第2話 変異
「ノワールテイル子爵様の命を受けた、薬師のハールと申します」
ハールは子爵からの紹介状を持っていた。それを見たモミジは天に感謝した。
「ああ神様! お嬢様が助かるのですね! さぁ、早くこちらへ!」
モミジはハールを客間に通すとレイの病状を説明した。
「はやり病ですか、厄介ですね……」
「でもあなたなら治せるのでしょう?」
モミジは期待を込めた眼差しで見つめた。ハールは困ったように頭を掻いた。
「私は前の街でこのはやり病を治療して、患者を元気にしました」
「なら、お嬢様も!」
「しかし、そう簡単な話ではないのです」
モミジの言葉を遮ったハールは眉間にしわを寄せて難しそうな顔をしていた。
「私が治したのは竜人でした。持っていた霊薬がたまたま効いて、はやり病が収まりました」
「まさかその薬をお持ちではないのですか!? なら材料をすぐに手配します! 明日には集まります!」
「いえ、霊薬はまだあります」
「なら何を渋っているのですか!?」
モミジははっきりとしないハールに声を荒げた。
「人間用の霊薬ではないのです……」
ハールは苦しそうに言葉を絞り出した。
「人間用では、ない?」
「はい。この霊薬は体の代謝を早めて回復力を高めるのですが、亜人などの体が強い者でないと、効果が強すぎて飲んだ者を殺してしまうのです」
「そんな……」
「体の弱いレイお嬢様では、とても耐えられないかと思います」
ハールは悔しそうだった。モミジは助かる可能性を見せられただけに、落胆も大きかった。
「ですが、一つだけ、一つだけレイお嬢様を助けられるかもしれない方法があります」
「それは何ですか!?」
モミジは縋るような思いでハールに尋ねた。
「お嬢様を変異させるのです」
「変異? どういうことです?」
モミジは聞き慣れない言葉に、ハールに質問した。
「変異、これはレイお嬢様の体を人間のものから変えることを言います。そうすれば霊薬にも耐えることが出来るでしょう」
「変異には代償はないのですか?」
「あります。それもかなり大きな」
「どんなものですか?」
ハールは苦々しい顔で話し出した。
「まず変異の成功率ですが、一割もないのです。これまでも様々な患者に試しましたが、多くの患者が変異に失敗して死んでいきました……」
「そんな……っ」
「さらに、変異に成功してもその後の生活に影響が出る場合もあります。変異はまだ未知の技術のため、変異後の容体がどうなるか確定していないのです。しかし成功すれば、レイお嬢様を生かすことが出来ます」
「そんな博打にお嬢様の命を任せるしかないの?」
「このままではレイお嬢様ははやり病に殺されます」
モミジはひどく悩んだ。今まで苦しみながらも希望を抱いて生きてきたレイの人生を終わらせるかもしれないからだ。
変異すれば、今は何とかなるかもしれない。しかしその後はどうなるか。モミジだけでは決められなかった。
「お嬢様に相談します」
「はい。そうしてください。ただ、あまり時間はありません」
はやり病は罹患して七日で人を殺す。変異に掛かる時間も考えれば、時間は多く残されていなかった。
※
レイの部屋にモミジがやって来た。レイは相変わらず苦しそうに呼吸をしていた。
「お嬢様、お話があります」
「なぁに?」
「旦那様の依頼を受けた薬師がやってきました」
「あら、ならこの病気は何とかなるのかしら?」
「そのことですが……」
モミジはハールから聞いたことを話した。はやり病を治すには変異するしかないこと、そして変異は失敗すると死んでしまうこと。また成功してもその後が不安なこと。
「モミジ、私はこのまま死ぬ気はないわ。この試練に打ち勝ってみせるわ」
レイは泣き出しそうなモミジの手を握った。
「私、変異を試してみる」
「お嬢様っ!」
レイは決心していた。その目を見てモミジはレイの覚悟を理解した。
「元気になったら、一緒に桜を見に行きましょう」
「はい! 必ず行きましょう!」
モミジは涙を流しながらレイと約束した。
※
翌日、早朝からハールは霊薬の投与の準備をした。血管から直接霊薬を投与するのだ。今回レイを変異させるのは『春雷』という霊薬だ。
「レイお嬢様が変異で苦しまないように眠り薬で眠っていただきます。起きたときには変異が終わっているでしょう」
「わかったわ。ありがとう、ハールさん」
霊薬『春雷』の変異はかなりの苦しみを伴うものなのだ。体を人間から変異させるのは容易なことではなく、細胞が大きく変化するため激痛が起こるのだ。
それを緩和するために患者には眠り薬を飲んでもらうのだ。
眠り薬を飲んだレイは深い眠りについた。そしてハールはモミジたちが見守る中、霊薬を投与した。
「あとは祈るだけです。二日で目が覚めるでしょう」
「わかりました」
変異は二日で終わり、眠り薬も同じく二日で切れる。モミジたちは待つことしか出来なかった。
レイはメイドが付きっ切りで容体を観察した。少しでも異変が起こればハールに知らせるためだ。
そしてレイが眠りについて三日が経った。暖かい春風が窓を揺らしていた。
「ハール様、お嬢様に何が……?」
「わかりません、変異が失敗してしまったなら呼吸が止まるはずです」
「なら、お嬢様はまだ戦っておられるのですね」
「きっと」
レイは眠り姫のように永遠の眠りに就いたのかと思われた。
「お嬢様」
モミジはレイの手を優しく握った。するとその手は握り返された。
「っ! お嬢様!?」
レイはゆっくりと目を開けた。
「モミジ、おはよう……」
レイはかすれた声で起床を告げた。
「お嬢様! 良かった!」
レイは無事に変異を遂げたのだ。モミジはレイに水を飲ませると、すぐにハールを呼んできた。
「レイお嬢様、こちらをお飲み下さい。はやり病に効く霊薬です」
やってきたハールは霊薬を渡した。レイは渡された霊薬を一飲みした。
「苦いのね……」
レイは文句を言う元気があった。
「あとはゆっくりとお休みください。霊薬はすぐに効いてきます」
ハールの言う通り霊薬はすぐに効果を出した。熱は立ちどころに収まり、咳も止まり、体のだるさもなくなった。
「今までで一番元気だわ!」
レイは自分の体調の良さに驚いていた。そしてそんなレイを空腹が襲った。三日間何も食べておらず、また変異で体の栄養を使い切っていたのだ。
レイは運ばれてきた料理をすぐに食べきった。
「足りないわ!」
モミジたちは喜んで料理を作ってきた。元気なレイを見られて嬉しいのだ。
そして空腹を満たしたレイはすぐにまた眠りに就いた。レイの体はかなり疲れており、栄養と休眠が必要だったのだ。
こうして変異を終えたレイははやり病を乗り越えたのだ。
変異体令嬢の青春謳歌 詠人不知 @falilv4121
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