこもり先は自室じゃなくて森

第8話 極秘任務と最強魔法

 ときは2週間ほど戻り――


 勇者リーシェル一行と後方支援隊ゼラジリアスが、王都ブランデジールを出発するまであと2週間。

 出発に向けて準備や訓練が佳境を迎えるなか、隊長代理ヒエンカは王都を離れ、極秘任務の最中であった。

 任務の内容は『人探し』であり、ヒエンカとクロムが最悪の出会いをする数分前でもある。


 ヒエンカは現在、いくら進んでも針葉樹が立ちはだかる森にいた。

 静かな森で足音を消すように歩いているため、もう何日もの無音の世界にいるかのよう。


 初夏とはいえ北国の山の木々や大地は、ひんやりと冷たい。

 そんな心地よい森の空気のなかでも、斜面を進むヒエンカの肉体は熱源になっていた。

 額から流れ出した汗が、頬を伝い、顎下から落ち、胸元へと垂れる。

 ヒエンカは胸元に水たまりが出来ないよう、手で汗を払う。


(水分補給をしないと、さすがに……)


 森に入って10日ほど経つが、この5日ほど川を見かけていない。

 皮革で作られた大きめの水筒は、とうに空っぽだ。


 冒険において、持つもの、持たないもの、これらの選別は重要である。

 ヒトは食べなくても2~3週間は生きられるというが、水がないと4~5日と保たない。

 どれだけ鍛えられた屈強の戦士であろうと、水分不足で簡単に死ぬ。

 だが厄介なことに水は重要度が高いくせに、場所を取り重さもあるため、大きな荷物にもなる。


 例え負担であろうとも山や砂漠を探索するなら、予備の武器よりも飲食物を少しでも多く持つのが基本だ。

 そんな基本にもかかわらず、他国が派遣した勇者が鉄壁のメタル鎧をまとい、名工の剣を3本を大事そうに抱えながら、森のなかで脱水により動けなくなったのを発見されたと事例もある。

 どれだけ強い装備を持っていても、餓死や脱水死などしたら宝の持ち腐れだ。

 

 汗まみれのヒエンカは、人探しの任務のあとに、魔王討伐の遠征に参加することになっている。

 遠征は国の存亡がかかっている。ここで倒れるわけにはいかない。


(できれば、使いたくなかったけれど――)


 ヒエンカは、小さめのカバンから何かを一枚取り出した。

 紙というには繊維質が多くゴワゴワ、布と呼ぶにはツルツルしている。

 そして魔法陣が描かれていた。

 これは『魔法札』と呼ばれ、魔法が込められた消費型アイテムである。


 そして、この魔法札に込められているのは人類が発明した最も偉大なる魔法――


「魔解――アクアリンク!」

 

 水筒のなかが水でいっぱいになった。

 ヒエンカは水筒から魔法札を取り出し、ゆっくりと、そして大切そうに水へと口をつける。

 口元から水が一滴でも垂れないように、熱で赤みを帯びた艷やかな口角に力を入れる。


 そう、どんな高火力の魔法よりも多くの人命を救ってきたのは、飲料水の魔法アクアリンクである。

 街や村が川辺から離れたところも文明が発達するようになったのも、アクアリンクのおかげといっていい。

 実際にアクアリンクが使われてもきたいし、飲料水に困らないという安心感が人々を開拓を後押しもした。

 

 また飲料水が魔法で生み出せるようになってから、冒険は一気に軽量化が進んだ。

 その分、装備などが持ち運べるようにもなった。

 冒険において最優先であり、生きていく上での最強魔法だ。


 魔法としてはちょっと水がでるくらいのため、魔法使いなら誰でも使える……というわけでもなく、属性としては水なので相性により使えない者も一定数いる。

 ましてやヒエンカは魔法使いでなく騎士だ。

 

 『魔法札』は魔力が宿る木から作られた素材に、刻印の魔法使いが術を用いて固定したもの。

 便利なアイテムであるが王都ブランデジール周辺には魔力の木が植生しないため、輸入に頼っている。

 今は国家間の交通の要所を魔族に奪われ、輸入ができない状態だ。

 つまり、とても高価なアイテムということになる。


(10万ゴールドの水……。それだけあれば、ずっとお肉が食べていられる……)

 

 ヒエンカは頭のなかで肉ばかりのごちそうを想像してしまった。

 本人は気づいていないが、その想像にでてくる豪華な食事は10万にはほど遠く、せいぜい1~2万くらいであろう。

 これはヒエンカが贅沢というものから縁遠い生活をしていたからである。


 この10万もする魔法札は、ヒエンカが自分で購入したものではない。

 特殊任務にあたり騎士団から支給されたものである。

 だから好きに使っていいのだが――


(やっぱり、もったいなく感じてしまう……)


 今では騎士団で高い地位に就いていても、街の隅の肉屋に産まれ。小さい頃から培った金銭感覚というのは変わらない。

 自分のお金でなくても、高価なものを前にすると躊躇してしまう。

 ヒエンカは例えるなら、ゲームでエリクサーといった高級アイテムを手に入れてもなかなか使うことができず、最後までとっておくタイプである。


「ごちそうさまでした」


 アクアリンクと魔法札を生み出した先人に感謝の気持ちを込め、両手をあわせたあと、


「さて――」


 周囲を見渡した。


「どこにいるの――」


 再び人探しに戻る。

 その人物を探す目的については上から教えられていないが、勇者派遣が近づき、支援隊の隊長代理ヒエンカに直接かつ極秘で任さえた任務だ。国家の行く末を左右するほどの重要度が高い任務であろう。失敗は許されない。

  

 任務の残り期間はあと9日。

 王都へ戻るのに一週間はかかるのを考えると、猶予は2日しかない。

 無事に見つけられたとしても、そのあと円滑に進むとは限らない。

 人里離れた森で一人で住んでいる男が、すんなり王都へついてきてくれるだろうか……

 

 そう考えた、次の瞬間――

 

 ――ガサ


 右後方から物音がした。

 ヒエンカは探し人とかと思い、大きな胸に期待を膨らませ振り向く。

 直後、「期待を裏切られた」と感じるよりも、先に体が動いていた。

 後方にいたのは、男どころか人間ではなく、イノシシ型のモンスターであった。

 ヒエンカは腰にある剣を迅風のように素早く抜き、モンスターの鼻先を斬る。

 モンスターは情けなく「ヒン」という声をあげ逃げ出すが、ヒエンカは深追いはしなかった。

 なぜなら今度は左から物音がしたからだ。

 ヒエンカは反射的に再び剣を降ると、


「おっと」


 男が剣を避けた。

 手には、長くて大きいミミズ型モンスターを握っている。


 男の顔はヒゲがはえ、茶色の髪はボサボサ、顔がよくみえない。

 色褪せた服は、雑な洗濯で何年も着ているからだろう。

 外見的な決定打はないが、状況からして間違いない。


「あなたがクロム・ブルマンね」

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