第3話

 どの街にもある大型スーパー。

 店舗入口のキッチンカーから立ちのぼる香りにふらふら誘われつつも、今夜は藤咲ふじさきが作ってくれる鍋があるのだと自制し、安栖あずみはつかつかと店内に進み入る。


 藤咲ふじさきを探しながら歩いていると、果たして彼女は青果エリアにいた。

 栗色っぽいセミショートの髪に、厚い二重まぶたの可愛い系美人。やや小柄で痩せ型ではあったが、手足は長くなかなかに良いスタイルをしている。


 安栖あずみは近寄って、藤咲ふじさきの肩を叩く。


「おっすー藤咲ふじさき、約束通りにんじんは買ってないよねー?」


 開口一番そんな感じで話しかけたからか、藤咲ふじさきは胡乱げな表情で振り返った。


「あんたどんだけ人参苦手なのよ……。さっきの話通り、買ってないってば」


 ほら、と買い物カゴを安栖あずみの方に向ける藤咲ふじさきだったが、


「いや一応中身チェックさせて。カゴの中ににんじん隠し入れていないかどうか」

「……一応って。わたしはクスリの運び屋か」

「ふふん、何事もリスク管理が大事なんですよ」


 藤咲ふじさきが呆れて買い物カゴを手渡すと、丁寧に中身を点検していく安栖あずみだった。


 ふたり——安栖あずみ藤咲ふじさきは、高校時代からの親密な仲である。

 高校卒業後、藤咲は大学進学を、安栖あずみはとある企業にアルバイトとして入社後、正社員登用された。


 学生からすればそういった進路の違いは、一般的にそれまでどれだけ仲がよかろうと疎遠になりがちなものだったが——ふたりの場合は、違った。

 安栖あずみは地元の企業に入社し、藤咲ふじさきは地元の大学に進学した。


 おなじ「地元」ゆえに、ふたりの生活圏はこれまでと変わらず重なったままで縁は切れず、というかむしろ、卒業後の方がそれまでよりずっとずっと深くなった。今となっては、ほとんど毎日顔を合わせる仲である。


 安栖あずみ藤咲ふじさきもそれぞれ一人暮らしをしており、ふたりが住んでいるアパートは徒歩圏内にあった。それゆえに平日だろうが休日だろうが関係なく互いの部屋を行き来して、夕食を共にしたり翌日が休日となれば宅飲みをしたりしていた。

「一人暮らし」というより、四捨五入すればもうほとんど「同棲」といった方が正しいまであるふたりの生活スタイルである。


 それゆえに安栖あずみの方から「どうせならもうふたりで一緒に住んじゃおっか?」的な提案がこれまで何度もされていた。「その方が生活費とかの面で色々楽じゃない?」と。けれど、藤咲ふじさきがそれらすべての提案を拒否。


 実のところ藤咲ふじさきには、安栖あずみとの同棲をどうしても拒みたい理由があったりする。

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