第3話 ゲームよ、あなたの冒険は快適でした

 転生前のクロムはゲーム好きであり、夏休みや冬休みはゲームの思い出ばかりである。

 かといってピュアな心だけで楽しんでいるかといえば、そうでもなかった。

 彼は少し皮肉屋であり、小学生の頃こんなことを思ったことがある。


「予備の鎧6個もどうやって持ち歩いて冒険してるんだ」

「所持アイテム上限にひっかかった! 薬草1個捨てて、なんで鎧が1個持てるんだよ」

「人参99個かったw こいつら人参99個も持ち歩いてるww」

「回復アイテムのチョコパフェ溶けないのか? どれも賞味期限なしwww」

「ん? そういや、なんでモンスターが、お金を落とすんだ?」

「未開のダンジョンのくせに、いきなり地図があるwwwwwwww」


 ゲームの「お約束」にツッコミをしまくっていた。

 だが今となっては、ゲームの冒険は利便性があってよかったと思っている。


 現実の旅は『ゼイムスの手記』にも記されているように過酷である。

 そのために、勇者後方支援隊ゼラジリアスが存在する。


 まず、この世界は三十年の間にいくつもの勇者パーティが誕生している。

 クロムたちが出発したブランデジール国に限らず、各国はこぞって、ときに力を合わせて「勇者派遣」をしている。目標はもちろん魔王の討伐だ。


 しかし30年経っても魔王軍の本国まで、まともに進軍することができていない。

 希望の光がささない長期戦になっているのは、もちろん魔王軍やモンスターが強いのもある。

 

 だが魔王討伐が成功しないのは、もっと現実的な問題を抱えていた。


 過去の勇者一行たちは、遭難、餓死、事故死、病死、凍死、といった戦わずして敗者となるのが後を絶たなかった。

 冒険は、なにげないことすら死と隣り合わせになっている。

 クロムも過去に、砂漠を抜ける前と抜けた後で、体重が15キロ以上も落ちていたことがあった。死ぬかと思った。


(まじでゲームって便利だったんだな)


 と、当時クロムは旅路で何度も痛感した。


 また魔王軍の本拠地に近づけば近づくほど、周囲は敵だらけ。

 ゆっくり眠ることもできなくなる。

 補給できる街もないので、薬草が買える店もないどころか、食べ物を手に入れるのすら命がけ。

 もし食料が手に入ったとしても、勇者とパーティの数人では、ゲームみたいに何十個も何百個も持ち歩けない。

 ゲームみたいに賞味期限のないパンなんて存在しないから、常に新たな食料の入手について考えなければならない。

 補給や兵站が整っていない冒険で勇者たちは生き残るのに必死で、どんどん戦えなくなっていく。

   

 勇者たちの敗退が25年以上続き、各国はどうすべきか考えあぐねいていた。

 そんな状況下において注目を集めたのが、4年前に発見されたゼイムスの手記である。


「勇者の冒険ではあるが、人類と魔王軍の戦争なんだぞ」

「伝統を重んじて4~5人編成なのはいいけど、魔王軍の本拠地まで攻めるのキツくない?」

「補給部隊とか、後方支援がいてくれたらなぁ」

「勇者ララミアには戦うことに専念してほしい」

「魔王討伐を目指す勇者が、なんで血で汚れた下着を1時間も格闘して洗濯してるんだよ」


 ゼイムスの手記は、魔王討伐が大きな転換期の始まりを生み出した。伝統を覆したといってもいい。

 これまで当然とされていた、「勇者たちの冒険」という価値観や先入観が、ゼイムスの手記により劇的に変化した。

 勇者たちには戦うことに専念、他のことは後方支援隊に任せる、という中隊規模の編成になっていったのだ。

 

 後方支援隊は数多の冒険のトラブルに対応できるように組織されていた。

 そのトラブルの想定と、対応策は、いうまでもなく『ゼイムスの手記』を大きく参考にしている。


(けど、それって、俺の「失敗した」冒険の記録だぜ……)

 

 隊長代理ヒエンカも、クロムが『ゼイムスの手記』の著者と知らない。

 だから今日も、誰よりも経験も知識も豊富なクロムに、手記を読むよう指示していたのだ。


「隊員のなかには、何回も読んでいる人も多いわ」

「ヒエンカは?」

「暗記するほどに」


 となると、ヒエンカは過去のクロムが、下痢をして三日寝込んだことも、全裸で川で水浴びをしていたらアレをカニのモンスターに挟まれたことも、勇者ララミアの着替えをラッキースケベしてしまい怒りの雷魔法をお見舞いされたことも、あらゆる情けない姿を知っているわけだ。


(さぞ、みっともない男として映っているだろうな……)


 とクロムは思うが、


「ゼイムスには感謝してもしきれないわ。彼の経験と学びは大きい」


 ヒエンカの声色は、むしろ尊敬するかのような温度感を持っていた。


「私は支援隊が困難に陥ったら、『ゼイムスなら、どうするか?』と考えると思う」


 なんだか心の師匠にまでしてる?

 クロムは褒められるのに慣れておらず、自分の手記を読んだとき以上にむず痒くなってしまい、


「けどさ、ゼイムスもけっこう情けないことしてると思うぜ?」

「そうね。けれど、失敗から学びゼイムスは成長していったわ。生きていたら、きっと立派な大人になっている――」


 そしてヒエンカはクロムの目を見ながら、いつもの冷静な口調で、髪を耳にかき上げながら、こういった。


「クロムも頑張れば、今からでもゼイムスのような立派な人になれるわよ」


 クロムは思わず目をそらし、


「どーかな」


 とだけ答える。


 クロムは、自分でもわかっている。

 自分は立派な大人ではないし、なれるとは思えない。


 現実世界では、黒歴史ノートを馬鹿にされたトラウマで、ゲームクリエイターを目指せなくなった。

 引きこもった末に、自室で死んでしまった。


 転生してからは、第二の人生を頑張ろうとした。若いうちから。

 そして何がどうなったかを話すと長くなるが……結果としては、努力にまで裏切られた。

 魔王は今も生きていて、勇者ララミアは死に、ゼイムスはクロムと名前を変えて生活をしている。

 

 クロムが現実世界で読んだり観たりした作品には、「魔王を討伐したあとの話」も多かった。

 幸せそうだったし、そうなりたかった。

 けれど今の彼は「魔王に敗北したあと」の残骸だ。

 圧倒的な敗北を経験した。


 結局、なにも成し得ていない。

 大人とか子供とか関係なく、自分は立派で誇らしい人間にはなれっこない。


 居心地の悪くなったクロムは、遠くから聞こえた「クロムさーん!」という声に「はいよー」と返事をし、


「それじゃ」


 とヒエンカに言って、そそくさと去っていった。


 そんなクロムの背中を見送りながら、ヒエンカはボソっと


「……私も隣で一緒に頑張るから、って言いたかったのに――」


 今日もぎこちないコミュニケーションをしてしまった。

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